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5 仮初めの仲間と、選別の始まり

週明けからの四日間は、まるで嵐の前の静けさ、といったところだった。座学ではダンジョンの構造や魔物の生態について叩き込まれ、基礎訓練では魔法制御や武器の扱いを反復し、体力錬成では嫌というほどグラウンドを走らされた。来るべき「本番」に向けたウォーミングアップのような日々はあっという間に過ぎ去り――そして、運命の金曜日、4月13日がやってきた。


国立横浜黎明学園、第一訓練グラウンド。東京ドーム数個分はあろうかという広大な敷地に、最新鋭の訓練設備がズラリと並んでいる。その中央に集められた新入生100名は、否が応でも高まる緊張感に顔を強張らせていた。最初の関門、『模擬戦闘訓練』。その結果が、これからの学園生活、いや、未来そのものを左右するのだ。


「よーし、ヒヨコども、全員集まったな!」


グラウンドに設置された仮設ステージから、前田利成教官の、メガホンを使ったかのように張りのある声が響き渡る。


「今日はお前らに、この世界の厳しさの、ほんの入り口ってもんを体験してもらう! まずは、『仮パーティー』の編成だ! いいか、今から15分やる! この時間内に、四人一組のチームを組め! 誰と組むかは自由だ!

だがな、覚えておけ。この世界じゃあ、ボーッと待ってても誰も助けちゃくれねぇ! 自分の力を示し、仲間を見つけ出すのも、英雄に必要な才能だ! さあ、始めろ!」


号令と共に、生徒たちは一斉に動き出した。まるで、餌に群がる魚のように。有力な生徒の周りには、あっという間に人だかりができる。神子柴光輝、神楽坂詩織、聖護院崇士といった、二次試験で目立っていた面々は、すぐに取り巻きに囲まれていた。誰もが、少しでも強い者、安定した力を持つ者と組もうと必死だ。


俺は、その喧騒から少し離れた場所で、キョロキョロと落ち着きなく周囲を見回している雫音を見つけ、迷わず声をかけた。


「おい、梶原」


「ひゃいっ!? あ、ほ、北条さん……!」


ビクッと肩を震わせる雫音に、俺は少し呆れながらも、真っ直ぐに彼女の目を見た。


「行くぞ。約束通り、俺と組むんだろ」


先日の喫茶店での会話。勢いで口にした言葉だったが、撤回するつもりはなかった。


「は、はいっ! よ、よろしくお願いしますっ!」


雫音は、俺の言葉に少し安堵したように、しかし緊張で顔をこわばらせながら、力強く頷いた。よし、これで二人は確保だ。問題は、あと二人。火力か、支援か、あるいは斥候役か。俺たちの弱点を補ってくれる奴が必要だ。


「……悪い。俺は前衛専門なんだ。あんた、後衛できるか?」


手近にいた、いかにも魔術師風のローブを着込み、高価そうな杖を持った男子生徒に声をかける。だが、彼は俺と雫音を頭のてっぺんからつま先まで値踏みするように一瞥すると、フンと鼻を鳴らした。


「……北条雷牙と、梶原雫音か。二次試験での君たちは見ている。魔力なしの脳筋前衛と、魔力制御不能の暴発後衛だろ? 悪いが、足を引っ張られるのはごめんだね。俺はもっと安定したパーティーを探しているんで」


そう吐き捨てると、彼はさっさと人混みの中へ消えていった。


「……ちっ」


悪態をつきながらも、俺たちはめげずに他の生徒に声をかけ続けた。


「斥候できる奴いないか? 素早い奴がいいんだが!」


「回復とか、補助魔法使える奴、もう一人欲しいんだが!」


だが、反応はどこも似たようなものだった。


「えー、あの二人とぉ? ちょっとリスク高すぎない? 二次試験の梶原さんの魔法、すごかったけど、味方に当たるかもしれないんでしょ? 無理無理!」


「前衛なら、せめて自己強化くらいできないと話にならないよ。北条くん、魔力ゼロって本当?」


「ごめん、もう他の人と組む約束しちゃってて……」


聞こえてくるのは、あからさまな拒絶や、遠回しな言い訳ばかり。冷たい言葉と、好奇の、あるいは侮蔑の視線が突き刺さる。俺はぐっと拳を握りしめた。分かってはいた。魔力がないことが、この世界でどれほどのハンデになるか。雫音の制御不能な魔力が、どれほどのリスクと見なされるか。


