101.不審者保護 ◆ 御前崎一尉 ◆
軍隊が出てきますが自衛隊がモデルです、
国軍 → 自衛隊
歩兵科 → 普通科
と変換してください、階級とかは同じはずです。
遥かなる我々の祖先、まだ農業を発明する前の狩猟採集民を支えるには、一人当たり10平方キロの土地が必要だと言う試算がある。
一か所に定住するのではなく、その地の野生植物や動物を食べ尽くすと他の土地に移る。
春は海岸沿いで海の幸を採集し、夏には山間部に移動して山菜を食し、秋には川沿いで卵を抱えた魚を捕まえ、冬には罠にかかった野生動物を食べる。
そんな我々の祖先を物欲と貨幣経済の穢れを知らない理想的なライフスタイルだと礼賛する人達がいる。
真夏の酷暑や真冬の凍傷、医療という言葉すらなく、ほとんどが孫の顔を見ることなく亡くなっていたという現実には目をつぶって。
監視カメラと盗聴器が当たり前のように作動していて、プライバシーと言う概念すら取り払われた管理社会。
行政府の思い通りに動かされ、目に見えない鎖に縛られ、やはり目に見えない不満を溜めていく市民たち。
管理社会とは言え、街に住めば、とりあえずの衣食住は何とかなるし、ちょっと真面目に働けば子供も持つことが出来るというのに。
縛られた生活は嫌だと、何もない原野に自らの住まいを見出し、自由奔放な生活を送っている連中。
政府はそんな連中は放っておけばすぐに死に絶えると静観の構えだったが、奴らは意外にしぶとく、自給自足の生活をしているそうだ。
それだけなら二本足の野生動物が増えただけだが、懐古主義者と呼ばれる過激思想な連中が二本足の野生動物と結びつき、原野にコミュニティを作っている。
10平方キロに一人しか養えないはずの先史文明生活だが、当初の計算より遥かに多い人口を養っているのは、街に住む協力者の存在。
最初は食事やテント程度だったのだが、強化プラスチックの建材や太陽光発電システムなどまで手に入れた原野の自由人達。
最近は車まで手に入れ、原野の行動範囲を広げ、独自の研究施設を作り人口授精まで行っているそうだ。
▽▽
曾根崎房子一等陸曹、40代の一曹、あと数年で曹長になり、四本目山の線が階級章に加わるであろう。
生え抜きの国軍陸曹が配属されたのは第9歩兵科連隊、最初の特技は軽迫だった。
その後、班長、分隊長、小隊先任と階級章の線を増やしていった。
新隊員の同期は2年後は半分に減っていた、その後も満期除隊や事務系の職種に転科等で、数を減らしていく同期。
歩兵は体力勝負、夜9時に呼集がかかり、完全装備で整列、弾帯には弾嚢が隙間なくぶら下げられ、円匙や雑嚢、水筒、太ももにはガスマスクケース。
肩に食い込む背嚢を担ぎ一晩中演習場内を歩いて、翌朝からやっと演習が開始される。
演習では歩兵科は人ではなく山犬の様な動きを求められる。
例えば待ち伏せをするとして、道の真ん中で待っている敵はいない、濃い茂みや、隘路を見下ろせる場所で敵を待つであろう。
歩兵科の指揮官はそんな待ち伏せされていそうな場所を見つけると、道を歩かずに、分隊員を藪の中を横一列になって進ませる。
容赦なく皮膚を切りつける鋭い草、いやらしく絡まるツタ、視界を覆う羽虫の群れが緑の塊には待っている。
何日も演習場の藪をかき分け、数日の徹夜でも集中力を切らさない、若者顔負けの体力と、折れないメンタルの曽根崎一曹は今や中隊の基幹。
タフな歩兵を証明するダイヤモンド型のレンジャーバッジは班長時代に賜った。
レンジャー部隊と言う特殊部隊が有ると、街の人達が勘違いするが、実際にはそんな部隊はどこにも無く。
各隊から選抜された隊員が数ヶ月間訓練を受け、原隊に帰り、一般の歩兵の底上げをしている。
街を捨て原野に住む自由人は軍から見れば微妙な存在、敵対勢力ではない、街に住んでいない一般市民。
だが、行政府の方針に明らかに反対の意見を表面している連中が守るべき一般市民だと言うには無理がある。
“……事に当たっては危険を顧みず、国民の生命財産を守る……”
と言う宣誓をした国軍の軍人達は、訓練と言う名目で原野を歩きまわり、自由人や懐古主義者の痕跡を探す。
「まったく、懐古主義者共なんて、街を柵で囲めば勝手に死に絶えるというのに」
「曾根崎さん、その法案は革新系議員の反対で否決されました」
「まったく、国賊共が」
そう言って、休憩中の第一中隊、第三小隊から選抜された35人の陸曹、陸士を見まわす、もう充分に休んだであろう、これ以上の休憩は逆に疲れを呼ぶだけだ。
「中隊長、そろそろ出発したいのですが、よろしいですか?」
中隊の先任陸曹となった曽根崎一曹だが、あくまでも陸曹、指揮官の幹部の指示を仰がなければならない。
▽
そんな第一中隊長御前崎一尉、国軍の幹部になるにはいくつかコースがある、防衛大学が王道と思われているが、一般の大学からのコースもある。
防衛大学卒業者も一般大卒業者も幹部候補生学校という場所で共に10ヶ月を過ごし、三尉に任官する。
御前崎一尉は一般大卒、歩兵科一筋の彼女、営外居住者の彼女だが、週に数日は中隊長執務室の床で官給品の寝袋で夜を過ごす。
もちろん幹部レンジャー課程も優秀な成績で卒業した、生粋の歩兵科。
今は第三小隊の分遣隊に同行中、数日間の野外行動で体力自慢の陸士達も疲労の色が隠せていない。
ここで最後の力を振り絞り立ち上がれるのが強い軍隊、そして立ち上がらせるのが指揮官の仕事。
「よし、出発するぞ、尾根道は通らない様に、先程の様に斜面を進……」
「小隊長、二分隊の斥候より連絡が有りました、双子岩付近に大型の赤外線の反応あり」
「どうせ野性の動物だろう、指揮官早く出発しましょう」
先任陸曹は中隊と言う小さな組織の代表、議員の様な者、無駄な訓練は少しでも早く切り上げて、隊舎に帰りたいと言う気持ちを代弁する。
ここで“議員”に流される様では指揮官失格、民主主義を守る軍隊だが、軍隊に民主主義は無い、御前崎一尉は目標を双子岩に変えた。
国軍とは言うものの自衛隊がモデルです。
第九普通科連隊は今は無い部隊です。




