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5章 兄の行方 6

 一挙一動見逃すものか。

 噛みつくつもりで様子をうかがっていれば、砂原はサングラスをかけていてもわかるほど驚いた。


「――すごいな。君、そこまではっきり見えるのか」


 そう言われ僕は固まる。


「知らないかもしれないけど、既存する家解氏でも家録をはっきり見るまで時間がかかる。それこそ何日も通い詰めなんてザラだ」

「で、でも映像を見るように家録を見る人もいるのでは?」


 結生から聞いた言葉をぶつけてみたが、砂原は自身の顔の前で手を振り否定する。


「ボクの家系は家解氏以前、元々は巫術師の一族でして。ボク自身、家録を見るために時間をかけても音を拾う程度なんですよ。どちらかといえば、家解氏より巫術師としての方が才がある」


 今は巫術師って言うと逆に胡散臭く思われるので、占い師と名乗ってますがと苦笑混じりに言う。


「家解氏の能力は、他人には見えないという点で占い師と似ている。未来が見えるという占い師がいた場合、その人の見ているものを共有できる人間はいないので」

「――つまり、家録を見ると言っても、家解氏によって受け取れる情報量は違う、と?」

「その通り。そして、どんなふうに家録が見えたかも人それぞれ。ただ、家録はねつ造できないから、適当なことを言っても嘘だと簡単にバレる」


 そこでふと僕はひっかかりを覚えた。

 見ているものを共有できない――じゃあ、どうして結生さんと同じものが見えていたんだ?


「家守さん、実は一つ謝らないといけないことがあります。実はボクの祖先の話、これ他言無用なんですよ。知られたら消せっていうのが掟でして」

「ちょ、ちょっと待ってください!」


 僕はもう一度、今聞いた言葉をかみ砕くよう頭の中で反復する。しかし、少しも理解できない。

 今度こそ僕は頭を抱えた。できることなら、耳も塞いでしまいたい。


「大丈夫ですよ、黙っていればそんな物騒なことはしませんって」


 ――つまり、誰かに話したら消されるんだな。

 胃のあたりが針でつつかれるように痛んだ。腹をなでても痛みは増すばかりである。


「いろいろと話が脱線しましたが、家守さんの質問に答えるには必要な説明なんですよ」


 そう言って、砂原はクッキーをつまむと口に放り込んだ。ざくざくと咀嚼音が三人の間に響く。


「ふたりも遠慮せずに」


 砂原がクッキーの乗った皿を押し出してくる。


「こちら、都内で有名なお店の期間限定ものなんですよ。並ばないと買えない人気お菓子なので、お嫌いじゃなければ是非お召し上がりください」


 香織が微笑を浮かべながらそう言う。僕はぎこちない笑顔で応えるだけで精一杯だった。まったく食欲がない。

 そのとき、花のような甘い匂いがかすめていく。クッキーや紅茶ではない。一瞬、目の前に花束を突きつけられたような、強い匂いがしたのだ。出所はどこか、もう一度息を吸い込むがもう匂いはしない。

 何だったんだ?


「狩屋さんをここに招いたのは一度。数年前でしたね」


 砂原が話し始めるので、僕は意識をそちらに向ける。数年前、つまり失踪前ということだろう。


「彼の遺伝子がほしいと言ったら、ものすごい形相で怒って帰りました」

「は?」

「ですから、彼の遺伝子が欲しいと――」

「それはわかりました!」


 そう口にはしたものの、まったく理解できない。遺伝子が欲しい? 砂原も千景も男ではないか。そもそもなんでそんな話になる? ぶっ飛びすぎていて、訳が分からない。

 テーブルの木目を数えていたら、息をこぼすような笑い声が耳を打った。


「家守さん落ち着いてください。欲しているのは僕ですけど、利用するのは香織です」


 僕は思わず眉をしかめた。


「ちょっと砂原さん、もったいつけた言い方をするから、あのとき狩屋さんを怒らせたのですよ」


 たしなめるように香織が言うと、仕方なさそうに息を吐いた。


「家守さん、誤解ないよう言っておきますけど、私はこのことに同意しています。時代錯誤かもしれませんが、一族の復興のためならば全力を尽くす覚悟はすでにできているんです」

「そもそも家解氏同士の婚姻は珍しいことじゃない。家解氏に限らず、時代をさかのぼれば武家や名の知れた商家だってそうでしょう?」


 そこでふと僕は先ほど砂原が言っていた言葉を思い出す。他言無用とされる祖先の話。砂原は、家解氏としての力が失われつつあるのは、元々が巫術師の家系だからと考えているらしい。


