プロローグ:コンビニの夜
コンビニと税理。一見、まったく関係のない二つの仕事が、異世界では最強の力となる――。
「お客様、レシートは必要でしょうか」
深夜0時。いつものように、佐藤カズキはレジに立っていた。蛍光灯の白い光が、24時間営業のコンビニに無機質な輝きを投げかける。
「あ、いりません」
客は財布をしまいながら、そそくさと店を出ていった。
「はい、次の方どうぞ」
レジを操作する指が、カタカタと軽やかな音を刻む。数字を打ち込むたび、カズキの頭の中で自動的に計算が走る。売上、在庫、原価率。日々の数字が美しい曲線を描いて並んでいく。
(今日の売上、このままなら前週比102.3%。在庫回転率は0.4%上昇。廃棄ロスは限りなくゼロに近いはず)
かつての同僚たちが見たら、天才会計士がなぜコンビニのバイトなんかしているんだと笑うだろう。でも、カズキにとって、この深夜のレジ打ちは心が落ち着く瞑想のようなものだった。
「誰も、急かしてこないしな」
独り言が、蛍光灯の下でかすかに響く。
半年前。あのブラック税理士事務所を辞めた時、周囲は口をそろえて「もったいない」と言った。新卒で税理士試験に合格し、「天才」と呼ばれた彼が、なぜ。
でも、彼らは知らない。数字に追われ、締め切りに追われ、上司に追われる毎日の果てに、カズキが見た光景を。
巨額の粉飾決算。
違法な経理操作。
数字を歪める大人たちの醜い笑顔。
(数字は、美しくあるべきなのに)
レジの液晶画面に浮かぶ数字たちを、カズキは愛おしそうに見つめる。シンプルで正直な数字たち。嘘をつかない数字たち。
「あれ?」
深夜2時を回ったころ、レジの画面に不思議な数式が浮かび上がった。暗号のような、でも見覚えのある数字の配列。
「これって...複式簿記?」
思わず読み上げた瞬間、レジの画面が青白い光を放ち始める。
「なっ...!」
まるで万華鏡のように、数字たちが踊り始めた。その中心には、不思議な数字。
42。
「これは...」
言葉を発する間もなく、カズキの意識は青白い光の中へと吸い込まれていった。
残されたレジには、不思議な数式と、その隣に表示された小さな文字。
《レベル:42》
《職業:最強会計士》
《ステータス:転移準備完了》
深夜のコンビニに、レジの機械音だけが静かに響いていた。