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本編

目覚ましのけたたましい電子音が、平凡な青年の耳を突き刺した。




「……うるせぇ」




 布団を頭までかぶり、手探りでスマホを探す。画面に映る時間は7時45分。


 青年は、慌てて布団を跳ねのけ制服のシャツを羽織った。洗面所に駆け込み、鏡の前で寝癖を手ぐしで直す。黒髪の男子高校生——佐藤のいつもの姿がそこにあった。




 朝食は適当に食パンをくわえて済ませ、玄関を飛び出す。家から学校までは自転車で20分ほどの距離だ。ペダルを踏みながら、何の変哲もない日常に思いを巡らせる。




(あー、マジでつまんねえ)




 平凡な高校生活だった。彼女はいないが、友達とつるんでゲームセンターに行ったり、ファミレスでダラダラしたり。成績は中の下で、特に将来の目標もない。




 けれど、それで特に困ることもなかった。




◇ ◇ ◇




 翌朝。


 佐藤の日常は、この日を境に大きく変わる。


 知らない景色、知らない匂い。


 次に目を覚ましたとき、佐藤は違和感に襲われた。




(……どこだ?)




 見慣れない天井が広がっている。




 薄いピンク色のカーテンが、朝日を柔らかく受け止めていた。部屋の壁は淡いクリーム色。整然と並べられた化粧品や、女物のアクセサリーが置かれたドレッサー。




 自分の部屋ではない。




 唐突に全身を駆け巡る悪寒。佐藤は飛び起き、ベッドから転げ落ちるように立ち上がった。




(な、なんだこれ……!?)




 その瞬間、視界の端に映った。




 鏡の中の女の姿が。




 可愛らしいパジャマを着た、見覚えのない女子高生。肩までの黒髪。大きな瞳。繊細な顔立ち。




 そして、その女が、佐藤と同じ動きをしていた。




「は……?」




 佐藤は思わず声を漏らした。




 しかし、その声すら、自分のものではなかった。




 軽く、澄んだ女子の声。




 慌てて頬をつねる。鏡の中の女も頬をつねる。




「……っ!?」




 これは、夢なのか?




 いや、現実だった。




 手を握れば、その指の感触が伝わる。




 鼓動は早鐘のように打ち鳴らされ、頭の中は混乱でいっぱいだった。




(落ち着け、落ち着け……何が起こってる?)




 冷静になろうと深呼吸するが、心臓は止めどなく高鳴る。




 その瞬間、スマホが震えた。




 スマホを探そうと、ベッドの横を見る。見慣れない機種。ロックを解除しよう試しに触れると、なぜか指紋認証が成功する




 着信——発信者は不明、しかし、見覚えのある電話番号が表示されていた。




(俺の電話番号……?)




 混乱しながらも、佐藤はおそるおそる通話ボタンを押した。




「もしもし……?」




『あ、つながった。あの、もしかしてあなた……佐藤くん?』




 通話の向こうから聞こえたのは、まさに今、佐藤自身の声だった。




「え?」




『私、藤田美咲。今、あなたの体で話している。』




 佐藤は言葉を失った。




入れ替わりの確認


「え、ちょっと待ってくれ!」




 佐藤はスマホを強く握りしめる。




『私も混乱してる。でも、状況を整理しないと……あなた、今どこ?』




「どこって……お前の部屋か?」




 辺りを見回しながら答えると、美咲がため息をついた。




『やっぱり……』




「お前は今どこにいるんだ?」




『佐藤くんの部屋…だと思う』




「マジかよ……」




 佐藤は再び鏡を見た。そこには、どう見ても自分ではない美咲の姿がある。




 ——どういうことだ?