「狩屋さんはとてもいい逸材でした。ちょっと遺伝子をいただければそれだけでよかったんですけどね。養育費をよこせなんて野暮なことは言わないのに」


 家解氏って、こういう人たちばかりなのか。

 少しずつ理解できてきたと思っていたのは、どうやら僕だけだったようだ。今なら、千景が結生に家解氏を辞めさせたい気持ちもわかる。


「家守さんは、狩屋さんの捜索に来たのでしょう? このあたりは一人で出歩くのは危険だからと止めたんですが、聞く耳持たずで出て行ったので。もしかしたら、この近くにいるかもしれないですね」


 そうさせたのは貴方でしょう、と思ったが口にはしなかった。

 しかし、結生たちになんと伝えればいいだろう。

 うーんと頭を悩ませていると、目の前に何かが差し出された。名刺だ。


「よろしければこれ、受け取ってください」


 名刺なのに名前はない。


「すみませんね、名前を知られるのは立場上まずいので」


 それは、巫術師としてだろうか。

 僕は一瞬受け取るのを迷ったが、結局は手に取った。この別荘地から戻ったら、僕は道具ではなくなる。仕事になりそうなつながりは持っていて損はないだろう。

 ただ、そう考える自分が心底嫌だった。


「何か困ったことがあれば連絡ください。もちろん、なくても結構ですけど」


 にこにこっと絵に描いたような笑みでそう言われ、僕はひきつった笑いで曖昧に受け流す。


「まあ、今までの話だけだと信用できませんよね。ボクが家解氏より巫術の天才だってこと」


 そう言っておもむろに立ち上がると、吊されている干し草や花、枝から数種類をちぎりとる。そして木の器に入れるとふっと息を吹きかけた。


「せっかくなので、家守さんの今後を占ってみますか」


 そう言って今度は薄いガラスの台をテーブルの上に置き、大人の指数本はありそうな太い蝋燭を一本立てた。細かな模様が描かれていると思ったが、よく見るとそれは文字だ。マッチをこすり、蝋燭の芯に炎が灯る。砂原は木の器を抱えると、ぼそぼそと何事かをつぶやきながら手でかき混ぜ始めた。

 目を丸くしながらじっとその様子を見ていると「見たことのない占い方法ですよね」と香織が小声で話しかけてきた。


「砂原家に代々伝えられている占術なんですよ」


 器の中を混ぜていた砂原の手が止まり、蝋燭の上に落とす。粉々になったそれは、火を浴び仄かに匂いをたてた。

 甘い花のような匂い。

 あれ、この匂い――。

 どこかで嗅いだことのある匂いだと思えば、さっき鼻をかすめた匂いだ。

 それに――。

 香織にちらっと視線を向ける。香織や砂原からもここまで濃くはないが似た香りがしている。

 ガラス版の上に落ちた粉を見て、砂原は指先で蝋燭の火をつまみ消す。


「家守さん」


 そう言って砂原はすっと立ち上がった。


「今すぐ戻った方がいいです」


 なぜと口に出す前に「そういう結果なので」と砂原は付け加えた。

 ただの占いだろう?

 そう思うものの、胸のざわめきが止まらない。


「別荘地まで送りますけど、どうします?」

「砂原さんの言うとおりにした方がいいと思います」


 神妙な顔つきで香織が言う。僕はますます訳がわからなくなった。でも、ここから出られるのであれば願ったり叶ったりだ。「お、お願いします」とおずおず答えれば、砂原は部屋を出て二階にあがっていった。

 香織も立ち上がり、テーブルの上を片づける。二人ともどこか固い顔つきで、それが余計に不安を駆り立てた。

 占いってただのお遊びじゃないのか?

 昔は科学が発達していなかったため、戦の行方や天候など不安を紛らわせるために占いが重宝されていた。少なくとも僕はそう思っている。


 だけど――。

 まるで本当に未来が見えたみたいじゃないか。

 てきぱきと動く二人を眺めながら、自分だけ事態を把握できていない間抜けなような気がした。煙のようにわき上がる不安を落ち着けようと、冷たくなった紅茶を一気に流し込む。喉を通り胃まで届いたそれは、少しだけ冷静さを取り戻した。

 千景に関する情報は手に入ったし、監禁されそうになっていたけど、送ってくれるのならいいことづくめじゃないか。

 しかし、どうしていきなり手のひらを返したように態度を変えたのか。やっぱりわからない。

 いや、占いが原因だってことはわかるけど。

 それを認めたら、本当にこのあとよからぬことが起きることになる。だからどうしても不安は拭えない。


「大丈夫ですよ」


 視線を上げれば、香織はにこっと微笑みながら言う。


「どういう結果になるかは、結局のところその方の選択次第ですから」


 それはつまり、間違った行動をとれば最悪な結果になるということでは?


