102.入院生活
男性は特別な病院に入院させるのがお約束です。
頭がガンガン痛いし、背中がゾクゾクする。
突然何にもない原っぱに放り出されたと思ったけど、病気になってしまったの?
七海美ちゃんがハンカチに水を含ませ口に当ててくれる。
なんか目の前に大勢の人がやって来た、誰? 助けてくれるの。
七海美ちゃんが何か叫んでいるけど、頭がボンヤリして全然理解できない。
緑色の帽子を被った人がボクに話しかける。
「……わたしは国軍の御前崎一尉と言います、男性の方ですか?」
何を当たり前のことを言っているんだ、ボクは男に決まっているよ。
その後は大勢の人に運ばれて車に乗せられ、そこで意識は途切れた。
▽▽
二日後
カーテンの隙間から差し込んで来た陽光が爽やかな朝の空気を照らす。
社宅のジメジメしたお布団と染みのついた天井とは大違い。
なんか色々ありすぎて頭の中がグチャグチャだよ、エリ達に石を投げられ、七海美ちゃんと一緒に見たこともない原っぱ投げ出され、何か病気みたいになって……
そうして目が覚めたら病院にいるみたい、病院だよね、何か豪華なホテルみたいだけど。
起きようとすると看護師さんがやって来た。
まだ若いよね、高校生のお姉さんくらい?
「お目覚めでございますか?」
「あ、えっと、おはようございます」
「ご気分はいかがですか、苦しいとか、痛い場所とかはありませんか?」
ものすごいスッキリした気分。
「別に、どこも平気だよ、ボクは一晩ずっと寝ていたの?」
「それはよろしいですね、今すぐ先生を呼びますからね」
「先生って?」
「お医者様の事ですよ」
「ボクはケガをしたの、どこも痛くないよ」
▽
ショートカットにしたお姉さんがやって来て、ボクの身体を診察してくれた。
「……上気道感染はすっかり治ったようだね、もう大丈夫」
「えっと、何か変な病気ですか?」
「ああ、ゴメン、ゴメン、上気道感染って言うのは風邪の事だよ、食欲があるならご飯も食べて良いからね」
「あの、一緒にいた女の子は?」
「ちょっと、わたしには分からないですね、ゴメンね」
その後は食事をした、ご飯とお味噌汁、焼き魚に卵焼き、シンプルな和食なんだけど、味が全然違う、高級な朝ご飯を食べてくつろいでいるけど。
七海美ちゃんはどうしちゃったの、別の病室にいるよね。
後から探しに行ってみよう。
看護師さんがやって来て、隣の部屋に案内される。
「当真様、こちらにお座りなってください」
「あの、七海美ちゃん、と言う女の子はどこにいるか、分かりますか?」
「ごめんなさいね、わたしは看護師だから分からないのよ」
可愛く肩をすくめる看護師さん。
部屋に入って来たのは看護師さんでもなければお医者さんでもない、グレーのスーツを着たお姉さん、襟には白い水滴のバッチ。
「こんにちは、わたしは愛美理って言うのよ、お姉さんとお話ししてもらえないかな」
「あの、話をする前に、ボクと一緒にいた女の子はどこにいますか、会いたいのですけど」
「大丈夫ですよ、無事に保護されています、ですけど、この病院は特別なのです。
女の子は入ってこられないの、ごめんなさいね」
「話をしたら七海美ちゃんと会わせてくれますよね」
「……そうですねぇ、女の子の方は別の場所にいますよ、元気にしていますから心配しなくても良いですよ。
それよりもあなたは、まだ病院で検査が必要なのですよ、それが全て終わったら会えるように頼んでみましょう。
まずはお名前を教えてくださいな、あっ、覚えていないのなら無理に思い出そうとしなくても良いですよ……」
ニコニコ微笑んで“私はあなたの味方よ”とアピールしているお姉さん。
最初のうちは笑い顔に裏が有りそうで警戒していたけど、気がつけばお姉さんペースに乗せられて、名前や小学校の学校名、社宅の住所や電話番号を伝える。
その後は社宅の事、学校の事なんでも話した、お姉さんはボクの話をとても興味深そうに聞いてくれたよ。
学校の友達の事とか、女子更衣室覗き事件とか、どうでも良い事でも興味深そうに深掘りして来る。
「……それで自由研究の班分けで男子と女子が混ざらなくて、男の班と女の班になっちゃったから先生が怒って、強引に班分けを決められちゃったんだよ」
「生徒の数は男性の方が少ないのですよね」
「えっとー、ボクのクラスは男子が一人多かったよ」
どうでも良い話だと思うのだけど、目を大きく開き、ゴクリと唾を飲み込んだ愛美理さん。
あんまり話したくないけど、家の事も話したよ。
「……ママが出て行っちゃたから、ボクはパパと二人で社宅に住んでいるんだよ」
「お掃除とかお食事はどなたがされるのでしょうか?」
「ご飯は勝手に食べるよ、冷凍だけどね、最近はパスタも作れる様になったよ。
朝は時間が無いからパンだけどね」
買い置きしてある菓子パンが朝ご飯、ダブルロールがお気に入りだよ。
「お父様と一緒に暮らしているのですよね?」
「うん、だけど平日は残業で遅いから殆ど顔見ないよ」
「男性が残業をなさるんですか?」
「月末は月締め検収で特に遅いけど、終電前には帰って来るし」
「 …… 」
二時間くらい話したと思う、
「今日はお疲れ様でした、ご満足いただける様に努力しますね」
「あ、あの」
「何でしょうか?」
「一緒にいた女の子は……」
お姉さんはニッコリと微笑み、ボクの手前にひざまずく、
「大丈夫ですよ、この後もう少し検査が有ります、それが終わってからですね」




