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世界終焉の日に君は何を想ふ  作者: 凄音キミ
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第六章・衝突

 朝起きてダイニングへ行くと、みんな(流々香、詩織、頑徹さん、紅葉さん)が先に集まっていた。詩織が寝ぼけ眼で、

「睡眠が必要ないとわかってもなかなか慣習というのは抜けませんわね。眠たくてしようがありませんわ」と大きなあくびをした。「たまには天蓋付きのベッドで流々香と二人、ぐっすりと眠りたいものですわね」

 ――叶うことなら俺もそうしたいものだ。

「ごめんね。付き合ってくれてありがとう詩織」

「ああ、流々香のその言葉だけであと百年は生きられますわ」

 声には出さず頭の中で激しく同意する。

「紅葉さんも直してくれてありがとうございました」

「いいのよ。ついでに私にも付けさせてもらったし。かえって助かったわ。基地局が機能していなくて電話も使えなかったから」

「しかし、念話(テレパシー)だと思っていたものも機械によるものだったのですね」そう言って詩織は肩を落とす。「なんだか残念ですわ」

「……そうだね」流々香がぽつりと言った。


「さっそく、花音(かのん)たちに連絡してみよっか」流々香はそう言って耳に手を翳す。「チャンネルオープン。全体チャットで。――これ声聞こえてる?」

「聞こえてますわよー」と詩織がオーケーのハンドサインを出しながら言う。「近くで話すと流々香の声が二重に聞こえて変な感じですわね」

 詩織がそう話すのも構わずに流々香は言った。

「みんな。久しぶり。通信機能が壊れててしばらく連絡が取れなかったんだ。いきなり通信機能……と言われても『どういうこと』と思うと思うけど。そのことも含めいまから大事な話をするから心して聴いてほしい」

 言い終えてすぐに、流々香の相好が少し明るくなったような気がした。

(あお)(そら)から接続(コネクト)があった。モニターを表示するよ」

 流々香がそう言うと、みにょん、と空中に双子……なのだろうか、青いマッシュボブをしたそっくりな可愛らしい二人の男の子が現れた。それは映写機(プロジェクター)のようにスクリーンや壁の上に映し出されるのではなく、何もない中空へ立体映像だけがぽっかりと浮かぶ形で映し出されていた。――いったいどうなっているのだろうか。

「「流々香お姉ちゃん、詩織お姉ちゃん久しぶり」」と双子は二人同時に話した。「「二人揃って連絡してくるなんて珍しいね。人類の制圧で何か問題(トラブル)でも起きたの?」」

「っ……」

 悪びれる様子もなく無邪気に問う双子に、流々香はその顔を歪める。なんとも言えない空気がその場に流れた……。流々香が呟くように言う。

「花音と白玖は……来ないか。聞いてくれてるといいんだけど」

 流々香は俺たち人類が神の愛玩動物であること、流々香たち機械生命体(アンドロイド)が人類を滅ぼすために創られた存在であり、故郷の星など始めから存在しないこと、機械生命体(るるかたち)人類(おれたち)が戦う理由など存在しないことをかいつまんで説明した。

「「そんな! おいらたちの兄弟の絆も嘘だって言うの?」」

 双子は驚きとも怒りとも取れる表情をしていた。その時、

「――話は全部聴かせてもらったぜ」

 と一人の少女が空中に忽然と姿を現した。突然宙に現れたその少女は、燃えるように真っ赤なクアッドテール……とでもいうのだろうか、耳の後ろで結ばれた腰まではありそうな長いレギュラースタイルのツインテールと、頭の少し高い位置で結ばれたハーフアップツインテールを組み合わせたような面妖な髪型をしていた。

「はっ。いまさらそんなこと」少女は吐き捨てるように言う。「俺たちに戦う理由がないって言ったって、人類には戦う理由があるじゃねーか。俺たちは数えきれないほどの人たちを殺してきたんだぞ!」

 その語気からは怒気が感じられる。

「人間に、いままで一方的に殺してきた奴らとお手手取り合って生きてけってーのか? そんな虫のいい話があるかよ。それはあまりにも身勝手で、あまりにも酷じゃねーか。第一、俺たちはどんな顔をして生きてけばいいんだよ……。そのことを知ってたんなら、もっと早く! もっと早く言ってくれてれば! 俺たちは人間を殺さずに済んだんじゃねーのかよ!!」

 少女は怒りを(あらわ)にする。強い言葉とは裏腹に、少女の瞳はどこか憂いを帯びていた。

「花音! あなた言っていいことと悪いことの区別もできませんの!?」詩織が声を(あら)らげる。「流々香がどんな思いで! こんな、こんな小さな肩に……一人で全部背負(しょ)いこんで……」

 涙ぐむ詩織の姿に、花音は顔を歪め視線を逸らした。その様子を、双子もはらはらと心配そうな顔で見つめていた。花音はむすっとした様子で、

「俺はぜってー謝らねーからな」と言った。 

「花音、あなた――」

「もういいよ。詩織。これもすべて僕の弱さが招いた結果だ」

「……馬鹿ね、流々香」詩織はそう小さく笑い、呟くように言った。「創造主に逆らう力なんて誰も持ち合わせておりませんのに……」

「……すべてを知るには何もかも遅すぎたんだよ」

 花音がそうぼそっと捨て台詞のように言うと、ブツッと立体映像が切れてしまった。

「「花音ねーちゃん!」」

 蒼と穹、二人の叫びが虚しく残響する。

「「ごめん、流々香お姉ちゃんたちの言うこともわかるけど、花音ねーちゃんの気持ちも痛いほどよくわかるんだ。おいらたちもたくさんの人を殺してしまったから」」

 見た目にそぐわぬ発言をする双子の顔は、薄ら笑いを浮かべていた。それは、人を小馬鹿にしたような笑いではなく、自己防衛のために思わず零れたような、そんな笑みだった。

「「花音ねーちゃんが心配だからもう行くよ」」

 そう言って双子の立体映像も消えてしまい、あとには静けさだけが残った。誰一人口を開くことなく、沈黙だけが辺りを漂う。

 つと重たい空気を裂くように紅葉さんが言った。

「いまはただあの子たちを信じて待ちましょう」


 それからというもの、各地で相次いでいた機械生命体による被害はぱったりと止んだ。連絡手段を手にしたこともあり、大幅に活動範囲を広げることができた俺たちは、“すぐに”とはいかないが、徐々に、徐々に、人類の生活拠点の復興作業を進めていった。

