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3章 家族と僕 上

 久々に雨が降った。

 十一月に入り、寒さも日に日に増す中で降る雨のせいか、ネットカフェの利用客はいつもより少ない。

 手持ちの仕事もなくなり、時間ばかりを持て余す。金がなければ時間をつぶすこともできない。相変わらず財布は薄いまま。コンビニバイトを辞めてから、出費が増えたせいだ。特に宿泊面で。


 ――暇だ。

 マンガも読み飽きたし、眠くもない。ただ、この時間がもったいなく感じる。少し前まで隙間時間でできるバイトもしていたが、場所によっては一時間も経たないうちに、怪奇現象が起きるようになったため、気軽に手を出せなくなった。土木や交通関係の仕事ならば問題ないので、どうしても金が必要なときはやっている。しかし、元々体力がないため、進んでやろうとは思わない。無理した結果、体のメンテナンスに金がかかると学んだ。

 この奇妙な体質さえなければなあ。

 安心して帰れる場所がある、そんな普通のことがうらやましい。

 ふとスマホを見る。

 旅館での一件以来、結生からの連絡はない。すでに一ヶ月以上が経った。ただ、依頼がないのならそれでいい。だけどもし用なしと判断されていたならば。


 ――いや、それはない。

 ぬらりと沸き立つ不安を吹き消すように言い聞かす。

 家に好かれる体質があるならば、その逆もある。そして彼女は僕とは正反対、家に嫌われる人間だ。

 一般的に考えれば、嫌われるからといって何の問題もない。しかし、彼女は違う。

 狩屋結生は、家解氏。家の記憶を見ることができる特殊な一族である。家に嫌われることは、その血の価値を奪われるのと同義だ。

 ふと思い立って、パソコンの前に座るとキーボードを叩いた。

 狩屋結生。

 検索エンジンにヒットはなし。今度は狩屋だけ入れてみる。すると三年前の記事が出てきた。

 狩屋千景(当時二十七)の行方が、わからなくなっているという個人投稿だ。

 狩屋千景。きっと、笹本が言っていた人に違いない。結生と同姓であることから、おそらく血縁者だろう。年齢からみて年の離れた兄妹かもしれない。

 いつどこで行方不明になっているのか、詳細は何一つ書かれていない。ただ「たまに利用していたから困る。なにか情報があったら教えてくれ」という言葉で締められていた。

 僕は首を傾げる。

 利用していたってなんだろう。

 そんなことを思いながら、再びインターネットという大海原に飛び込む。しかし、「狩屋」という言葉で出てくるものは少ない。

 ふと「家の中の捜し物みつけます」という文言が目に入った。思わずクリックを押す。途端、画面中央に「狩屋相談所」と小さな文字が浮かんだ。ホームページなら、写真や文字を画面一杯に使い、視覚を離さない工夫をするはずだ。しかし、ここは違う。なんとなく、二十年くらい前を思い出す。

 広い画面に控えめに浮かぶ「お問い合わせはこちら」という文字が、点滅を繰り返す。

 これ、利用する人いる?

 しかし、世の中は広い。利用した人間が書いた記事が

ホームページよりも上位に表示されている。どうやら口コミを見て利用する人が多いらしい。ほとんどが「最初は怪しいと思ったけど」から始まり、「本当に見つけたい物がある人は利用した方がいい」という言葉で締められている。どれも三年前のものだ。

 もしかして、今もこのホームページから依頼が入っている?

 もし依頼を増やしたいなら、このホームページを変えないと――そう思ったとき、携帯が鳴った。

 びくっと肩を跳ね上げた僕は、振動するスマホを手に取る。画面に表示されている名は、母だった。面倒だなと思いつつ耳に当てる。


「なにかあった?」


 開口一番そう言えば「生きているようでなにより」と返された。喉まであがったため息を寸でのところで飲み込む。


「母さん、生存確認のためにわざわざ電話してこなくていいって」

「なんで? いいじゃない。母親なんだから」


 僕は目頭を押さえて天井を見上げた。


「カナト、相変わらずあっちこっちフラフラしているんでしょ? 何回言っても言うことを聞かないところは死んだお父さんにそっくり。それよりもちゃんと食べている? 最近物価高で――」


 相づちを打つ暇もなく、いつものお小言が始まる。お経のように延々と続くそれを適当に聞き流していると「聞いてるの!」とたまに勘づかれる。

 息子の身を案じてのことなので、仕方なくつき合ってはいるが、毎回言われることは決まっている。


「無理してそっちにいることないからね。今時実家暮らししている子も多いんだから」


 そして僕の返事も決まっている。


「そうだね。考えておくよ」


 母の心配はありがたいが、実家に戻っても僕の悩みが消えることはない。それに、実家があるのは地方にある田舎町だ。怪奇現象が起きる家なんて近所で噂されれば、いろいろと終わりである。

 そろそろ電話も切れる頃合いかなと思っていると「カナト、最近ミサキに会った?」と切り出された。ミサキとは五つ上の姉である。

 大学進学を機に上京し、就職、結婚、離婚まで経験している姉は、今神奈川で五歳になる娘と暮らしている。そこまでは知っているのだが、僕から姉を訪ねることはない。姉も所在のわからない弟に会いに来ることはないので、基本電話かメッセージのやりとりだけだ。

 そんな姉が、最近引っ越したのだという。


「今年の夏にね、貯金したいからって家賃の低いアパートに引っ越したんだけど、なんか最近調子が悪いみたいで。カナト近いでしょ? ちょっと様子を見てきてちょうだい」


 今度はため息を飲み込めなかった。

 簡単に言ってくれるなあ。

 もちろん、母の気持ちもわからなくはない。だけどあの姉だ。三十分くらいの滞在で済めばいいが、顔を合わせた瞬間、母と同じような小言をずっと聞かされるのは目に見えている。体調が悪いのならなおさら子供の世話を任せてくる可能性だって高い。