「ご、ごめんなさい……私のせいで……やっぱり、私みたいなのがいると、誰も……」


雫音は、俺の隣で泣きそうな顔で俯いている。その震える肩を見ていると、胸がざわついた。


「……お前のせいじゃねぇ。俺が、魔力ねぇからだ。それに、お前の力は本物だ。まだ、誰も気づいてねぇだけだ」


強がってはみたものの、焦りが募る。時間は、無情にも過ぎていく。このままじゃ、本当に二人だけで訓練に放り出されることになる。


その一方で、グラウンドの反対側は、まるで違う様相を呈していた。

神子柴光輝みこしばこうき聖月院美優せいげついんみゆ。入学初日から注目を集める二人の周りには、黒山の人だかりができていた。


「神子柴くん! 回復なら私に任せてください! 防御補助も得意です!」


「聖月院さん! 僕の魔法は火属性上級だ! 斥候もこなせる! きっと君の力になれる!」


次々と自分を売り込む生徒たちに、光輝は冷ややかに言い放つ。


「お前では力不足だ。基礎がなっていない」


「話にならん。下がれ。時間の無駄だ」


そのつっけんどんな態度に怯む生徒たちを、美優が優しくフォローする。


「ごめんなさいね。でも、きっとあなたに合う素敵なパーティーが見つかりますわ。諦めないで、頑張って」


その聖母のような微笑みに、手厳しく断られた生徒たちも、なぜか納得したように、あるいは少し頬を赤らめながら去っていく。


そんな中、高らかな声と共に人垣を割って現れたのは、神楽坂詩織かぐらざかしおりだった。


「オーホホホ! 神子柴さん、美優さん! お待たせいたしましたわ! このパーティーにふさわしい魔法アタッカーは、このわたくし以外にありえませんわよね? 炎も水も、自由自在に操って、敵を殲滅してさしあげますわ!」


自信満々に胸を張る詩織。その手には、豪奢な扇子が握られている。


続いて、岩のような体躯の少年、聖護院崇士もズンズンと進み出る。


「神子柴! 聖月院! 待たせたな! どんな攻撃も俺が受け止める! このパーティーの盾は、この俺、聖護院崇士しょうごいんたかしが引き受けた!」


光輝は、傲岸不遜な態度を崩さぬまま、二人を品定めするように見た。


「神楽坂詩織か。二次試験での魔力出力は確かにトップクラスだった。炎と水の二属性、その威力は認めてやろう。聖護院崇士、その頑丈さと防御スキルも悪くはない」


彼はフッと口角を上げた。


「よかろう。俺のパーティーに加わることを許可する。光栄に思え。ただし、俺の指示には絶対に従ってもらう」


「まあ! 当然ですわ! あなたの指揮なら、わたくしの魔法も最大限に輝きますもの!」


「おう! 任せとけ! 俺の盾は、お前たちのためにある!」


「光輝さん……。詩織さん、崇士さん、よろしくお願いいたしますわね。一緒に頑張りましょう」


美優がにっこりと微笑むと、早くも最強候補と目されるパーティーが、いとも簡単に結成された。アタッカー二人(光輝・詩織)、タンク(崇士)、ヒーラー(美優)。バランスも完璧だ。


その光景を、俺は遠くから見つめるしかなかった。強い者には、人が集まる。それが現実だ。じゃあ、俺たちはどうなるんだ? タイムリミットは、もう残りわずか。途方に暮れ、俺と雫音が顔を見合わせた、その時だった。


「やっほー! 北条くんに梶原さん! 見ーつけた!」


背後から、やけに陽気で、場違いなほど明るい声が聞こえてきた。振り返ると、ポニーテールを元気よく揺らしながら、冨永颯季とみながさつきが満面の笑顔で手を振っている。その隣には、腕を組み、どこか呆れたような、あるいは無関心な表情で多米燎兵ためりょうへいが立っていた。


「冨永……それに、多米か」


「どーも。二人とも、まだメンバー探し中? だったらさ、あたし達と組まない?」


颯季は、ニカッと笑って、とんでもないことを言い出した。


俺は思わず眉をひそめた。こいつらは、入学式の自己紹介でも目立っていた二人だ。颯季は快活そうで動きが良さそうだし、多米は二次試験の筆記も魔術もかなりの成績だったと聞く。なんで、わざわざ俺たちみたいな「訳アリ」に声をかける? 何か裏があるのか?


