1章 忘れ形見のラブレター 終
家を出た瞬間、僕は思わず目を細めた。太陽はすでに傾いているというのに、視界に入る世界は眩しい。
――なんだか夢を見ていた気分だ。
もやっとした感情が胸の内側に居座っているが、おそらく時間が経てば消える類のものだ。
ここに入る前の自分が別人のように感じる。
結生の言葉通りなら、家は嘘をつかない。男が出入りしていたこと、家主が大金を使い娘に責められたこと、手紙を愛おしそうにしたためていたことなどは、この家の中で実際にあった出来事だ。
ただ、もう家主はこの世にいない。依頼人である男が本当に家主を愛し、大金も返そうとしている可能性だってある。――日記や手紙を回収するよう頼んでいる時点で、少し虫が良すぎる話ではあるが。
「おじさん」
振り返ると、結生が封筒を差し出してきた。
なんだろう?
首を傾げていると「いらないの?」と不機嫌な声で言われる。いるかいらないかで言われれば、いる。
受け取れば、触った感覚で中身が札だと気づいた。一時間くらいしか家の中にはいなかったのに、封筒はそこそこ厚い。
視線をあげると、不適に笑う結生と目があった。
「それでちゃんとメンテしておいて。道具はメンテ命なんだから」
道具ってやっぱり僕のことだよな。
しかし、金がなければ人として最低限の生活が送れないのも事実だ。僕自身の心と体のメンテナンスも結局は金がかかる。
事前に給料が出ることはわかっていたが、コンビニバイト代くらいだと予想していた。想像以上に多い金額に、年上の意地としていくらか返そうかと思ったが、やめた。
僕は道具。彼女の言うとおり、メンテは大事だ。ありがたく受け取る。
そこで違和感を覚えた。――メンテ?
僕の先を歩いていた結生がくるっと振り返る。そして。
「また連絡する」
そう言って黒一色の彼女は、西日に溶ける影のように去っていった。
結生の姿が完全に見えなくなったあと、僕は思わず腹の底から息をついた。
やっぱりそうなるのか。
あまり人様のプライバシーを覗くようなことはしたくないなと肩をすくめた瞬間、肌に刺さるような感覚がして、思わず身構える。
な、何。
気のせいだ、と思いつつ視線を巡らせると原因を見つけてしまった。
数メートル離れた先の電柱に寄りかかるように立つ同い年くらいの男。モデルのようにすらっと縦に長いシルエットにくっきりとした目鼻立ち。
あまりにもまっすぐに見てくるものだから、記憶をさかのぼるもののやはり知らない人である。
――誰?
ゆっくり瞬きをした瞬間。さっきまでいたはずの男の姿が消えた。消しゴムで消すように、一瞬で。
あり得ない。
ぞわっと背筋に寒気が走る。
「もしかして――幽霊?」
口にしてすぐに自分でもバカバカしいと思った。
家の記憶とか普通であればあり得ないと一蹴することを目の当たりにしたせいだと自分に言い聞かせる。
赤く染まる空を見て、日が暮れる前に今日の寝床を確保しなければと考えが移ると、すぐに男のことは記憶から薄れていった。