 そうするとどうなるか。

 ガンっと床を踏み抜くような音がして振り返った。誰もいない。


 ――姉さんのいるところで起こしたくないんだけどな。

 髪をがしがしと乱す。母のことだ、電話を切ればさっそく姉に僕が行くことを伝えるだろう。無視すればいいと思うが、それはそれで後々面倒なことになる。


「それじゃあよろしくね」


 僕の返事を聞かず、母は一方的に電話を切った。


   ◇


「おじさんって意外と家族想いなんだね」


 丸みのあるブラウンのニットスカートにブラックのロングカーディガンを着た結生は、冬毛に覆われた小動物のようだった。


「来ていただき、ありがとうございます」


 頭を下げる僕に「別に。依頼もなくて暇だったし、道具のメンテナンスも大事だから」と結生は言う。

 散々悩んだ末、僕は彼女に同行を願い出たのだ。

 姉に捕まるのは目に見えている以上、怪奇現象を押さえるしか方法はない。となれば、頼れる人は一人しかいなかった。

 断られることが前提で電話をしてみたところ、結生は特に機嫌を損ねることなく二つ返事で了承してくれたのだ。

 これに驚いたのは僕の方である。

 慌てて姉にアルバイト先の人と一緒に行くことを伝え、今に至る。

 駅で待ち合わせ、バスに乗って三十分。そこに姉の住むアパートはある。車内に人は少なく、杖をつく年配者やリュックサックを背負った白髪の老女など路線バスを足として使っている人が目立つ。暖房がよく効いているせいか、窓ガラスはうっすら曇っていた。

 一人、また一人降りていき終着地が迫ってきた頃、僕らはバスを降りた。

 冷たい空気が頬を刺す。

 結構、奥まった場所だな。

 駅からかなり離れているせいか、あまり人気はない。山も海も見えないが、庭付きの一軒家からはみ出る垣根や細木があり、不思議と自然が多い印象を受けた。中には無人らしい家もあり、閉まったままの雨戸や草だらけの庭を見て何となく、実家を思い出す。

 住民の息づかいを感じる場所である。

 姉の住む団地は、バスを降りて徒歩五分圏内にあった。

 三棟ある五階建ての団地だが、住人が少ないせいか、三階から上はベランダにネットが張られている。鳥が巣をつくらないよう対策をしているのだろう。

 蜂の巣のようにたくさんの部屋が並んでいるにもかかわらず、洗濯物が干してある家はまばらで住人が多くないことを物語っている。

 姉は三棟めの右端二階に住んでいた。道路側のため、家々が見下ろせる。きっと五階まであがればもっと見晴らしがいいはずだ。


「いらっしゃい」


 インターホンを押し出てきた姉は、歯を見せ出迎える。ぎょっとして数歩下がれば、その目がすっと細さを増した。


 ――あ、これ、あとで怒られるやつ。

 すっと背筋が冷える僕の前で姉と結生が挨拶を交わしていた。なんだか不思議な光景である。

 二人とも外面はいいからなあ。


「散らかっているけど、中に入って」 


 大きく開けられた玄関に誘われるように、僕らは中に入る。六畳二間のこじんまりとした部屋だ。大人三人いると手狭に感じるが、親子二人で暮らすには十分なのだろう。

 アニメキャラクターのぬいぐるみやおもちゃが目に入る。姪である美波とは、赤ん坊の頃に会ったきり顔を合わせていない。どんなふうに成長しているのだろうか。

 少し緊張しながら、勧められるがままに座布団の上に座る。幼い子供の気配はない。


「姉さん、美波は?」


 台所でお茶を用意していたミサキが振り返る。


「保育園のお友達のところ」


 会えなくて寂しいような、ほっとしたような複雑な気持ちである。


「母さんから聞いたけど、調子悪いんでしょ? いいよ、気を使わなくて」

「そういうわけにもいかないでしょ」


 まあ、そうだよなと僕も思う。僕だけならまだしも、結生が一緒なのだ。姉としては何もしないわけにもいかない。

 こたつの上にマグカップが置かれる。緑茶の匂いが漂った。


「あの、よろしければこれ」


 そう言ってミサキが席に座ったタイミングで、結生が鞄から箱を取り出した。リスのイラストが描かれた、有名銘菓だ。


「やだ、別に気を使わなくていいのに」


 受け取ったミサキは、早速箱を開け菓子を机の上に並べた。

 何もいらないって言ったんだけどな。

 僕は背中を丸める。

 結果的に、僕のわがままで二人に気を使わせてしまった。申し訳なさがある一方、後悔はしていない。怪奇現象を姉の前で起こしたくない。

 僕は姉を見る。


「調子悪いって聞いていた割には元気そうでよかったよ」


 マグカップを掴んですぐに離した。やけどするほど熱い。


「母さん、ちょっと大げさすぎるの。調子悪いって言っても、体調面じゃないから」

「え? じゃあ精神的にってこと」


 あり得ない、と続きそうになる言葉を飲み込む。向けられた眼光が、ナイフの切っ先よりも鋭い。

 結生がいなければ、間違いなく手が飛んできただろう。

 何も知らない結生が、菓子をかじりながら成り行きを見守っている。


「多分、勘違いだと思うんだけど」


 そう前置きをした姉は、少し身をじらす。そして、声を落として言った。




「誰かに見られている感じがするの」


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