第167話 「20ページの本が、オレの人生を語り出す──Kindle出版、始動」
──Kindle出版って、簡単なんでしょ?
そう思ってた。甘かった。
健太郎は、ノートPCの前で3時間以上フリーズしていた。
「タイトル、どうする……?」「表紙って……画像どこで作るの?」
ネット記事を何本も読み、動画も見た。
“誰でも簡単!”って書いてあるくせに、やることは山のようにある。
アカウント登録
銀行口座登録(海外銀行用の選択肢がわかりにくい)
税務情報入力(英語表記と格闘)
本文ファイルの作成(Wordで文字化け地獄)
表紙画像の仕様(縦横比の謎)
そして“説明文の書き方”問題
「……簡単って言ったやつ、前出ろ」
愚痴りながらも、健太郎は少しずつ形を整えていった。
◆
執筆テーマは、自分がブログで書いてきた内容の再編集。
タイトルはこう決めた:
『会社を辞めた日の僕へ──生活防衛資金と自由への準備ノート』
目次は5章構成。
会社を辞める前に知っておきたかったこと
生活防衛資金って何?
固定費見直しのリアル体験談
失業保険、実際いくらもらえる?
不安な心とどう付き合うか
内容は、うまく言えば「ミニマルで読みやすい」。
正直に言えば「短いし素人感バレバレ」。
でも──今のオレだから書ける本だった。
◆
Canvaで表紙を作るときは、どこか緊張していた。
タイトルが目立つようにフォントを調整。
色は、節約と冷静さを表す“淡いブルー”。
背景には、ひとりの男が静かに前を向いて歩くシルエット。
「……ダサいかも。でも、これは今のオレの全力だ」
そう思えたからこそ、アップロードボタンを押せた。
Kindle本は、販売価格250円。
印税は70%、つまり1冊売れたら約175円。
大金ではない。
けれど、これは“ただの商品”じゃない。
オレ自身の証明書だ。
◆
その夜、画面には「審査中」の文字が表示されたままだった。
だが、健太郎はノートにこう記した。
『出版とは、自分の経験に値札をつける行為だ。
安いか高いかは、読んだ人が決める。
でも、“届ける勇気”だけは、オレが決められる。』
異世界で仲間と書き記した「リベシティの建国録」。
その続きが、いま現実世界で始まった。
──これは、小さな革命だ。
──販売開始から、3日が経った。
健太郎の初めてのKindle本、
『会社を辞めた日の僕へ──生活防衛資金と自由への準備ノート』。
公開ボタンを押したときの興奮は、もうどこか遠い。
「……売れてねぇな」
AmazonのKDP(電子書籍出版プラットフォーム)の画面には、
【販売部数:0冊】
【KENP(Kindle Unlimited読了ページ数):0】
【レビュー:なし】
文字通り、完全無風。
“まあ、最初はこんなもんだろ”と強がるつもりだった。
でも、正直な気持ちを言えば──ちょっと、いや、かなり凹んでた。
◆
Twitterで「Kindle出版しました!」と投稿した。
ブログでも記事にして告知した。
ココナラのプロフィールにもリンクを貼った。
それでも、数字は動かない。
「オレの話なんか、誰も興味ねーのか……?」
画面越しに浮かぶ0という数字が、
静かに健太郎の自信を削っていく。
異世界の魔物は、吠えもせず、襲いもせず、ただ無音で近づく──
そんな“心の敵”だった。
◆
その日の夜。
健太郎はインスタント味噌汁を啜りながら、自分に問う。
(オレは、なんでこの本を書いたんだっけ?)
答えは明確だった。
「1ヶ月前の自分」を助けたかったからだ。
“あの頃の自分”が読んだら、
たとえ一言でも、何かが救われる内容にしたつもりだった。
そして──
「誰かひとり」に届けば、それでよかったはずだ。
「オレが最初から“売れるかどうか”しか見てたら、
この本、そもそも書いてないんだよな……」
健太郎はそっとパソコンを閉じ、ノートを開いた。
そして、いつものように静かに言葉を綴る。
『数字は評価ではない。
評価は、時間と共に育つものだ。
オレは、オレ自身の“証明”として書いた。
だから、この本が売れなくても、意味はある。
誰かが読むその日まで──オレが、この本を信じ続ける』
◆
その夜、通知が1件届いた。
【Kindle Unlimitedで1ページ読まれました】
たった1ページ。
でも、確かに“誰か”がページをめくった証だった。
健太郎は、小さく息を吐いて、笑った。
「……ようこそ、オレの本へ。1ページでも、ありがとう」
売上はゼロ。レビューもゼロ。
でも、オレの言葉は、今、誰かの画面の中にある。
それだけで、今夜は少しあたたかかった。
──“いい本を書いた”だけじゃ、届かない。
健太郎は、Kindleの販売ページをじっと見つめていた。
数字は動かない。レビューもつかない。
KDP(電子書籍管理画面)に表示された売上は、相変わらずゼロのままだった。
「そりゃそうだよな……誰も“存在”を知らなきゃ、手に取れないわけだ」
本の中身に手応えはあった。
でも、今必要なのは、“中身”じゃない。
「届け方」だ。
◆
健太郎は、まず表紙を作り直した。
前作は落ち着いたブルー。誠実な印象はあったが、目立たなかった。
今回は、あえて「白×黒×赤」の構成。
「辞めたい人の背中を押すメッセージ」を強調したタイトルバナーを追加。
次に、タイトルを変更。
旧)会社を辞めた日の僕へ──生活防衛資金と自由への準備ノート
→
新)退職したら、まず読んでほしい!生活防衛資金・固定費・失業保険まるわかり本
検索に引っかかりやすいキーワードを入れ、
「不安な人が“クリックしやすい”導線」を意識した。
紹介文も、かつての自分に語りかけるような文章にリライト。
「伝えるって、“売る”ことじゃない。
“ちゃんと届くように整える”ことなんだな」
◆
仕上げはSNSとブログ。
Twitterにて、表紙画像付きで以下の投稿をした:
「退職した時、何をすればいいか全然わからなかった。
同じような人に、今の自分だからこそ書ける本を届けたいと思って、Kindle本を出しました。
内容は生活防衛資金・固定費・失業保険の話。
誰かひとりに届けば、それでいいです。」
数時間後、通知が鳴った。
【引用リツイート:「これ、まさに今の私……」】
【いいね:13】
【リプライ:「読んでみます!」】
その夜、KDPの画面を更新すると──
販売数:1冊
KENP:28ページ
レビュー:★4/「具体的で、焦っていた自分にとって参考になりました」
健太郎は、静かにスマホを置き、天井を見上げた。
「……届いたんだな」
1冊。
レビュー1件。
それだけなのに、胸が熱くなる。
◆
ノートに、今日の気づきをこう書いた。
『どれだけ思いを込めても、伝わらなければ意味がない。
届け方を工夫して、ようやく価値は“伝わるもの”になる。
発信力は、自分の中の価値を外に届ける翼だ。』
ようやく、自分の言葉が“商品”になった。
ようやく、誰かの中に残る形になった。
Kindle出版、ここまででようやく“スタート地点”。
あと1話で、この挑戦にひと区切りをつけよう。