第158話 オレだけ世界が“ズレている”気がした
翌朝、アラームの音よりも早く目が覚めた。
夢ではなかった──あの風、あの光、あの仲間たち。
異世界で過ごした時間が、まだ体の奥に残っている。
スーツに袖を通しながら、健太郎はふと思った。
(なんで、こんな窮屈な服を毎日着てたんだろう……)
いつもと同じ通勤電車。
吊革につかまっている人たちは、どこか無表情で、
ただ揺られているだけの存在に見えた。
まるで、誰かに命令されて動く兵士のように。
(オレも、あの中に混ざってたんだよな。昨日まで)
会社に着き、タイムカードを押し、PCの電源を入れる。
ザザッと立ち上がる起動音。
蛍光灯の白い光。
どこからか漂ってくるカップ麺の匂い。
(──薄っぺらい)
自分の席に座り、メールを開く。
上司からの「至急修正お願い」の赤文字が、
未読フォルダに並んでいる。
隣の席の同僚が、咳払いをして黙々とキーボードを叩いていた。
周囲の誰もが、疑問を抱くことなく“日常”を演じている。
(オレだけ、世界が“ズレて”る気がする……)
──違和感。
異世界での暮らしが、刺激的だったからじゃない。
あの世界では、“自分で決めること”が日常だった。
食べるもの、行き先、信じる仲間、守るもの。
全部、自分の意志で動いていた。
だけど、ここでは違う。
言われた通りに修正して、
納得いかない数字に「了解です」と返して、
心を殺して、顔だけ笑って──
(ああ、そうか。オレ、もうここには……戻れない)
昼休み、健太郎は社食にも行かず、
ビルの裏手の非常階段に腰を下ろして、
コンビニのおにぎりをかじっていた。
ポケットに入っていた小さな黒いノート。
あの世界で使っていた“記憶の遺産”。
パラ、とページをめくる。
「貯める力」
「稼ぐ力」
「増やす力」
「守る力」
「使う力」
まだ何も実行していない。
ただ、思い出すだけ。
けれど、それだけで、心の中に炎が灯る気がした。
(このまま、ここで人生を終えるのか?)
(あの世界を知ってしまったオレが──何も変えずに?)
──夕方。
上司からの急な呼び出し。
明日のプレゼン資料の内容が急に変わったという。
「徹夜で修正頼めるか?」
いつも通り、はいと言えばいいだけ。
空気を読めば、波風は立たない。
だが──
「すみません、今日で退職させてください」
静かに、けれど確かな声で、健太郎は言った。
上司が目を見開く。
「は……? 今、なんて?」
「辞めます。もう決めてました」
上司の顔が、呆れから怒りに変わる。
だが、それすらも健太郎には遠い世界の出来事のように感じられた。
──もう、ここは自分の生きる場所じゃない。
帰り道。
ビル群の向こうに沈む夕日が、
なぜか異世界の空に重なって見えた。
あの世界で得たものは、まだここでは“使ってすらいない”。
けれど、これからだ。
オレの人生を、もう一度──建国する。
続く
──「一歩目」は踏み出した。
だが、現実は甘くない。
仕事を辞めた健太郎が次に直面するのは、収入ゼロの日々。
異世界での“5つの力”が、今こそ現実世界で試される──!
お気に入り登録・リアクションお願いいたします。