「……なんで俺たちに声をかける? 他にもっといい奴らがいるだろう。お前らなら、引く手あまたのはずだ」


俺が訝しげに尋ねると、雫音も隣でコクコクと頷いている。


颯季は、そんな俺たちの反応が面白いとでも言うように、腰に手を当ててケラケラと笑った。


「んー? だって、面白そうじゃん! 魔力ゼロだけど体力は化物級の前衛と、制御不能だけど魔力は規格外の後衛! それに、スピード自慢のあたしと、頭脳派で何でもできちゃう燎兵!

なんか、凸凹だけどすっごい化学反応が起きそうじゃない? 普通のパーティーなんて、つまんないよ!」


悪びれもせず、思ったことをそのまま口にする。……体力バカ、暴走後衛ってところか。言い得て妙だが、面と向かって言われると複雑だ。


「それにさ、今日はまだ『お試し』でしょ? 最初っから強い人と組むのもいいけど、こういう未知数な組み合わせの方が、絶対ワクワクするって! どんな戦いになるか、想像するだけで楽しくない? ね、燎兵もそう思うでしょ?」


颯季に話を振られた燎兵は、やれやれといった風に一度ため息をつき、眼鏡のブリッジを指で押し上げた。その目は、俺たちを分析するように細められている。


「……確率論で言えば、君たちと組むのは合理的選択とは言い難い。リスクファクターが高すぎる。特に梶原さんの魔力暴走は、味方への被害も考慮すると、致命的な欠陥と言える」


やはり、そう思うか。俺たちが諦めかけた、その時だった。


「だが」


と燎兵は続けた。


「冨永がどうしても、君たちと組んだ場合の戦闘データを収集したいと言うし、それに……君たちの『規格外』な要素が、既存の戦闘セオリーを覆す、予測不能な変数として機能する可能性も、ゼロではないと判断した。

僕の式神や呪術は、ある程度のリスクヘッジも可能だ。僕個人としては、そのデータを観察する価値はあると考えている」


やたらクールで、何を考えているのか読めない男だ。要するに、俺たちはこいつにとって、珍しい実験動物みたいなものらしい。まあ、理由はどうであれ、断られ続けていた俺たちにとって、これは渡りに船だった。颯季の「楽しそう」という直感と、燎兵の「データ収集」という打算。どちらにせよ、このまま二人でいるよりは遥かにマシだ。


「……分かった。よろしく頼む」


俺がそう言うと、颯季は「やったー!」と俺の手を握って飛び跳ねた。


「よーし、決まりだね!冨永颯季、 北条雷牙、梶原雫音、多米燎兵! なんかよく分かんないけど、面白そうなパーティーの誕生だ! 模擬戦闘、派手にやっちゃおうぜ!」


「は、はいっ! あ、あの、ご迷惑をおかけしないように、が、頑張りますっ! 魔力、ぜ、絶対に当てませんから!」


雫音も、不安そうな顔つきながら、少しだけホッとしたように、しかし新たな決意を滲ませて頭を下げた。


燎兵は、そんな俺たちを値踏みするように見ながら、データパッドを取り出して何かを記録し始め、小さく呟いた。


「……さて、どんなデータが取れるか、見ものだな。変数Xと変数Y……これは興味深い結果が期待できそうだ」


こうして、タイムリミットぎりぎりで、俺たちの仮パーティーは、なんとも奇妙な形で結成された。前衛の俺、後衛の雫音、遊撃手の颯季、そして司令塔兼サポーターの燎兵。凸凹どころじゃない、まるで寄せ集めの四人組。

だが、なぜか、俺の胸には不思議な高揚感が湧き上がっていた。こいつらとなら、何か面白いことができるかもしれない。あのエリート集団に、一泡吹かせることができるかもしれない。そんな予感が、確かにあった。


挿絵(By みてみん)


「時間だー! 全員、パーティーは組めたかー! 組めなかった奴は……まあ、残念だったな! そいつらは適当に混ぜて、即席チームとして参加してもらう! さあ、第一回模擬戦闘訓練、始めるぞー!」


前田先生の声が、グラウンドに響き渡った。俺たちの、本当の試練が、今、始まる。


ご一読いただきありがとうございます!

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