『おそらく、私たち、体が入れ替わったんだと思う。』




「そんなバカな……!」




『でも、こうして電話で話せてるし、現実でしょ?』




 たしかに、夢とは思えないほどリアルだった。




 息苦しさを覚え、佐藤は乱れた髪をかき上げる——が、それすらも繊細な指の感触だった。




「じゃあ、どうすればいいんだよ……?」




『……』




 通話の向こうで、美咲が何かを考えている気配がした。




『とりあえず、今日はこのまま学校に行ってみない?』




「は?」




『急に騒いでも、周りに信じてもらえないでしょ? それに、もしかしたら時間が経てば元に戻るかもしれないし。』




 佐藤は呆れたように息をついた。




「マジかよ……女子の体で過ごすの、絶対無理だろ。」




『私だって、男の体で過ごすの、簡単じゃないんだけど?』




「……だよな。」




『とにかく、互いの生活に適応しないと。トイレの使い方とか、気をつけてね。あ、私の体で何か変なことしたら只じゃおかないから。』




「……あ、ああ……」




 現実味が増すにつれ、佐藤の顔が青ざめていく。




 だが、もう逃げられない。




『とにかく、今日一日乗り切ってみよう。何か分かったら、また連絡するね』




 そう言い残し、美咲は電話を切った。




 耳元で途切れた電子音に、佐藤はしばらく呆然とする。




(……マジでどうすりゃいいんだよ)




 再び鏡を見る。映っているのは美咲の顔。


 夢じゃない。体が完全に入れ替わってしまっている。




 まず、学校に行くしかない。




 佐藤はスマホの地図アプリを開いた。検索窓に**「私立○○女子高等学校」**と入力すると、現在地から学校までのルートが表示された。




(……遠っ)




 電車を乗り継いで約1時間。初めて行く場所だ。




 制服に着替え、時間ギリギリで家を飛び出す。足元は慣れないローファーで歩きにくい。スカートの裾がひらひらと揺れる感覚に、違和感しかなかった。




◇ ◇ ◇




 なんとか電車を乗り継ぎ、佐藤は藤田が通う女子校に到着した。




 校門をくぐると、周りは当然ながら女子ばかり。




(当たり前だよな……つか、俺。もしかして、浮いてねぇか?)




 佐藤は周囲の目線が気になったが、誰も特に変な反応はしない。むしろ、同級生らしき女子たちは「おはよう!」と笑顔で話しかけてくる。




(やべぇ、どう返せばいいんだ……)




 適当に「う、うん。おはよう」と返すと、不自然にならなかったのか、そのまま教室へ向かうことができた。




 自分の席を見つけると、何気なく腰を下ろす。周囲に視線を向けると、見渡す限り女子ばかりだった。




(なんか、すげぇ世界に迷い込んだ気分だ……)




 授業が始まる。教師が教科書を読みながら説明している。




 佐藤は勉強が得意ではなく、もともとやる気もなかった。




(……暇だな)




 周りの女子たちは、しっかりノートをとっている。




 しかし、佐藤は外の景色をぼんやり眺めているうちに、だんだんと眠気に襲われた。




(ちょっとだけ……寝てもバレねぇだろ)




 机に突っ伏し、目を閉じる。


 そして、少しした後。ふと、佐藤は目を覚ます。




 目の前には黒板と、見覚えのあるハゲ頭の数学教師がおり、自分の手がチョークを握っていた。




(……は?)




 佐藤は驚いて手を止める。




 どうやら、数学の授業中で、黒板に数式を書いている途中に元の体に戻ったらしい。


 教師が眉をひそめて佐藤を見る。




「……どうした、佐藤。続きは?」




(やべぇ……何これ、まったく分かんねぇ)




「あ、あの……分かりません」




 そう言って、何事もなかったように席に戻る。周囲からはクスクスと笑い声が聞こえたが、教師はため息をついて「何だ?自分から手を挙げたくせに。じゃあ次、分かる人?」と授業を続けた。




 佐藤は自分の手をじっと見た。




 手のひらは、自分のものだ。




(戻ってる……)




 信じられないが、たしかに元の体に戻っていた。




 混乱しつつも、授業は続く。




(……なんだったんだ?)




 まるで悪い夢でも見ていたかのような気分だった。




 しかし、その日はもう何も起こらず、佐藤は平凡な一日を過ごした。




◇ ◇ ◇




 それからというのも、藤田との入れ替わりが発生することなく、


 佐藤は自室のベッドに寝転び、ゲーム機を手に取っていた。




 画面の中ではキャラクターが戦闘を繰り広げている。




「よし……ここで必殺技だ!」




 指を動かしながら夢中でプレイしていた、その瞬間——




 意識が突然、途切れた。




 次に目を覚ますと、そこは——




(……ん?)




