122.先輩お願いします
長々と脇役の人物紹介みたいな話が続いていましたけど、やっと主人公が登場です。
時系列では翌年の二月頃の一番寒い時期を想像してください。
▽拉致事件より7か月後 ▽
カレンダーは2月、気温計は下がる一方、タワマン住の俺でも寒さを感じる毎日だけど、今日の教室はそれとは違った寒さと言うか、冷たさ。
七人の同級生達は俺を、憐れむ様な同情するような複雑な顔をして見ている。
その中でマイペースなのが野バラちゃん、いつもの元気な声で俺に言う。
「いやー、カイトも新学期から後輩になるわけだね、廊下ですれちがったら、
“先輩、おはようございます”
って挨拶するんだよ、来年も一年生のカイト君」
「野バラ、そんな事言わないの! カイト君が可哀そうでしょ」
ナデシコちゃんが俺をかばってくれる、純粋に親切で言ってくれているのだろうけど、今の俺にはむしろ残酷。
そんな俺に追い打ちをかけるのが、担任の梅子先生。
「お前たち、シンフォニア高校では留年は普通にあることだ、能力が及ばないと判断されれば誰でもだ。
もっとも、1年から2年に上がれない生徒というのは珍しいがな」
梅子先生も容赦がない。
俺、荒川カイトはシンフォニア高校の一年生をもう一度やり直しだ。
芸能活動をなめていました、学校を休んだ時間は家庭教師でカバー出来ると思っていたけど、そんな単純な話ではなかった。
400Mトラックを集団で走っている姿を想像して欲しい。
俺だけ半周ごとに数秒止まって、集団に追いつく為にダッシュして、やっと集団に追いついたら、また数秒止められる。
トラックを何周回れば終わりになるのか、終わりの見えない走りはメンタルが維持できない。
気がつけば、集団に追いつく事も出来なくなっていた。
気になるは2年月組には男子生徒がいなくなる、そのことを梅子先生に言ったら、
“上級生になると男子生徒の比率が増えていくから、お前が心配する事はない”
と言われた、言外に男子生徒に留年が多いと言っているね。
▽
夏の宿泊合宿では色々な事が起き、知りたくもない現実を目の当たりにした。
これから先、特に妹の葵咲との関係がおかしくなってしまうかと心配していたけど、今まで通り可愛いらしく、ちょっと生意気な態度で接してくれるので、俺もそれにあわせている。
拉致事件でスケジュールが遅れたが写真集は三社から時間差で出版され、信じられない売上を達成して、数ヶ月経った今でも忘れた頃に重版されているそうだ、電子版を一切出さない、攻めた営業だったけど、上手く行って何より。
紙の本は作るのに凄く手間がかかる、印刷して製本して、それ以外にも色々な工程があるらしい。
そこから取り次ぎと言う本専門の問屋みたいな会社を通して全国の書店に届けられるのだけど。
全て売れれば問題ないのだが、期日以内に売れなかった本は、もう一度取り次ぎを通して返本される。
返本された本は在庫として取っておくことは有り得ない、ほとんどの返本は断裁と言って、バッサリと半分に切られ、再生紙として製紙工場に送られていく。
在庫保管するのにも経費がかかる、と言うのが理由だと思っていたが、もっと生臭い理由があったのだ。
製本された本は資産として計上されるので課税対象となってしまうかららしい。
そこへいくと、デジタル書籍は優秀だ、印刷会社や製本会社を通す必要がないし、何よりも在庫と言う概念が無いので、課税対象にすらならない。
それでも俺の写真集は紙でのみの出版と言う売り方をしたのは、コレクターアイテムと言う売り方をしたためだ。
デジタル版では俺のサイン本は無理だからね。
写真集の発売で知名度は一気に上がった俺だけど、CMは最初のMMバーガーと下着のキンセだけ。
勉強との両立を考えると、そんなに余裕は無いのだよ。
テレビCMは数ヶ月毎に新しくなっていくのだけど、撮影したのは数ヶ月前。
“新しいCM良かったよ”
と同級生達に褒められても数ヶ月前の自分を褒められた様なおかしな感覚になるよ。
もちろん、ポスターやフライヤーの撮影も欠かさない、街中で自分の写真を見ると言う、おかしな体験も慣れてきたけど。
あれは俺じゃないよ、写真のプロが俺の断片を切り取り、画像加工の職人がトリミングして出来上がった、芸術作品だと思ってくれれば良いよ。
ローティーン向けの雑誌のスモーマンガやスモー小説にも俺の名前が載っているけど、ほとんどが俺の手を離れている。
しっかりとしたストーリーの青春スモーマンガや、キャラクターが生き生きとして、しっかりと伏線の張られたスモー小説。
もはやアマチュア小説家の俺の出番はないよ。
スモーの特番でゲストに呼ばれるけど、俺を倒して人気者になった璃音ちゃんに続けとばかりに、可愛らしい子が勢揃い。
小顔で華奢なSランクの美少女が、ガチで取り組む姿は、色々な性癖の人に刺さるようだ。
勝てば心の底から喜びを表し、負けると本気の悔し涙を見せる、女子小学生の涙に心が痛むよ。
主人公は留年です、結果的に大勢の女性と触れ合う機会が増えます。




