36. お兄ちゃんのイジワル!
高校生の兄と中学生の妹ならケンカもします。
妹の葵咲はメイドさんが来て家事から解放されたからか、部活に入ると言いだした、活発そうな子だけど、地学研究部と言う地味な部活を選んだ、まぁ、好きな事をやるのが一番だね。
手持ちぶさたでソファに座っていると、白音ちゃんがやって来る。
「どうしたの?白音ちゃん」
「えっとねぇ、あのねぇ、お掃除をしていたの、お部屋のお掃除、それでね、えっとねぇベッドの隙間からご本が出て来て」
「何の本かな?」
「これだけど、白音は一年生で良く分からないの」
そう言って俺に一冊の本を差し出す幼女。
「“豚肉と馬鈴薯”なんだこりゃ?」
良く分からない本を読んで見ると、意外に面白い、主人公は物凄いお金持ちのお嬢様、金に物を言わせて若い男を取っ組み合いで戦わせる、プロレスみたいな感じかな。
ファイターの男達は薄いブラとピチピチのパンツのみ、色々な場所が透けて見えたり、取っ組み合いの最中にポロリと乳首が見えたり。
男女を入れ替えてみよう、女の子がビキニでキャットファイトをしている姿を想像してみて欲しい。
「ただいまぁ~、お兄ちゃん」
「葵咲、おう、お帰り」
「何読んでいるの?」
「うん、これか意外と面白いぞ…」
「ちょっと、それわたしの本! 返して! 返してよ!」
「おいおい、そんなムキになるな、これ気に入ったからもっと読ませろよ」
突進してきた葵咲をスラリとかわし、本を高く持ち上げる。
「返して! 返してって言っているでしょ」
「え~、いいじゃない、もっと読ませてよ」
「バカーッ!」
怒って部屋に行ってしまった葵咲、本一冊でそんなにムキにならなくても。
「カイト様、よろしいですか?」
「雲母さんどうしたの」
「使用人がこの様な事を言うのははばかられますが、今のはカイト様が悪いです、葵咲さんが可哀そうですよ」
そう言うと、俺の手からさりげなく、それでいて強引に、本を取りあげる。
「この本はお返ししておきますね、それからもう少ししたら謝りに行ってください」
メイドの雲母さんのいつになく真面目な表情で俺は結構酷い事をしてしまったのだと理解してきた、中学男子が家族の前でエロ本を公開された状況だろう。
白音ちゃんがドヨーンと真っ暗な顔をしている、事の発端を作ったは自分だと言う自覚があるからだろう。
「白音ちゃん、おいで」
「カイト様、叩くの?」
「そんな事するわけないじゃん、抱っこしてあげるね」
まだ7歳のおチビさんを抱き上げる、高い体温とミルクの香り、サラサラの髪を撫でてあげていると、怯えた表情は息をひそめ、メスの顔をして俺の顔を見上げている。
「娘を可愛がって頂きありがとうございます」
「こんな可愛い子ならいつまでも抱っこしていたいね」
「カイト様、子供が増長します、お世辞はそれくらいにしておいてください」
「ところで、雲母さん、さっきの本だけど、葵咲の歳だとまだ早いの、それとも遅いくらい?」
「中一ですから、歳相応と言ったところでしょうか、身体と一緒に心も大人になって行きます、そのために必要な情報だと思ってください」
「男の人に興味を持ち始めると言う事だね、それにしても本とは趣があるよね、映像とかじゃないの?」
「パソコンやテレビで有料チャンネルは観られますが、年齢制限があります、例えば今ここでテレビのスイッチを入れても、有料チャンネルの選択画面にすら辿りつけないでしょう」
「どうして?」
「部屋に白音がいますから、子供がいると認識するのです、パソコンやスマホも同様です、もう少し歳を重ねると色々な技を覚えて規制の隙間を通り抜けるものですが。
まぁ、それはともかく、映像作品は規制が厳しいけど、小説は緩いので、本で知識を蓄える子が多いですよ」
今日は非番のはずの巨涼紅玉さんがやって来た。
「カイト様、お詫びの品を買って来ました」
そう言って、白いビニール袋に入ったコンビニスイーツを渡してくれる、新川カイトだった頃は馬車馬の様にコンビニバイト、良い思い出なんて一つも無いけど、コンビニの商品が嫌いと言う訳ではない、むしろそれで育ったようなものだ。
「葵咲さんのお好きな物を選んで来ました、これで御機嫌をとってあげてください」
「紅玉さん、葵咲はこう言う物も食べているの?」
「普段ではありませんが、時々口にしていらっしゃいますよ」
「俺も、たまにで良いから、こう言うのを食べたいよ、あっ、別に紅玉さんや雲母さんの食事がダメって言っている訳じゃないからね、さりげなく高級な感じで美味しいよ」
「カイト様は男性でございます、全ての女性の憧れですよ、そんな方がファストフード店に行ったり、コンビニの袋を持って歩いていたら、皆さん幻滅ですよ、殿方は高級な物だけを口にしてください」
▽
「葵咲、入るぞー」
「お兄ちゃん、わたし今勉強中」
机に向かって教科書を睨みつけている妹。
「今、雲母さん達に叱られてきたよ、ゴメンね」
「別に、わたしは気にしてないから、お兄ちゃんも気にしなくて良いよ」
「それじゃ、俺も気にしない、何にも気にしないで甘い物を食べよう」
そう言いながらガサガサとコンビニ袋からスイーツを物色する。
「へぇー、チョコチュロスだ、こっちはタルトのレモン風味だって、このドーナツはシンプルだけど、意外にこう言うのが美味しいんだよね」
「お兄ちゃん、チョコチュロスはわたしに頂戴」
「あっ、ゴメン、もう一口かじっちゃった、食べかけでゴメン」
そう言いながら、歯型のついたチュロスを渡す。
「いいの?」
「ゴメン、ゴメン、食べかけなんて失礼だよね」
回収しようとした俺を、軽く身体を捻り軽やかにかわす。
「特別よ、食べかけだけど、わたしが食べてあげるからね」
チュロスは葵咲に譲って、俺はレモン風味のタルトを食べる、部屋には140円の安っぽい咀嚼音とビニールのガサガサと言う音だけが響いている。
「お兄ちゃん、変な妹はキライ?」
「キライな子はいないよ、好きなタイプはいるけどね」
「どんなタイプが良いの?」
「チュロスを美味しそうに食べる子が好みのタイプだよ」
「バカ」
考えてみれば、葵咲は謎な子だ、俺が同級生達とデート出来る様に誘導していたのだ、男女の睦言を知らない訳が無い。
中一だったら、知識だけは普通に有るよね、それでもあの小説を読んでいたと言う事は描写力か。
単純に知識の羅列だけでなく、しっかり描写すれば、みんなが読む本になる。
頭の中で何かが繋がった気がした。
性の目覚めはスマホの画像か、グラビア写真か、それとも文章か、と言うお話した。