59.撮影は快調でしたけど
今日のCM撮り、俺は11時に現場入りとマネージャーさんに言われたけど、その後でキッチリと釘も刺された。
“11時に現場入りと言う事は、完璧な状態で撮影スタジオに入ると言う事ですよ、間違っても11時にスタジオ到着なんてしない様にお願いしますね”
それで撮影準備にどれくらい時間がかかるかと言うと、髪型を整えるヘアーアーティストさん、化粧をするメイキャップアーティストさん、衣装合わせのスタイリストさん、今回は手元も写るので、ネイリストさんも。
9時前には楽屋入りしましたよ、新人だしね。
楽屋ではF1のピットクルーの様に、ヘアーとメイクとネイルを同時進行。
「撮影、予定より早まっています」
「カイト様はどうですか?」
「現在丈を調整しています、あと10分で入れまーす」
ちなみに俺の衣装は赤のジャケットに、黄色のネクタイ、とんでもない原色の組み合わせだが、MMバーガーのコーポレートカラーでもある。
今回のCMでは社名も商品名も一切入れないそうだよ。
「荒川カイト様、入りまーす!」
例によって、マネージャーの万世橋さん、秘書のリンちゃん先生、内務省の東西さん、小集館の十六さんと、やはり小集館営業部の北都さん達を引き連れた、大名行列。
『お願いしまーす』
スタジオ全体に響く、子供の声。
今日のCM撮影の監督広重さんがやって来る。
「これは、カイト君、朝の早い時間からありがとうございます、昨日の顔合わせでは、ろくに挨拶も出来ずに申し訳ありませんでした」
「大丈夫ですよ、撮影はどこまで進んだのですか?」
「穂波さんが頑張ってくれ、1から6までと9は完撮りです、カイト君には8-2からお願いしたいのですけど」
「8-2は並んでハンバーガーを食べる場面の30秒版バージョンですね、分かりました」
「絵コンテがすっかり頭に入っている様で、頼もしいです」
横に長い緑色のシート、合成後は丸太になるそうだよ。
俺の両隣りにはピチピチのレオタードとまわしパンツを履いた、小学校高学年の女の子達、一緒にハンバーガーを食べるシーンなんだけど。
数時間前に6年生の上に乗っていた俺が、この子達の隣にいて良いのだろうか?
▽
撮影は順調に進んだ、ただし俺のイメージとはずいぶん違って、俳優さん、子役も含めて、合図が入ると役に成り切り、カットが入った途端、元の姿に戻る、そんな感じだ。
うーん、俺達が普段テレビで見ているのは、一場面でしかないのだね。
そして関係者の皆さんは自分にも他人にも厳しい。
俺が両手にハンバーガーの入った袋を持って、みんなの前に飛び込むシーン、CMでは中盤だけど撮影は最後。
「はい、カット!」
監督のカットあ入ると、スタイリストさん達がやって来て、メイクをや服のシワを直す。
動きが激しいので、毎回直してばかり。
「ちょっと、カイト君、良いかな」
監督の広重さんが俺を手招きする。
「目線の方向は良くなりました、けど袋の高さが左右で違います、分かりますか?」
広重さんはそう言うと、モニターにプラスチックの定規を当てる。
「ほら、左が低いでしょ、腕にも意識を通した動きをお願いします」
「はい、分かりました」
▽
やっと、最後のカットにOKが出ると、スタジオは拍手に包まれる。
たった30秒でこれだから、ドラマや映画になんて、ゴールの見えないマラソン状態だよね。
その後、MMフーズホールディングスの取締役さんと、広報担当さんを紹介された。
代理店の岡三さんの話では、
“彼女達の決済が早いと、CMの放送も早くなるので、媚を売っておく様に”
だって。
今なら代理店の言葉の意味が分かるよ、CM撮影は大きなお金が動く、これから先テレビ局の営業部とも折衝があるので、スポンサー側の意思を統一しておきたいんだね。
▽
監督の広重さんは。
「わたし達は、これから徹夜で編集作業だよ」
と笑いながら、俺を送り出してくれた。
メイクを落し、髪の毛も普通にセットし直し、着替える。
テレビと言う特別な世界から、普通の世界に戻っていく行く気分だよ。
楽屋を出ると、可愛らしい女の子達が並んでいた。
『お疲れさまでした!』
廊下に響く黄色い声。
「えっとー、万世橋さん、この子達は?」
「今日、共演した子達ですよ、カイト君を待っていたんですよ」
子供とは言え芸能人、CMメイクを落し、オシャレなJSに生まれ変わった子達の頭を一人ずつ撫でてあげたよ。
芸能人の切り替えの速さを表現したかったのですが、上手く伝わっているでしょうか。