49.お腹を痛めて ◆ 三田 由宇理 ◆
官僚目線のお話しです。
わたしは医者の娘です、こう言った自己紹介をすると、羨望と憐れみが混ざった反応を受けます。
ドクターは社会に絶対必要な人材、そして慢性的に不足している人材でもあります。
そんな貴重な人材が妊娠・出産で2年近く不在になるのは社会の損出、ですがドクターになれるのは優れた遺伝子の持ち主、是非とも次世代に引き継がなければならない貴重な血です。
その為の手段が代理母出産、摘出された卵子に優れた男性の精子を体外受精させ、受精卵を代理母の子宮に着床。
妊娠中のホルモンの乱高下や、出産の痛み、母体の衰弱を肩代わりさせる行為。
産まれて来た子供はすぐに産みの親から引き離し、遺伝的な母のもとへ。
もっとも多忙なドクターが育児にかかわるのは極わずか、大部分がナニーにお任せと言われています。
そんな訳で、わたしの様な子は、
“本当の母親の愛情を知らない子”
と哀れまれているけど、実際のママはわずかな時間でも子供と一緒にいる時間を作って、楽しく過ごしたし、寂しいと感じた事は無かったです。
これは出産を他人任せにして、いつまでも若々しいママに対するヒガミの感情をわたしにぶつけているだけなのでしょう。
優秀なわたしの母親はその後も代理母出産を重ね、わたしには二人の妹が出来ました。
高校受験を控える頃には、代理母出産を頼めるのはドクターだけではなく、ものすごいお金持ちや上級職の公務員も妊娠の苦痛を貧乏な人に肩代わりさせている、そんな社会の裏側も知る様になり、色々と考えてしまいます。
代理母出産により、優秀な人材は仕事に穴を空ける事無く、社会に貢献できる、その裏には自身の子宮を売り渡した経済的に苦しい人もいる。
高校三年の進路選択では、文Ⅰの法学部に進み、弁護士資格を取る事、法曹界目指しました。
強い正義感に燃えた訳ではない、なんとなく、自分の選択に疑問を感じただけなのです。
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19の時に高校時代の先輩からスカウトを受けました。
“内務省の臨時職員で男性担任と言う制度がある、数年間休学する事になるけど、その後の司法試験では加点ももらえるし、法律関係の仕事に進むのなら、内務省に人脈を作っておけばプラスになる”
気がつけばわたしは内務省、臨時職員、雇用契約書にサインをしていました。
数か月の研修を受けた後は、担当の男子高生の専属となり、女性に対する恐怖心を取り除き、同級生とデートをする様に仕向ける。
わたしの担当はトオル君と言う15歳の子、勃起不全でスタリオン学園に進めず、シンフォニアに流れて来た子でした。
彼は性行為その物に忌避感があり、行為が女性に対する暴力だと感じてしまい、萎縮してしまった子、根が優しい子だったんですね。
そんな優しいトオル君は、ぎこちないながらもデートを重ねていきました。
“女の子とデーとはするけど、一番好きなのは由宇理先生だよ”
そんな嬉しい事を言ってくれます。
楽しくもやりがいのある仕事だったのですが、彼には月に一度の搾精が義務付けられています。
術着の様な服に着替えさせられ、分娩台の様な器具に座らされます、不快感を隠す様におヘソの辺りにカーテンがかけらます。
やがて無表情なナースがやって来て、太い点滴針を刺します、最初の頃はわたしに向かって微笑む余裕のあったトオル君ですが、次第に苦悶に満ちた表情になっていきます。
“大丈夫ですよ、先生が横にいますからね”
そう言って彼の手を握ってあげます、どれくらい苦しんだのでしょうか、パタリと苦悶の表情が途絶えました。
荒い息をしている、トオル君の汗をキレイに拭いてあげました。
シンフォニア高校の男子は甘やかされている、と言う人がいますけど、彼らは見えないところで苦労をしているのですよ。
女の子とデートして、月に一度の辛いお務めをする、そうして月日を重ね、遂にトオル君がシンフォニア高校を巣立つ日がやって来ました、二人とも大泣きしましたよ。
これでわたしの臨時職員は終わりです、そのまま復学の手続きを取ろうとしたのですが、担当官は渋い顔をします。
“三田さん、あなたはとっても優秀よ、内務省に残ってみてはいかがかしら”
わたしは首を左右に振りますが、担当官はあの手この手でエサをひけらかします。
内務省に残るのなら、大卒待遇、それも19歳の時点にまで遡って正規採用とするので、その間の給与差額は支払われます。
行政職の等級は通常は一番下からですけど、下から三番眼の等級、給与号俸はいきなり8号俸から……
最後の決め手は、
“代理母出産の権利を与えますよ”
その一言で、わたしの曖昧な正義は消え去り、内務省官僚としてのキャリアがスタートしたのでした。
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官僚機構の仕事、能率よりも形式を重視していますが、そう言う物と割り切って、組織の歯車になったわたし、男性管理局の出生管理部、前期管理課の3係長を任されています。
わたしが初めて担当したトオル君の様な男性を管理する部署です。
日曜の朝早い時間、子供達と食事をしていると、スマホに着信が。
卯月リンドウ、わたしが直々にスカウトした娘からです。
彼女の担当は荒川カイトと言う、無精子症の男子、幸いにも勃起は普通にするので、クラスの子達と深いデートを重ねている優等生。
自然交接が出来ると言う男性は貴重ですので、色々とハエがたかって来ます。
厚労省と言う強引なハエは何かにつけ、内務省にケンカを売って来て、男性の利権に食い込みたがります。
例えば搾精検査、精子が有る無しだけなら、中学の理科室の顕微鏡でも充分なのですが。
自分達の施設での検査証明以外は認めないと言う、法案を可決させました、閣議決定とは言え、強引な前科があります。
今回の厚労省の奇襲攻撃は荒川カイトに厚労省が指定する家庭教師をつける様にとの事でした。
この社会の更なる暗部です。