 湿気を含んだ温かい空気。




 視界には、白い壁と鏡が映っている。そして、体を温かい湯が包んでいた。




 浴室だった。




(え?)




 佐藤は目を見開いた。




 そして、自分の腕を見下ろし、慌てて立ち上がる。




「っ!!」




 そこには、またしても美咲の姿が映っていた。佐藤の鼻から鮮血が出る。




 佐藤は、慌てて目を隠し脱衣所へと出ると、適当にバスタオルを巻く。




 そして、脱衣所の鏡を見て、佐藤の顔が一気に赤くに染まる。




(な、なんでこんなタイミングで入れ替わるんだよ!!)




 心臓が早鐘のように打ち鳴らされる。




 とにかく、早くこの状況を脱出しなければならない。




 佐藤はタオルをしっかり掴みながら、バタバタと浴室の扉を開け、美咲の部屋へ向かった。






◇ ◇ ◇




 慌てて部屋に戻り、スマホを探す。


 手に取ると、すでに美咲からの着信が何件も入っていた。


 震える指で通話ボタンを押す。




『ちょっと、佐藤君。何やってんの!?』




「違う、違うんだ!! 俺は、何もしてない! いきなり意識が飛んで、目が覚めたら……その……浴室で……」




『……それは、分かってるわよ!』




 美咲の怒気を含んだ声が響く。




『よりによってお風呂って、もう最悪!』




「いや、マジで、何もしてないから! 俺、すぐに部屋に戻ったし!」




 佐藤は必死に弁解する。




 美咲はしばらく黙っていたが、やがて小さくため息をついた。




『……もういいよ。佐藤くんが嘘をついてるようには思えないし』




「……ごめん、本当に」




『はぁ……まあ、仕方ないよね。入れ替わりのタイミングは選べないし。こうなったら、私も佐藤君の裸を見てチャラってことで許してあげる』




「っちょ、え?」




 美咲は少し怒っていたが、最終的には佐藤を信じてくれたようだった。




アイドルの仕事とデートの約束


『……それより、ちょっと話したいことがあるの』




「なに?」




 美咲は一瞬ためらったあと、少し恥ずかしそうに言った。




『私、今週末、アイドルのイベントがあるの』




「え?」




『それが終わったら、少し会わない?』




「……アイドル?」




 佐藤は驚き、スマホを握りしめた。




 たしかに美咲は容姿端麗で、普通の女子高生とは違う雰囲気を持っていた。




 でもまさか、本当にアイドルをしているとは思わなかった。




「通りで……なんか、すげぇ美人だと思ったんだよな」




『な、何よそれ!』




「いや、なんか納得したっていうか……」




 美咲が少し照れている気配がする。




 そして、ふいに美咲が言った。




『あ、あとね。また、もとの体に戻ったら、ダンスのDVD送るから練習しといてね?』




「は?」




『イベントがあるって言ったでしょ? もしかしたらまた入れ替わるかもしれないし、そしたら……佐藤くんが踊ることになるかもだから』




「マジかよ……」




『じゃ、よろしく!』




 美咲がそう言った瞬間、ふっと意識が遠のく感覚が襲った。




◇ ◇ ◇




 そして、ついにイベントの日がやってくる。


 佐藤の目の前には——




 耳をつんざくような歓声が響いていた。




 視界の先には、まばゆい照明と、大勢の観客。




(くそっ……)




 ステージの中央。




 佐藤(姿は藤田美咲)は、まさにイベントの真っ最中にいた。




 着ているのは、美咲の衣装。




 そして、周囲には他のメンバーらしき少女たちが、楽しそうに踊っている。




(……なんで、こうなるんだ!?)




 頭が真っ白になった。




(ヤバい……俺。練習したとはいえ、ダンスとか全然できねぇぞ!!)




 そのとき、ステージの最前列。




 観客席の中央で、佐藤の体を持った美咲が、にやにやと笑いながらこちらを見つめていた。




(くっそぉぉおおお!!!)




