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25話 腕のぬくもり

 結局、清吾の事件については何一つわからないままである。

 誘拐犯から電話があった以上、自分で失踪したとは考えられない。


 日守家の周辺で、一体誰が動いていたのだろう。

 私には、どうも日守家に近い人間が犯人だと思えてならなかった。片山さんが「軋轢を避けるため」と容疑者候補を教えてくれなかったことからも、それがわかる。


 我が家がそれなりに裕福な家とはいっても、有名人でもなんでもない。地元長野市の人間だって知らない人の方が圧倒的に多いし、ご近所さんだってちょっと大きな屋敷に住んでいる家族、くらいの認識でいるはずだ。


 そんな家の息子を誘拐する。

 家庭環境はいくらでも調べられるだろうが、そもそも()()()()()()ところの難易度がもっとも高いのだ。たまたま日守の財産を知ったという第三者の存在は考えにくい。


 近しい人間と考えた方が説明もつけやすい。


 身代金の金額、一千万がそれを示している。


 日守に払えないこともない、絶妙な金額設定だ。父と何かしらの接点がなければ、この額を提示するのは難しい。重罪を犯してまで狙った金だ。普通、もう少しふっかけてくるだろう。たまたまうまい金額を要求できた――とは思えない。


 高明が死んだあと、父は完全に狂ったわけではない。財産の管理はすべて彼が続けていた。母はそれらの事情にほとんど関わっていなかったようだ。すると、父の交友関係の中に犯人がいる可能性が高まる。


 父の友人は極端に少ない。

 そして、非常に狭い人間関係の中には、隣の助手席に座っている少女の両親が入っているのだ……。




「どこかでお昼を食べていこう。暇ならつきあってくれないかな」

「いいですけど」

「よかった」


 川中島を篠ノ井方面へ走っている。私は左側にあるファミレスに車を入れた。

 店内は比較的空いていた。席と席の間の仕切りが高いので、他人の視線が気にならないのがありがたい。


 窓際の席について、右手を流れる車を見ながらの昼食となった。

 私はカルボナーラのパスタを頼み、花乃は一番安いドリアを注文した。気をつかわれているのかもしれない。


「疲れた?」

「はい、こんな経験は初めてなので……」


 幽霊捜し、幽霊とのコンタクト。

 普通なら考えられないような体験だ。傍目から見たら、何をやってるんだあいつらは、と言われそうな行動ばかり取っていた。それでも我々当人達にとっては真剣な問題だったのだ。私には清吾と高明が見られないのが残念だが、忘れられない時間になった。


 運ばれてきた料理を食べ始める。

 花乃は猫舌なのか、ドリアをスプーンに乗せ、何度も吹いてから口に入れた。それでもまだ熱いらしく、はふはふと変な呼吸を繰り返している。


 おかしくて、私は笑ってしまった。呑み込んだ花乃がムッとした表情になる。


「笑わないでください」

「いや、だって面白かったから」

「苦手なんです、熱いのは昔から」

「じゃ、ラーメンとかも食べるのに時間がかかるだろう」

「いけませんか」

「別に、そうは言ってない。ただ、かわいいところもあるなって」


 ムッとした顔がムスッとさらに硬くなる。


「たらしは嫌われますよ」

「待った、そういうつもりじゃないんだって。なんだろうな、君は冷淡な感じがするから今の動きは新鮮に映ったんだ」


 花乃は返事をくれなかった。淡々と、しかし時間をかけてドリアを減らしていく。時間の経過とともにドリアも冷めていき、食べるスピードが上がった。


「ごちそうさまでした」


 彼女は食後にちゃんと手を合わせた。


「今日は体にかなり無理がかかったと思う。帰ったら少し眠った方がいいよ」

「……そうします」


 今度は素直に頷いてくれた。

 会計して外に出る。もっと話してもよかったが、長くつきあわせるのも悪い気がした。


 背後から花乃のローファーの音がついてくる。

 音が近づき、左腕に熱が触れた。

 私はハッとして花乃を見た。左腕に、両腕を絡めてきていた。


「どうしたんだ、急に」

「竜吾さんなら、いいかなって……」


 花乃は、絡めた腕に力を入れた。小さな顔が私の上着に触れる。その瞬間、花乃はさっと身体を離した。

 彼女の顔は赤くなっていた。


「ごめんなさい、つい……」

「いや、いいけどさ」


 由希さんに見られていたら大変なことになっていただろうが。


「い、今のは忘れてください」


 花乃はそっぽを向いて、そっけなく言った。


「わかった。なかったことにするよ」

「……お願いします」


 車に乗り込んだあと、会話は一切交わされなかった。

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