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21話 初めて名前で呼んでくれたね

 三十分ほどして、花乃が出てきた。その間に何度か車が通って、私は道をふさいでいることを謝らなければならなかった。


 花乃はロングスカートにTシャツとカーディガンを着ていた。淡いグレーのスカートと白いシャツがよく合っている。


 花乃は助手席に乗った。

 私は車を発進させ、日守亭を目指す。


「助けてくれてありがとうございました。今日は、本当に怖かったので……」


 花乃は下を見たまま言う。


「息ができなくなるって、あんなに怖いことだったんですね。水を顔にかけられるのと変わらないと思ってました……」


 窒息、の二文字が浮かぶ。

 私は高明のことを思い出した。

 高明は恐怖を感じたのだろうか。わからないまま逝ってしまったのだろうか。


「メッセージもらえてよかったよ。おかげで間に合った」

「あの人達、わざわざ家まで来ることなんて一度もなかったんです。でも大村さんのお母さんがゆうべ、すごく暴れたらしくて……」

「それで怒りの矛先が君に向いたと」

「今日は、さすがに怖くなっちゃって……」

「それは当然だよ。でも上天会は少人数の団体だったんだろう? そんな中にも学校の知り合いがいたりするんだね」

「わたしだって、高校に入った時はびっくりしたんです」


 とはいえ、近隣区域に住んでいれば学校が同じになる可能性は充分ある。


「正直、ぼくは大村さんの気持ちもわかるような気がするんだ」

「わたしも、和解金なんかで許せるような問題じゃないっていうのはわかってるつもりなんです。だから耐えてきました」

「和解金、払ったのか」

「ほとんどの人は残念がって離れていきましたけど、大村さんのように攻撃してくる人もいました。その人達全員に、お母さまがお金を支払ったんです。それでうちのお財布は空っぽ」

「お母さん、障害年金とかは受けられないのか?」

「いま審査してもらってるところです。通らなかったらアウトですけど、わたしが学校やめて働けばいい話なので」

「さらっと言っちゃ駄目だろ、そういうことはさ」

「もうどうでもいいんです。今日思いましたけど、いつか死ぬにしても苦しまない方法で死にたいです」


 ふう、と吐息をこぼして、花乃は足を伸ばしたり曲げたりした。横顔も含め、すべてがだるそうに見えた。


 ……これは重症だ。


 桃山家の話を続けるのはまずい。


「このあとの話をしよう。うちについたら、まず兄と弟の写真を見せる。家中を見て回って、そっくりな子供がいたらぼくに報告してくれ」

「その先はどうするんですか」

「状況によるな。できれば色々と試してみたいんだ。君が二人に触れるか、意思疎通できるかどうかとかね」

「本気で言ってるんですよね」

「もちろん本気だよ。ぼくは弟の事件の真相を知りたいんだ。そのためならどんな手だって使うさ」

「……なんか、変な人ですね。竜吾さんって」

「そうかな? っていうか今、初めて名前で呼んでくれたね」

「え?」


 花乃は私の顔を見た。これまでのようにムッとするかと思ったが、さっと視線を逸らすだけだった。


「と、ところで、お屋敷の置物ってなんなんですか?」


 しゃべり始めの声が裏返った。動揺しているらしい。

 いじってやるのも面白そうだが、ここは素直に話題に乗ろう。


「あれね、ぼくも帰ってきてびっくりしたんだ。親父が山で木を切って、それを彫って作った物らしい。彫刻の技術は花乃のお父さんから教わったんだって」

「そうなんですか? 確かにお父さまは彫刻もうまかったですけど、人に教えてたなんて聞いたことありません」

「言うほどのことじゃないと思ってたのかもね。親父は教わってから研鑽を続けてたみたいだ。じゃなきゃ、あんな細かい人形は作れないと思う」

「あれ、犬ですか?」

「いや、ニホンオオカミらしい。確かに、ちょっと犬っぽいよね」

「狼っていうと銀色の毛の大きな生き物っていうイメージなんですけど」

「普通はそっちを思い浮かべるよ。まあとにかく、狼人形は家中に置かれてるんだ。なんでそんなことをしたのかは不明。本人も片づけたら許さんって感じで」

「ちょっと、吸い込まれるような気がしました」


 私は花乃の横顔を見た。


「吸い込まれる、とは?」

「わたし個人の感覚なので、うまく表現できませんけど。なんて言うのかな……わたしの中の何かが引っ張られる、ような」


 ううん、と花乃は唸った。適切な言葉が見つからないもどかしさは、よく理解できる。


「じゃ、今日はそっちも調べてもらえる?」

「いいですけど、アテにならないかもしれません」

「かまわないよ。そもそも、幽霊を探す仕事自体、普通じゃないだろ?」

「……そういえば、そうですね」

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