 佐藤は絶望しながら、照明のまぶしさに目を細めた——。




◇ ◇ ◇




 イベントが終わった頃、空はすっかり夕焼けに染まっていた。




 佐藤は、自分の体に戻っていることを確認すると、ようやく深いため息をついた。




(マジで最悪だった……)




 慣れないステージ上で、頭が真っ白になりながらも何とか動いたが、もう二度と経験したくない。




 だが、意外にもファンの反応は悪くなかったらしい。




(みんな、普通に盛り上がってたし……アイドルってすげぇな)




 そんなことを考えながら、美咲と一緒に川沿いの遊歩道を歩いていた。




 オレンジ色の陽光が、ゆっくりと川面に揺れている。




「ねぇ、佐藤くん」




 隣を歩く美咲が、ふいに口を開いた。




 彼女は今日の出来事を思い出すように、くすくすと笑っている。




「さっきのステージ、意外と頑張ってたじゃん?」




「……やめろよ、思い出したくねぇ」




 佐藤は顔をしかめる。




 しかし、美咲はさらに意地悪そうな笑みを浮かべた。




「でもね……すっごくカッコよかったよ」




「っ……!」




 佐藤の頬が一瞬で熱くなる。




 思わず言葉を失い、顔を逸らした。




 美咲はそんな佐藤の反応を見て、楽しそうに笑う。




 しばらく沈黙が続いた。




 穏やかな風が吹き、川面にさざ波が広がる。




 そして、美咲は立ち止まり、ふわりと髪をなびかせながら、佐藤をじっと見つめた。




「ねえ、私たち、付き合おっか」




 真剣な眼差し。




 佐藤の心臓が、大きく跳ねた。




 何度も入れ替わって、お互いの生活を知って、言葉を交わして——気がつけば、美咲の存在が佐藤の中で大きくなっていた。




 佐藤は、照れ隠しのようにぼりぼりと頭をかきながら、それでもはっきりと答えた。




「……おう」




 美咲は嬉しそうに微笑んだ。




 こうして、二人は恋仲になったのだった。




◇ ◇ ◇




 翌朝、佐藤はいつも通り学校へ向かった。




 しかし、先週までとは違う感覚があった。




 気持ちが軽くて、朝から妙にテンションが高かった。




 教室に入ると、いつもの友人たちがダラダラと机に突っ伏している。




 佐藤は適当に自分の席に座ると、ふいに口を開いた。




「そういや、俺、彼女できたわ」




 その瞬間——




「は?」「マジで?」




 周囲の反応が一気にざわついた。




 佐藤の周りに、友人たちが集まってくる。




「え、すげぇじゃん!」




「お前もついにか~」




「で? 誰? まさかクラスの子?」




「いや、違う。○○女子校の藤田って子」




 佐藤が答えると、友人たちは一斉に「おおっ」と声を上げた。




「女子校!? それまたすげぇな」




「どこで知り合ったんだよ?」




「まあ、いろいろあって……」




 入れ替わりのことを説明するわけにもいかず、佐藤は曖昧に笑った。




「写真とかないの?」




「あるよ」




 佐藤はスマホを取り出し、美咲の写真を開いた。




 友人たちは画面を覗き込み、一気に盛り上がる。




「うおっ、めっちゃ可愛いじゃん!」




「マジかよ、お前……すげぇな」




「お前、いつの間にそんなハイスペックになったんだよ」




「いや、俺がすげぇわけじゃなくて……」




「いやいや、これ普通に羨ましいわ」




 友人たちは口々に騒ぎ、茶化してくる。




 佐藤は苦笑しながらも、どこか誇らしい気持ちになった。




 それからの1週間は、これまでにないほど新鮮だった。




 美咲とは毎日メッセージアプリでやり取りし、通話もするようになった。




 学校では友人たちから「リア充になったな」とからかわれ、放課後は美咲とのメッセージのやり取りが楽しくて仕方なかった。




(彼女がいるって、こんなに世界が変わるもんなのか……)




 食べるご飯も、歩く通学路も、全部が少し違って見える。




 なんというか——毎日が楽しい。




 しかし、ふと気づいたことがあった。




(そういえば……あれから1回も入れ替わってないな)




 佐藤は、一人呟いた。




 あれだけ頻繁に起こっていた入れ替わりが、なぜかピタリと止まっている。




 まるで、もう必要なくなったかのように——


◇ ◇ ◇


 放課後、自宅のベッドに寝転んでいた佐藤は、スマホの画面をぼんやりと眺めていた。




 そのとき、メッセージアプリの通知音が鳴る。




 画面を見ると、送信者は美咲。




美咲:今週暇だから、会える?




