5.ホテルじゃないのにベルガール
退院です。
数日間入院したけど、異常は無いので退院する事になった、明らかに待遇の違う特別室で入院費が心配だったけど。
男性はいかなる場合でも医療費は無料だそうだ、生活費も振り込まれるそうで、経済的な心配はいらないそうだ。
病院の玄関で全員に見送られての退院はまるでセレモニーだった、俺は数が少ない男性と言う事で皆からは熱い視線をもらったけど、妹の葵咲も人気者だった。
誰からも愛される子っているよね。
「荒川様、無人タクシーが来ました」
院長が教えてくれた先にはかまぼこ型の車が“うーん、未来っぽい”
かまぼこの側面がスライドして開くと、紺色の制服を着たお姉さんが降りて来た、
「荒川様でございますか?」
「はい」
「十四交通のタクシーをご指名ありがとうございます、さぁ、こちらにどうぞ」
アテンダントに促されるまま乗り込むと、最後に皆に手を振る。
「それでは出発します」
新川カイトが荒川あらかわカイトになって、数日間お世話になった病院と別れを告げる。
寂しさよりも新しい街並みを見るのに忙しい。
街並みは以前住んでいた街と似ているけど、もっと小奇麗な感じだよ、そして緑が多い、今は広い芝生の広場を横目に走っている。
「すごいなぁ、葵咲、ここって公園?」
「えっとー、多分」
「荒川様、仰る通りこちらは公園となっております」
タクシー会社のお姉さんが教えてくれる、ついでに車の質問もしておこう。
「あのさぁ、このタクシーは自動運転って言ったよね」
「左様でございますよ」
「お姉さんは、緊急の場合の運転手なのかな」
「いえ、違いますよ、わたしの仕事はお客様の安全な乗り降りを見守る事でございます」
「へぇー、それとさぁ、さっきから道を走っているのはこの車だけだけど、もしかして一方通行?」
「いえ、対面通行ですよ、市街地に入れば車の量はもう少し増えるとは思いますよ」
少しだけエアコンの音が聞こえる無人タクシーは、静かにマンションのアプローチに滑り込む。
▽
「お兄ちゃん、ここが今日から暮らすお家だよ」
12歳の女の子に案内されマンションのエントランスに入るとコンシェルジェが完璧スマイルで出迎えてくれる。
「荒川カイト様ですね、お待ちしておりました、お部屋は既に整っております」
「ああ、ありがとう」
「カイト様、わたくし当館のコンシェルジェを任されております七草セリと申します。
御入用が有ればいつでも申してください、それからお出かけの際にはわたくしか他のコンシェルジェに一言告げて頂ければ幸いです」
「そうするよ、これからよろしくねセリさん」
いつの間にか俺の横にはパステルグリーンの上下の女性、丸い帽子まで色を揃えているよ。
「わたくしベルガールの八千草ナズナと申します、お荷物をお持ちいたしますね」
コンシェルジェに負けないくらいの完璧スマイルで、たいして重くない荷物を持って行く女性。
「あの色の服を着た女性がカイト様専属のベルガールです」
「ああ、そうなんだね」
いくらなんでも豪華過ぎないか?
ナズナさんの先導でエレベータに乗るとボタンを押してもいないのに勝手に動き出す。
ほとんど音のしない動きで静かに扉が開くとパステルグリーンのカーペットの床、ナズナさんの制服と同じだ。
「こちらがカイト様のお部屋になります、わたくしはこの部屋専属のベルガールですので、郵便物やミールキット等のお届に伺うかもしれませんが、お部屋に決して入りませんのでご安心ください」
「本当に大丈夫なの?」
妹の葵咲が少しイジワルに言う。
「こちら、カイト様のお部屋です、わたしがこの様にドアノブを引いても絶対に開きません」
キラキラ光る金色のドアノブを力を込めて引いているけど、ビクともしない。
「そりゃ鍵がかかっているよね」
「ではカイト様、ドアノブを引いて頂けますか」
重そうなドアがすんなりと開いた。
「こちらのマンションは全て生体認証の登録によって管理されていますので、住人以外は入れません、ご安心くださいね、お嬢様」
ニッコリ笑っているベルガールのナズナさんだけど、葵咲とバチバチ火花を散らしているみたいだよ。
パタリとドアが閉じられると申し訳なさそうに葵咲が言う。
「ゴメンねお兄ちゃん、この家には二人しかいないの」
「別に平気だよ、葵咲が一緒にいてくれれば平気だよ」
女の子は顔を真っ赤にして俯き小さく“アリガト”と呟く。
マンションは信じられないくらい広い、何と言うか余裕の有る部屋の間取り、俺は金持ちの息子に転生したのかな?
「ここがお兄ちゃんの部屋だよ、落ちついたらお茶を入れるね」
「ありがとう葵咲」
この子は俺の言葉に物凄く嬉しそうな反応を見せる、悪い気はしないけどチョロく見えるぞ妹よ。
セリ、ナズナ、七草です。