35.朝は優しく起こしてね
カーテンの隙間から差し込む曙光、目が覚めると既に若さがたぎっている、俺は元気が余っている男子高生、これくらいは普通だと言いたいけど、今朝はちょっと違う。
思い出すのは、鼻の頭に汗を浮かべながら俺にご奉仕をしてくれているママメイド。
甘い吐息と濡れたビニールの匂いが頭の中で再現され、なかなか熱が引いてくれなくて、悶々としていた。
ソオォーッとドアが開かれた。
誰だろう、今まで葵咲は一度も俺の部屋に入っていないし、メイドさんの朝の挨拶なのだろうか。
ここはお約束通り、寝たふりをして待っていると、ゆっくりと布団に潜り込んで来る。
朝から過激な挨拶だよ、今の俺は暴発寸前の銃を抱えている様なもの、まさに渡りに船だ。
メイドさんは三人いるけど、誰だろうね、ズリズリと不器用に近づいて来る女性は俺の脇辺りに顔を埋める、サラサラした髪の感触と甘い香り、ほんのりと高い体温で、朝の元気は発散寸前だ。
さて、俺はどこで目を覚ませば良いのかな、そんな事を考えていると、女性の脚は俺のお腹の上に、
“ウゥーン”
と言う声、これってわたし寝ぼけていますアピールなの。
寝ぼけたフリの女性は完全に俺に跨った状態、メイドさんって大胆なんだね、はて、大人の女性にしては軽い様な、全体に小さい感じ。
これは変だ、 顔を見下ろすと実紅梨ちゃんだ。
「実紅梨ちゃん、起きようか?」
「あれ、カイト様だ、おかしいな、部屋で寝ていたはずなのに」
あらかじめ用意してあったセリフをぎこちなく読み上げる、学芸会じゃないんだからさぁ。
「もしかして俺を起こしに来てくれたのかな?」
「えっとー、ママがカイト様を起こしてきなさいって、わたしは下の方が良かったの …… ですか?」
「上も下も、実紅梨ちゃんにはまだ早いよ」
「えー、だって、昨日カイト様はわたし達を抱っこしてくれるって言いましたよね」
「抱っこって、そう言う意味じゃないから……」
まだ9歳の子に大人の仲良しはできないよ、と実紅梨に教えてあげたけど、本人は、まだ納得していない。
“だって、わたしはもう小三だよ”
いやいや、まだ小三だよ。
▽
犯罪臭のする目覚めの後は、葵咲と二人で朝ご飯。
今朝は雲母さんがサーヴをしてくれている、ちなみにメニューはシャキシャキしたサラダと半熟玉子、厚めのベーコン、牧場の匂いがしそうな牛乳。
葵咲がきつね色に焼いたトーストにバターを塗ってくれている。
「はい、お兄ちゃん、トーストですよ」
「ありがとう、葵咲」
「どう致しまして、ちょっと悔しいけどね」
「何が?」
「ご飯のレベルよ、わたしじゃ相手にならないわ、やっぱりメイドさんは違うわね」
「料理は勝負をするものじゃないよ」
「お話し中、失礼致します、子供達が学校に行きます、挨拶を受けて頂けますか」
「いいよ」
三年生の実紅梨ちゃんに連れられて、一年生の白音ちゃんと黄美夏ちゃんがやって来る、白いシャツに学校指定の名札、そしてランドセル。
朝はとんでもない事をした実紅梨ちゃんだけど、白いシャツに紺色のサスペンダースカート姿だと、純朴な小学生にしか見えない。
「カイト様、わたし達を学校に通わせてくれてありがとうございます」
三人が今一つ不器用なお辞儀をする姿が微笑ましい。
「みんなたくさん勉強して来てね」
『はい!』
▽
子供達が出かけた後、雲母さんを呼ぶ。
「さっき学校行かせてくれてありがとうって言っていたけど、今までだって学校に通っていたよね」
「もちろんです、ですが11区の小学校に転校になったので、それは名誉な事でして」
「どう言う事?」
「お兄ちゃん、小中は地元の学校に通わないといけないのよ、ここらへんは11区と言って、大きなお屋敷が多い地区なの、分かるでしょ」
ああ、そう言う事か、平等なはずの義務教育でも、平均所得の多い地区とそうでない地区では生徒の質に差がつく。
新川カイトだった頃、俺はそれなりの地区に住んでいた、どれくらいそれなりかと言うと夏休みの工作を教室の後ろに置いておくと、その日のうちに壊される様な民度の小学校だった。
平等で公平なはずの公立学校ですが、周りの生徒の質が低いと教育の質も下がると言うお話しです。