 佐藤は少し考えた後、短く返信する。




佐藤:うん。いいよ。




 それだけで、美咲との約束は決まった。




◇ ◇ ◇




 翌日(金曜日)の昼休み。




 突然、廊下がざわつき始めた。




 騒がしい雰囲気の中、佐藤の友人の田中が、慌てた様子で教室にいる佐藤のもとへ駆け寄ってきた。




「おい、屋上で誰かが飛び降りようとしてるらしいぞ!」




 田中の声に、周囲の生徒も反応する。




「マジかよ?」「え、ヤバくね?」




 一方で、もう一人の友人、中村は興味深そうに口元を歪めた。




「なにそれ? 面白いじゃん。見に行こうぜ!」




 まるで他人事のような口調だった。




 佐藤は適当に「あ、ああ……」とだけ返し、二人と一緒に屋上へ向かった。


 


 屋上に着くと、すでに佐藤たちと同じで野次馬で集まった生徒がいた。




 鈴木はフェンスの向こう側に立ち、下をじっと見つめている。




 そばには教師が数名おり、必死に説得しているようだった。




 野次馬の生徒たちはひそひそと囁き合っている。




 佐藤の友人の田中が、鈴木を指さして言った。




「あいつ、確か俺らと同じクラスの鈴木太志すずきたいしだよな?」




 中村も腕を組みながら答える。




「たしかそうだな。……あれ、なんか手にノート持ってね?」




 田中が目を凝らす。




「ああ、あれ交換ノートらしいぞ。」




 すると、中村が鼻で笑った。




「は? 今時交換ノート? だっせー。もしかして、それで失恋でもしたんじゃね?」




 その言葉に、周囲の生徒たちもくすくすと笑い出す。




 佐藤は何となく(交換ノート……?)とつぶやいた。




 何か引っかかるような単語だが、特に気に留めることはなかった。




 そのとき、屋上の空気が変わった。




 教師が鈴木に何かを語りかけると、鈴木はしばらくフェンスの向こう側で静止していた。




 そして、ゆっくりとフェンスを掴み、こちら側へと戻ってきた。




 スズキは、結局飛び降りはしなかった。




 すると、一気に場の空気が冷めていった。




「なんだ、やめたのかよ」




「しらけたな……」




 野次馬の生徒たちは、次々に教室へと戻っていく。




 佐藤も、その流れに乗り、特に何も思うことなく屋上を後にした——。




◇ ◇ ◇




 昼休みの騒ぎの後、午後の授業が始まった。




 教師が教壇に立ち、軽く咳払いをする。




「えー、鈴木くんは体調不良のため、早退しました。 昼休みの件については、くれぐれも大事にしないように」




 そう言った後、教師は黒板にチョークを走らせ、淡々と授業を始めた。




 佐藤は何気なく斜め前の席に目を向けた。




 そこは、ぽっかりと空席になっていた。




(……鈴木太志か)




 その名前に、なんとなく聞き覚えがある気がした。




(あー、そうか。俺が中学の時に"いじめてたやつ"の名前と似てるんだ)




 ぼんやりと記憶をたどる。




(そういえば、あいつの名前……鈴木太志ふとし……だったっけか?)




 太ってて、オタクっぽくて、陰キャで。




 何かと標的にされやすいタイプだった。




(……世の中、振られたくらいで自殺しようとか思うやつもいるんだな)




 佐藤はそんなことを考える。




 しかし、すぐに気持ちを切り替えた。




(ま、俺には美咲がいるし、関係ねぇな)




 それよりも——




(明日のデート楽しみだな)




◇ ◇ ◇




 その日の夜、佐藤はベッドに寝転びながら、スマホをいじっていた。




 ちょうどそのとき、LINEの通知音が鳴る。




 美咲:明日どこ行く?




 佐藤は少し考え、返信する。




 佐藤:映画とかどう?




