6.美少女とお茶します
パソコンのキーボードって、タイプライターの時代から進歩していないそうです。
俺の新居はコンシェルジェがいる豪華マンションだった、専属のベルガールまでいて、荷物を運ぶことすら無い。
当然部屋も豪華、俺の部屋は2部屋、広々としたベッドルームには簡単なソファまであるんだよ。
もう一部屋はライティングデスクの置かれた勉強部屋と言うよりも書斎だね。
ウォークスルークローゼットだけでも充分住めるよ、そう考えてしまうのは庶民の性なのだろうか。
謎なのがパソコンらしき物、曲面になったディスプレイが有るだけでマウスもキーボードも無い、椅子に座ると勝手に電源が入り“荒川カイト様ログインされました”の文字が。
良く見るとキーボードの代わりに少し大きめの卵くらいのサイズの物体が二つ。
握ってみるとそれぞれの指に対応するキーが配置され、卵の角度を変えるとモードチェンジになる、今まで使っていた平面型のキーボードに比べると使いやすさは格段に良く、初めてにも関わらずあっという間に使い方を覚えた、これを考えたのは人間工学の天才だね。
後で知ったのだが、卵型の入力装置はエッグデバイスと呼ぶそうだよ。
パソコンが使える様になったら情報収集、ここはどこで、今は西暦何年、出来れば俺の家族に関する情報も調べたかったのだけど、画面に表示されたのは信じられない事ばかり。
ここは異世界、少なくとも俺が住んでいた場所とは全く違う場所、歴史とか全然違うし、何よりも男が少ない世界、世界を動かしているのは女性達、男の仕事と言えば種付けだけ、引退した競走馬みたいな生活を送っている様だ。
病院で大まかには聞いていたけど、正直に言うと半信半疑だった、こうして現実を突きつけられたら信じるしかない。
だが所詮は政府の公式HP、俺が知りたいのは、普段の男はどんな生活をしているのか、こういう時に信用できるのがSNSや動画サイト、男性のキーワードで動画検索してみたけど、カスリもしない。
これはどう言う事だ? 他のどうでも良い動画は幾らでもあると言うのに、検索ワードが男性ではダメなんだ。
偏った男女比の世界と情報統制に驚愕していると“お兄ちゃん、お茶が入ったよ”
ディスプレイの端にメッセージが表示される、可愛い妹、そして唯一の情報収集の窓口でもある。
▽
ジャムの入った紅茶、茶葉は鼻腔を心地よく刺激し、フルーティーながらも控えめな甘さを醸し出す、贅沢な時間。
もっと贅沢なのは目の前の美少女、この子は表情が豊かで見ているだけで飽きないけど、あんまりジッと見ていると照れ出す、分かり易い子だ。
テレビはワイドショーの時間帯だったらしく、今日のテーマは“人口減少と男性の役割”
「つまんない話だよね、チャンネル変えるね」
「いいよ、このまま観たいから」
「嫌な気分になったらいつでも言ってね」
ワイドショーのテーマは人口減少についてだけど、人口そのものは減っていない、人工受精だけでは、いつかは遺伝子の多様性が保てなくなると言う内容。
男性が極端に少ない世界でどうやって子孫を残すのか謎だったけど、人工授精の助けを借りていた訳だ。
とは言え男性の数が限られていては多様性の限界が見えているとの話し。
この番組は絶好の情報収集だった、男女比が大きく崩れている、人工受精でも極わずかな確率で男が産まれる事があるそうだ。
だが殆どの男は自然交接いわゆるセックスでないと産まれて来ない、それでも確率はかなり低そうだ、具体的な数字になるとボカしてしまうのは、男性の数を教えたくないからだろう。
人工受精は申請制で一人目は無料、出産や産後のケアもしっかりと国が補助してくれるそうだ、これだけだと超福祉国家だけど。
二人目の人工受精からは有料、手厚い産後ケアも無しだって。
これは何を意味しているのだろう? この国の政府はこれ以上人口を増やしたくないのかな。
だけど人工受精でもわずかな確率で男が産まれるのだから、産めよ増やせよで、ドンドン子供を作れば良いと思うのに、社会のリソースが足りないのか、うーん、謎だ。
[ ……現状維持が出来るだけでは社会の成長はありませんね ]
[ まったくです、我々は現在だけではない未来を見据えた行動を取る必要がありね ]
[ 今日は色々な話を聞かせて頂きました、コメンテーターのマサユキ様、この問題についてどの様にお考えになりますか? ]
番組中一言もしゃべらなかった中年男性に話を振るMC。
[ はい、政府はハヤ急に対策を取るべきだと思います ]
カンペを棒読み、更に早急と言う漢字すら読めないとは。
「ちょとガッカリだね」
「だけど男の人は入れないといけないって言っていたわよ、多様性を保つためだって」
番組が終わり洗剤のCM、二人の美人女優が一人の男を挟んでいる。
[ 驚きの洗浄力 ]
やはり棒読み。
女優さん達の演技が上手いので男性の残念さが引き立つ、こちらの世界では男性が少ないと聞いたが、これはあんまりだろう。
「葵咲、テレビに出て来る男はどうやって芸能界に入って来るんだ?」
「えっとー、それは、良く分からないんだ~」
これは隠し事をしている顔だ、妹よ分かり易過ぎるぞ。
「そうなんだ、それじゃあ、普段の男性はどう言った暮らしをしているのかな? さっきニーチューブで探したけど、何にも出て来なかったんだ、検索ワードが悪かったのかな?」
「お兄ちゃん、男の人がSNSとか、動画投稿は禁止だよ、と言うか、男の人に関する投稿は禁止で、即削除されるし、繰り返すとBANされたりするよ」
「それは、女性が男性の事を発信するのも禁止と言う意味かな」
「そうだよ、日王市の公園で男性を見たとか、さっき男の人とすれ違った、とか、そう言った投稿もダメだからね」
細い腕でキレイな×の印をつくる妹。
天国みたいな世界ですけど、情報統制がひかれた世界でもあります。