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2 試される力と魂の奔流

国立横浜黎明学園、一次試験。最初の関門は「魔力測定」だ。


だだっ広い、まるで体育館を数個繋げたようなドーム状のホールに、何千という受験生たちが集められている。その中央には、物々しい雰囲気を漂わせる銀色の台座が数列に渡って設置されており、それぞれの台座には青白い神秘的な光を放つ水晶玉が鎮座していた。


受験生は順番にその水晶玉に手をかざし、内に秘めた「魔力量」、それを形にする「魔法威力」、そして到達している「魔法ランク」が総合的に測定され、目の前の大型ディスプレイにデカデカと数値化されて表示される仕組みらしい。最新の科学技術と、100年ほど前に発見された魔術の融合。まさに、現代における冒険者育成機関ならではの光景だった。


「次、受験番号1357番、梶原雫音かじわらしずね!」


試験官の張り上げる声に、雫音の肩がビクッと小さく跳ねる。周囲の受験生たちの好奇と期待の視線が、細い彼女の背中に突き刺さる。大丈夫だろうか、と誰もが固唾を飲んで見守っていた。


おずおずと水晶玉の前に進み出た雫音は、深呼吸を一つして、そっと右手をかざした。


その瞬間――ゴォォォッ!と激しい魔力の奔流が感じられ、水晶玉が今まで誰も見たことのないような、深く、それでいて強烈なコバルトブルーの光を放った! まるで、小さな深海がホール内に出現したかのようだ。


『ピピピッ! 魔力測定値:総合 2832! (魔力量: 1510 / 魔法威力: 1322 / 到達ランク: 水・中級) 驚異的な数値です!』


機械的なアナウンス音声と共に表示された数値に、ホール全体が水を打ったように静まり返り、次の瞬間、爆発的などよめきに包まれた。


「に、二千八百だと!? おいおい、マジかよ……しかも中級ランク持ちかよ! 今年のトップは間違いなくあの子だろ!」


「なんだあの魔力量と威力……まだあんな子供なのに、まるで高位の魔術師クラスじゃないか……!」


「すげぇ……本当に人間かよ……」


雫音本人は、自分の叩き出した信じられない数値と、周囲のあまりの騒ぎようにキョトンとして、ただただ戸惑うばかりだ。彼女自身、自分の内に秘めた魔力の奔流が、これほどまでに強大であるとは自覚していなかったのだ。


そして、しばらくして俺、北条雷牙 (ほうじょうらいが)の番が来た。


「次、受験番号2048番、北条雷牙!」


特に緊張するでもなく、いつもの調子で無造作に水晶玉へ手をかざす。ピ、と軽い電子音が鳴り、ややあって数値が表示された。


『魔力測定値:総合 1005 (魔力量: 305 / 魔法威力: 700 / 到達ランク: 雷・初級)』


「……ちっ、ギリギリじゃねぇか、クソったれが」


思わず悪態が口をついて出る。まあ、予想通りの数値と言えばそれまでだが、やはりもう少し欲しかったというのが本音だ。周囲からは、


「なんだ、さっきの化け物みたいな子の後だと、大したことねぇな」


「魔力量300ちょいかよ。あれでよく一次受けようなんて思ったもんだ」


といったヒソヒソ声や、あからさまな嘲笑が聞こえてくる。だが、そんなものは知ったこっちゃない。俺の本当の強みは、こんな数値で測れるもんじゃねぇからな。俺は静かに胸を張り、次の体力測定へと向かった。


魔力測定の後は、場所を移して「体力測定」。こちらは、複数の広大な訓練フィールドに分かれており、様々な角度から受験生の総合的な身体能力を測られる。冒険者にとって、魔力と同じくらい、いや、時としてそれ以上に重要となるのが、過酷なダンジョンを踏破し、強力な魔物と渡り合うための強靭な肉体なのだ。


最初に挑んだのは「反応速度測定」。暗闇の空間で、四方八方から不規則に点滅する光のターゲットを、専用のセンサー付きグローブで制限時間内にどれだけ正確に叩けるか、というものだ。俺は昔から動体視力と反射神経には絶対の自信があった。次々と現れる予測不能な光を、まるで長年連れ添った相棒のように、身体が自然と反応し、的確に叩き潰していく。


「す、すげぇ……なんだあいつの反射神経……もはや人間業じゃねぇぞ……!」


「あれは……まるで未来予知でもしてるみたいだ……」


後ろの方で試験官や他の受験生たちがどよめく声が聞こえてくるが、俺は一切集中を切らさない。結果は、もちろんぶっちぎりのトップクラス。


次は「最大筋力測定」。巨大な金属製の測定器に全体重を乗せ、瞬間的にどれだけのパワーを叩き出せるかを計測する。道場で来る日も来る日も打ち込んできた正拳突きや、重い木刀での素振りで鍛え上げた全身のバネと筋力を、この一瞬に凝縮させる!


「うおおおおおッ!!」


雄叫びと共に、全身全霊の力を込める!

