第一章 第一話:異世界のレジ打ち
「レシートは...あれ?」
目の前に広がっていたはずのコンビニの光景が消え、かわりに石造りの建物が立ち並ぶ見知らぬ通りが広がっていた。佐藤カズキは、まだレシートを差し出そうとする体勢のまま、その光景を呆然と見つめている。
「え? えぇ!?」
中世ヨーロッパのような街並み。行き交う人々は、まるでファンタジー小説から飛び出してきたような服装だ。ローブを着た男性、フリルのついたドレスの女性、そして...ポイントのある帽子をかぶった魔法使いらしき人物まで。
「ああ、また転移者か」
通りすがりの男が、他人事のように呟いて通り過ぎる。
(転移者...?)
「お兄さん、その服装は現代日本からかい?」
振り返ると、木の看板を掲げた建物の前で、エプロン姿の老人が優しく微笑んでいた。看板には「冒険者ギルド」の文字。
「はい、その...コンビニで働いていたら、突然...」
「ああ、なるほど。コンビニか。珍しい職業からの転移者だね」老人は親しげに頷く。「まずは鑑定を受けることをお勧めするよ。この世界での君の才能が分かるからね」
「鑑定...」
老人に促されるまま、カズキはギルドの建物に足を踏み入れた。
受付には黒髪の美人が座っている。スーツではなくローブを着ているものの、どこか現代のOLを思わせる雰囲気だ。名札には「ミラ・レジストリア」と書かれていた。
「あの、鑑定を...」
「はい、転移者様ですね」ミラは事務的な口調で手続きを始める。「鑑定料は銀貨3枚となります」
「あ、それが...」カズキはコンビニの制服のポケットを探る。出てきたのは、レジの釣り銭と、途中まで書いていた在庫管理表だった。
「転移者様の場合、初回は無料です」ミラは微笑んで付け加えた。「では、鑑定室へどうぞ」
小さな部屋に通されると、そこには水晶のような球体が置かれていた。
「手をかざしてください」老年の鑑定士が指示を出す。「この水晶があなたのステータスを表示します」
おそるおそる手をかざすと、水晶が青白い光を放ち始めた。
《名前:佐藤カズキ》
《年齢:23》
《出身:現代日本》
《職業:最強会計士》
《レベル:42》
《特殊能力:完全な帳簿》
「おお!」鑑定士が声を上げる。「これは...とんでもないステータスだ!」
「えっ?」
「レベル42? しかも最強会計士?」鑑定士は水晶を覗き込む。「この世界の会計士の平均レベルは15程度。しかもその職業名は...」
「何か、問題でも?」
「いや、『最強』という冠がつく職業は、伝説クラスの証。君は...とんでもない才能を持って転移してきたようだ」
カズキは自分のステータスを眺めながら考える。確かに、現代でも彼の会計能力は常軌を逸していた。経理の仕事は、まるで呼吸をするように自然にこなせた。でも、それがこの世界では...。
「とりあえず、ギルドに登録しておくことをお勧めします」鑑定士が言う。「この能力なら、どこからも引く手あまたでしょう」
受付に戻ると、ミラが何やら書類を用意していた。
「では、ギルドカードを発行させていただきます」彼女はペンを走らせる。「最強会計士様」
最後の言葉に、どこか皮肉めいた響きが感じられた気がする。
カズキは溜息をつく。現代でもそうだったが、この世界でも、彼の人生は数字に振り回されることになりそうだった。