 すぐに美咲からの返信が来た。




 美咲:いいね。じゃあ、駅前集合で。




 佐藤:うん。分かった。




 それだけのやりとりだったが、佐藤はスマホを握りしめたまま、にやけてしまう。




(これが青春ってやつか……最高だな)




 幸せな気持ちで、佐藤は呟いた。




 しかし、その瞬間——




 意識が、ふっと落ちた。




◇ ◇ ◇




 この感覚…。




 佐藤は、すぐさま意識を取り戻した。




 だが——すぐに違和感に襲われる。




(美咲と……入れ替わったのか?)




 しかし、いつものそれとは何かが違う。




 全身を包む感覚が、美咲のときとはまるで異なっていた。




(いや、美咲……じゃない?)




 不吉な予感が胸を締めつける。




 佐藤はゆっくりと目を開けた。




 そして、目の前にある姿見を見て、凍りついた。




 そこに映っていたのは——




 ロープで首を吊ったクラスメイトの鈴木太志だった。




(は……?)




 理解が追いつかない。




(なんで、俺が……鈴木なんかと!?)




 全身に冷や汗が噴き出す。そして、急激に息苦しさに襲われる。




 慌てて動こうとするが、両手が縛られている。




「っ……!」




 息苦しさの中、佐藤は必死にもがく。




 しかし、強く縛られたロープはびくともしない。




 身動きが出来ず、まるで拘束された人形のようだった。




 佐藤は、薄れゆく意識のなか、視界の端に、一枚の用紙が貼られているのが見えた。




 何かが書かれている。




 佐藤はわずかに視線を動かし、文字を確認した。




「ぼくは、中学生のとき太っていて、デブなキモいオタクでした。」




(……は?)




 意味がわからなかった。




 しかし、この文面が何を指しているのかを理解したとき、佐藤の背筋に悪寒が走った。




(まさか……鈴木ふとし……!?)




 そこで、佐藤の意識は途切れた。




◇ ◇ ◇




 場所は駅前。




 穏やかな太陽の光が降り注ぐ。




 人々が行き交う中、笑みを浮かべる佐藤が、駅前の広場で立ち止まった。




 数秒後——




「お待たせ!」




 軽やかな声とともに、藤田美咲が駆け寄ってきた。




 明るい笑顔。




 佐藤は、その光景を見て微笑んだ。




「行こっか」




 そう言って、美咲と並びながら歩き出す。




 二人の姿は、どこから見ても普通の恋人同士だった。




―END―



≪プロット≫

1:プロローグ(佐藤の平凡な日常)




佐藤はどこにでもいる普通の高校生だった。


彼女はいないが、友達とつるみ、特に不自由のない日々を送っている。成績は中の下。部活には入っておらず、放課後はファミレスやゲームセンターで時間を潰すことが多い。




そんな日常が、ある朝、一変した。




目を覚ますと、見慣れない天井が広がっていた。


ぼんやりとした意識の中で、何かが変だと感じる。ゆっくりと起き上がり、周囲を見回す。見慣れない部屋。見慣れない家具。




そして、目の前の鏡に映るのは——知らない女子(藤田美咲)の顔だった。




2:入れ替わりの楽しさ(美咲との交流)




「え、なにこれ?」




鏡に映る自分の顔を確認するために、慌てて頬をつねる。


映る顔が動く。自分のものではない。




着信が入る。


パニックになりながら、スマホを探す。


見慣れない機種。ロックを解除しようとするが、指紋認証で開いた。




スマホ越しで、声が聞こえる。


「あなた、どこの誰?」




入れ替った少女の美咲も混乱しているようだった。


お互いの情報を交換し、状況を整理する。どうやら、佐藤と美咲は体が入れ替わってしまったらしい。




「これって、君の〇は?」




最初は戸惑ったが、美咲は冷静で、「しばらく様子を見よう。とりあえず変なことはしないで」と提案してきた。


その日、佐藤は “美咲として” 生活することになった。




当然、女子の体は勝手が違い、トイレの使い方や制服の違和感に戸惑う。


しかし、徐々に慣れてくると、これはこれで悪くないと感じるようになった。


美咲とも頻繁にやり取りし、お互いの生活に順応していく。






3:恋愛パート(付き合うことに)