ガッシャァァァンッ!!と凄まじい金属音と衝撃波が周囲に響き渡り、測定器の針がメーターを振り切らんばかりに跳ね上がった。


『体力測定値(総合筋力):2988! 受験者中、現時点での最高値を大幅に更新!』


今度は明確な称賛と、信じられないものを見たかのような驚愕の声が、測定エリア全体に轟いた。遠くで自分の順番を待っていた雫音も、目を真ん丸にして、口をあんぐりと開けてこっちを見てやがる。どうだ、俺の本当の力はこっちなんだよ、と心の中でドヤ顔を決めてやった。


その他にも、魔力を帯びた重りで負荷がかけられた特殊なランニングコースを規定時間内に走破する「魔抗持久走」や、四方八方から高速で飛来する訓練用の弾丸を避け続ける「危機回避能力測定」など、冒険者の実戦を強く意識した過酷なテストが次々と続いた。

俺はどの種目でも他の追随を許さない圧倒的な数値を叩き出し、体力測定の総合評価では、当然のようにトップの成績を収めた。


一方の雫音は、どの種目も顔を真っ青にしながら、必死の形相で食らいついていた。特に持久走なんかは、見ているこっちがハラハラするくらいにフラフラで、今にも倒れそうだったが、それでも歯を食いしばって、最後まで決して諦めずにゴールテープを切る姿は、なんだか胸を打つものがあった。


結果、体力はギリギリ基準値越えといったところか。彼女なりに、持てる力の全てを出し尽くしたのだろう。その細腕のどこにそんな粘り強さがあるのか、少し意外だった。


長くて過酷だった一次試験が終わり、俺たち受験生は疲労困憊の体を引きずりながら解放された。結果発表は一週間後、学園の専用ウェブサイトで各自確認するようにとのこと。この一週間という時間が、また途方もなく長く感じられるんだよな……。俺は一次試験の感触を確かめるように、いつも以上に道場での鍛錬に打ち込み、過去の悪夢を振り払うかのように竹刀を振るった。


雫音はきっと、神社の掃除を手伝ったり、境内でこっそり魔法の練習をしたりしながら、不安と期待で落ち着かない日々を過ごすのだろうと、なんとなく想像がついた。


そして、運命の一週間が過ぎた。


俺は自室で、古びたノートパソコンの前に座っていた。時刻は、発表開始ちょうどの午前10時。黎明学園の合否発表サイトにアクセスし、深呼吸を一つ。マウスを持つ手が、ほんの少しだけ汗ばんでいるのに気づき、自嘲気味に鼻で笑う。クリックする指が、柄にもなく微かに震えやがった。


(……頼むぜ、母さん)


心の中で、今は亡き母に呟き、受験番号を入力してエンターキーを叩きつけた。アクセスが集中しているのか、画面が切り替わるまで、まるで永遠のように感じる妙な間があった。鼓動が、やけに大きく耳に響く。


――合格――


たった二文字。そのシンプルな文字列が、画面の中央に静かに、しかし力強く表示されていた。


挿絵(By みてみん)


「……っしゃあ!」


思わず、声と小さなガッツポーズが同時に出た。安堵と、ほんの少しの誇らしさが、じんわりと胸に広がっていく。これで、やっとスタートラインに立てたんだ。あの忌まわしい過去を乗り越え、未来を掴むための、最初の扉が開かれた。


同じ頃、梶原家でも、小さな歓喜の声が上がっていた。


雫音は、両親と一緒にリビングのタブレット端末を、まるで祈るように見つめていた。小さな神社の娘にとって、国立横浜黎明学園はあまりにも大きく、そして遠い存在。もしダメだったら……そんな不安が、彼女の胸を押し潰しそうだった。ここ数日、まともに食事も喉を通らなかったほどだ。


お父さんが、震える指で雫音の受験番号を入力する。祈るように固く目を閉じる雫音。カチッ、と軽いクリック音がして、画面が切り替わる。恐る恐る目を開けると……。


「……あ……あ……っ!」


画面に表示された「合格」の二文字。


最初は、信じられなかった。夢でも見ているんじゃないかとさえ思った。でも、隣で母親が


「きゃああっ! しずちゃん、やったわね!」


と歓声を上げ、父親が


「おおっ! やったな、雫音! さすが俺の娘だ!」


と力強く肩を抱いてくれたことで、それが紛れもない現実だと理解した。


「う……うわああああんっ! お父さぁぁん! お母さぁぁん! よかったよぉぉぉ!!」


挿絵(By みてみん)


次の瞬間、雫音の大きな瞳からは大粒の涙が滝のように溢れ出し、彼女は両親と三人で抱き合って、子供のようにただただ泣きじゃくった。それは、長期間に渡るプレッシャーから解放された安堵の涙であり、自分の努力が報われた喜びの涙であり、そして、どんな時も自分を信じ、支え続けてくれた両親への、心からの感謝の涙だった。


こうして、北条雷牙と梶原雫音は、それぞれの想いを胸に、冒険者への険しい道のりの第一歩となる、国立横浜黎明学園の一次試験という名の狭き門を、見事突破したのだった。しかし、これはまだ序章に過ぎない。本当の試練は、これから始まるのだ。二次試験、そしてその先に待つであろう波乱万丈の学園生活への期待と不安を、胸いっぱいに抱きしめて。


ご一読いただきありがとうございます!

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これからもよろしくお願いします(^O^)/

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