「家守さん、行きますよ」


 着替えた砂原はそう声をかけると、さっさと外に出て行ってしまった。慌ててそのあとを追いかける。


「これ被って後ろに乗って」


 渡されたのはフルフェイスタイプのヘルメットだ。黒いヘルメットを被った砂原がバイクにまたがる。

 まさか移動って――これで?

 二の足を踏んでいると「どうぞ」と白い手が伸びてきた。香織だ。


「簡単には壊れないですから。車体に足をかけてください」


 どうやら乗り方がわからないと思ったらしい。もちろん、乗り方もわからない。けどバイクなんて生身でロケットになるようなものだ。怖いと思うのは自然だろう。

 でもそうも言っていられない。下唇を噛み、息を止めてぐいっとまたがる。香織の手は借りなかった。

 た、高い。

 普段とは違う景色、安定しない体、支えるものがない状況でめまいがしてきた。


「砂原さんの腰に手を回してください」


 言われるがままにそうしようとすると「さすがにそれは勘弁」というくぐもった声が聞こえた。


「腰じゃなく肩で」


 僕はこくこく頷きながらそうする。ヘルメットが揺れて少し頭がくらくらした。

 大丈夫だろうか。

 視線が定まらない。振り落とされたりしないか、不安で指先が冷たくなってきた。そのときだ。


「大丈夫。そんなにスピードは出さないので」


 まるで心の中を読んだように砂原はそう言うと、エンジンをかける。振動が全身にまわった。


「それじゃあ行きますよ」

 しっかり掴まってくださいと砂原が言った途端、景色が流れた。体が後ろに持っていかれそうになって、慌てて前へ体を寄せる。薄暗い森がどんどん流れて行く。バイクのライトが闇を裂き、その隙間を駆け抜ける風になったような気分だった。

 スピードは出さないって言っていたけど。

 体感としては、六十キロくらい出ているように感じる。砂原が語っていたように岩盤を避けてかカーブが多い。車体がわずかでも傾く度、僕は息を止めた。ヘリコプターから宙づりにされているような恐怖が襲う。

 早く、着いてくれ!

 心の中でずっとそう叫んでいた。





「到着しましたよ」


 その言葉を待っていましたとばかりに、僕はバイクから転げるように降りた。ヘルメットを脱ぎ、大きく呼吸を繰り返す。冷たくなっていた手と足先が、地面の上だと認識したのか徐々に温かくなってきた。


「家守さん、もっとリラックスしてくださいよ。おかげでボクの肩ばきばき。手形が着いていたら家守さんのですからね」


 肩を回す砂原に僕は軽く頭を下げた。


「すみません。バイクに乗るのは初めてだったので」

「でも、自転車はある。そうでしょう?」


 たしかに小中学生の頃、一台しかなかった自転車を姉と取り合い、いつも負けていた僕は姉の機嫌がよければ後ろに乗らせてもらっていた。荷物置きがあるタイプの自転車ではなかったため、車輪の金具に立ち乗りするのだ。あれもなかなか怖かったが、自転車で十分かかるコンビニにどうしても行きたかったので我慢した。


「家守さん、心身共にバランス感覚はピカイチだけど、人の顔色ばかりを気にするのはよくない」


 そう言うと砂原は僕に指さした。今度は何を予言されるのか思わず身構える。


「名刺は?」


 ズボンのポケットを叩きながら「ここに」と答えると、彼は手のひらを見せた。問題ないということらしい。


「連絡、いつでも待ってますから」


 ヘルメットを被って見えないはずなのに、その顔がにこっと作り笑いを浮かべているのが見えた気がした。次の瞬間には、エンジン音と共に砂原は去っていく。

 家解氏って変わった人だらけなのか。

 そう思ったときだ。ポケットに入れていた携帯が鳴る。

 まさか、母さんじゃないだろうな。

 しかし、画面に表示されているのは知らない番号。いつもなら無視するところだが、砂原の占いが脳裏をよぎる。恐る恐る携帯を耳元に当てたときだ。


「家守さん、今どこにいるんですか」


 電話の向こうで聞こえたのは、笹本の声。ほっと胸をなで下ろす。自分でも居場所がはっきりとわからなかったので、目に見える建物の特徴を伝えれば「わかりました」と短く返ってきた。その声がどこか冷たい。


「時間が惜しいので端的に伝えます」


 その瞬間、胸がざわめく。聞きたくない、と体が否定する。しかし、笹本の声の方が早かった。




「結生さんの行方がわからなくなりました」


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