美咲と過ごす時間が楽しく、入れ替わることで彼女のことを深く知ることができた。




ある日、美咲から「直接会わない?」と連絡が入る。


入れ替わりのルールは不明だが、今のところ特定のタイミングでランダムに起きているらしい。




直接会った美咲は、画面越しよりもずっと可愛かった。


話も弾み、二人は自然と惹かれ合っていく。




遊歩道での帰り際、美咲は微笑んで言った。


「私たち、付き合おうか」




佐藤は驚きつつも、即座に了承した。


翌日の、学校で友達に彼女ができたこと(報告する。




——しかし、その日から、入れ替わりが起こらなくなった。






4:不穏な気配(鈴木の存在)




「まあ、もう付き合えたんだし、いいか」




佐藤はそう思い、入れ替わりについて深く考えなかった。




だが、その日の放課後、学校の屋上で、クラスメイトの鈴木大志たいしが飛び降りようとしているのを見かける。


手にはノートが握られていた。




クラスメイトたちは面白がって見物している。




「アイツ、ノート持ってたぞ」


「今どき交換ノートとかww」


「キモくね? 失恋でもしたんじゃね?」




佐藤もなんとなく視線を向けるが、すぐに興味を失う。


彼女とのデートの方が大事だった。




結局、鈴木は飛び降りなかった。


屋上のフェンスを掴み、しばらく動かずにいたが、何かを考えた後、静かに去っていった。






5:強制的な入れ替わり




その夜、佐藤は美咲とLINEでやり取りをしながら眠りについた。




「明日楽しみ!」




そうメッセージを送った直後——


突然、体が宙に浮くような感覚に襲われる。




——また入れ替わりか?




意識が急速に遠のいていく。


真っ暗な世界へと引きずり込まれるように、佐藤の視界は完全に闇に沈んだ。






6:佐藤の絶望(拘束されたまま目覚める)




目が覚めた。


だが、すぐに違和感に気づく。




体が動かない。




目の前には姿見が置かれていた。




その鏡に映るのは——




ロープで首を吊ったクラスメイトの鈴木太志だった。




「……は?」




佐藤は息を呑む。




「ふざけんな!!! なんだこれ!!!」




声も、表情も、すべてが鈴木のものだった。


暴れても縄が首に食い込むだけで、まったく動けない。






7:鈴木の勝利(佐藤の人生を奪う)






翌日、鈴木(佐藤の体のまま)は、美咲の待ち合わせ場所へ向かう。


美咲が駆け寄ってくる。




「お待たせ、佐藤くん!」




佐藤は、静かに手を差し出した。




——完。






〈設定〉


● 交換ノート


鈴木太志が持つ、謎のノート。


「〇〇と〇〇が入れ替わる」とノートに書くと、書いた瞬間に入れ替わる。




「〇〇と〇〇を、○時〇分〇秒に入れ替わる」と書けば、指定した時間に入れ替わることも可能。




ただし、入れ替わった片方が死亡すると、どんな方法でも戻ることはできない。






〈登場人物〉


佐藤さとう


主人公。普通の高校生。


成績は中の下で、部活には入っていない。


過去に鈴木(下の名前を知らず、ふとしと呼んでいた)をいじめていたが、完全に忘れている。


美咲と入れ替わったことを機に彼女と親しくなり、付き合うようになる。


最終的に鈴木に体を奪われ、意識を失い終わる。


交換ノートの存在には最後まで気づかない。




鈴木すずき


交換ノートを所持する佐藤のクラスメイト。本名は鈴木太志たいし


中学時代、容姿が原因で佐藤にいじめられていた。


不登校になり痩せた為、高校では目立たなくなる。


そのため、佐藤は鈴木の姿を見ても、気づかなかった。




藤田美咲ふじたみさき


佐藤と入れ替わる女子高生。


容姿端麗で、しっかり者。アイドル活動をしている。


入れ替わった直後も冷静で、佐藤を落ち着かせる。


佐藤と入れ替わる生活の中で仲を深め、佐藤のことを好きになる。最終的に付き合おうと提案する。


交換ノートの存在には最後まで気づかない。

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