109.法務幹部
実際に自衛隊には法務官と言う役職があります。
幹部自衛官限定だったはずです。
▽第九歩兵科連隊、連隊長室▽
法務官、軍隊において法律を専門に担当する役職、弁護士資格はないものの、優秀な幹部軍人から選ばれる。
彼女たちの仕事は交戦規定の策定や、武器使用の要件とその根拠となる法律の解釈。
現場の軍人が自分達の判断で、武器を使用してはならない、その根拠となる法律に沿った交戦規定が設定され、それから外れた行為は固く禁止されている。
また敵軍人だけでなく、民間人に対する扱いや、捕虜に対する処遇などの規定も法務官の仕事。
そんな法務官泣かせが自由人達、都市の住民票を捨て原野に生きる彼女達だが、行政では7年間連絡が取れていない状態では死亡扱いとなる。
過酷な環境では長く生きることは不可能だと言う判断。
既に死んでいるはずの彼女達はしっかりと生き残るだけでなく、原野の真ん中にコミュニティを作り、それなりの文明生活を送っている。
現政権に批判的な態度をとっているとはいえ、明確な敵対行動を取っていないし、海外の勢力とのつながりもない。
だが、懐古主義者達と合流して、人口授精の技術まで持ち出し、自分達で子供を作るようになると、法的には困った事になってくる。
今回保護された女児は懐古主義者のコミュニティで産まれた可能性が極めて高い。
この国の国土で産まれたから国民として扱うべきか、我が国の法の外で産まれたから自国民ではないと扱うべきか。
軍だけでなく、警察や行政とも法律のすり合わせをしなければならない、それだけでも頭痛の種だ。
連隊本部にも法務官はいるが、今回は司令部から潮岬二佐と言うベテラン法務官の応援を頼んだ。
ベテラン法務官ともなると、法律は杓子定規に決められるものではない、人が法律を決め、人に守らせるのだと言う事も経験をもって分かってくる。
まずは現場の意見も聞いておかなければならない。
「……約二週間の間、中隊の当直室に住まわせ、当直陸曹に情報収集をさせましたが、会話の内容には一貫性が有り、その場の思い付きで喋っているわけではないと判断されます」
一中隊長、御前崎一尉が司令部付き法務官に説明する。
「報告ありがとうございます、問題の女児はどこから来たと思いますか?
御前崎一尉、ご自身の見解をお話しください」
問題の女児を自身が保護した御前崎中隊長。
「あくまでも、個人的な見解ですが、最初は懐古主義者のコミュニティから逃げて来たのだと思っておりました。
ですが、会話の内容を精査すると、まるで別の世界から来たように感じます」
「なるほど、御前崎さんがそこまで言うとは、話しの一貫性が有ると言う解釈で良いでしょうか?」
法務官の言葉に一瞬怯んだ一中隊長だが、佇まいを直して言う。
「これが大人でしたら、分からなくもないのですが、10歳かそこらの娘がここまでボロを出さずに作り話を話せるとは信じがたいですね」
「しかし、男女の比率がほぼ半々の世界からやって来ましたとは、我々法務官としては認めるわけにはいきません。
と言うか、あの少女の存在自体が認められないのですよ。
都市から逃げ出した子供だったらまだ良いのですが、懐古主義者のコミュニティで産まれた子供だとすると、法律上の存在は限りなく黒に近いグレーゾーンです」
「そうですか」
「ですが、軍としては保護された女児は難民として扱うようにと言うのが、司令部の見解なのです」
連隊長が法務官に問う。
「潮岬さん、それは軍のみの見解と言う事でよろしいのでしょうか?」
「はい、あくまでも軍の見解です、警察や厚労省、外務省、内務省などとのすり合わせは行っておりません。
難民認定などしようものなら、外務省や国土交通省辺りが嚙みついて来ること間違いないなしですし」
「しかも内務省からはあの少女も寄越せと言ってきている、これは困った事だぞ」
連隊長はため息交じりに言う。
「あの、あの少女の扱いが困っているのは身寄りが無いからですよね」
歩兵科中隊長の御前崎一尉が言う。
「まぁ、そうだな」
何を言っているんだ、と言う態度で連隊長が言う。
「わたしに考えがありますがよろしいでしょうか……」