 ある日、俺たちの拠点の建物の外で、流々香と詩織と三人で畑仕事を手伝っている時のこと。ふと、

「あの子たち、いまはどうしているのかしら」と詩織が言った。

 流々香と俺が詩織の声に反応し、顔を上げたまさにその時だった。

「「――わっ!!」」

 突然発せられた大きな声とともに、青髪の双子がその姿を忽然と現した。流々香は少しだけ体をビクッとさせ振り返る。

「姿を消してるから全然わからなかった」平気な顔で流々香は言った。

「「へっへ~ん。流々香お姉ちゃんをびっくりさせようと思って」」

「も~、あなたたち。『その能力(チカラ)悪戯(いたずら)に使っちゃいけません』っていつも口を酸っぱくして言っているわよね」

 そう言う詩織の姿にほんの少し、母性を感じた。蒼と穹は二人揃って、「は~い」と元気よく言った。返事だけはいいが、その態度には微塵も反省した様子が見られない。

「「ねえ、びっくりした?」」

「……別に」

「「うっそだ~」」

「絶対びっくりしてたよね」

「びくってしてたもんね」

「ね」

「びっくりしすぎておしっこ漏らしてるかも」

「かも」

「「意外と流々香お姉ちゃん怖がりだもんね」」

 蒼と穹は悪戯(いたずら)っぽく笑った。

「女の子にそういうこと言うんじゃありませんわよ」と詩織が窘めるように言う。

「僕はあなたたちと違って“お子様”じゃないから」と流々香が少し嫌味っぽく言う。「それに悲しいことを言うようだけど僕らが持ってるお互いの情報も所詮は植え付けられたものだしどこまで正しいものか」

 流々香は目の前にいる蒼と穹ではなく、どこか遠くを見ながらそう言った。

「それよりどうしたの。突然やってきて」

「「それは……」」と蒼と穹は二人でその顔を見合わせた。

 双子が流々香にしゃがむように手でちょいちょいと合図を出す。少し背伸びをし、手を口元に当て、流々香の耳元で声を潜めてこしょこしょと言う。

「「花音ねーちゃんが流々香お姉ちゃんに直接会って謝りたいって」」

 その時、二人の背後から肩を落とした様子でとぼとぼと花音が歩いてきた。

「俺ぁ、間違ったこと言ったとは思ってねーぞ。ただ……流々香を傷つける意図(つもり)はなかった。たとえ正論だったとしても、それで流々香を傷つけたことは悪いと思ってる」

 花音は正面(るるかのほう)を見ず、口を尖らせながら言った。

「ほんっと、素直じゃありませんのね」

 ため息を()くように詩織が言う。蒼と穹が「「あはは」」と声を出して笑った。

「「それで、おいらたちもこの星の人たちに直接謝りたいんだ。身勝手(じこまんぞく)かもしれないけど……」」と語尾をすぼめる双子の様子に、

「蒼と穹はいいとして、花音はこの調子で大丈夫なのかしら。少しは素直にならないと火に油を注ぐようなものですわよ」と詩織が言った。

「「それで石を投げつけられるというのならそれでも構わない。おいらたちのしてきたことさ。甘んじて受け入れるよ」」

「相変わらず子供らしくないというか、可愛い気のない子たちですわね」

「「だっておいらたち機械だも~ん」も~ん」

「ついこの間、その事実を知ったばかりだというのに、もう順応してますわね。そういうところは変に子供っぽいというかなんというか」

 詩織は呆れたように肩を竦めていた。


 蒼と穹が人々に謝罪したい、という話を紅葉さんへ伝えるべく、みんなで研究室にやってきた。普段見かけぬ三人の姿に、紅葉さんは「あら」と驚きを素直に表に出した。俺の口から、先ほどの話を紅葉さんへ伝えた。

「正直……私は賛成できないわね。もちろん本人の意思は尊重したいと思うけれど……」軽く握った手を顎に当て、少し顔を俯ける。「この子たちを民衆の前に晒したらどうなるか、私にもわからないわよ」

「「それでも構いません。お願いします。やらせてください!」」

 必死に頭を下げる双子の姿に、紅葉さんはなんとも言えない複雑な表情をしていた。

「――俺からも頼む」

 それまで一貫して横柄な態度だった花音が、初めて人に頭を下げるのを見た。頭を下げたままの恰好で言う。

「こんな小せー子たちが必死で頼んでんだ。やらせてやってくれ」

「もう。どうなっても知らないわよ」


 そうして、紅葉さん先導の(もと)、拠点で暮らす人々を外の広場に集めてもらった。人々の視線が向けられた先には懸命に謝罪をする蒼と穹、小さな双子の姿がある。花音は二人を見守るようにすぐ後ろに控え、俺たちは遠巻きにその様子を固唾を呑んで見守っていた。中でも頑徹さんは人一倍心配そうにしていた。

 蒼と穹は、機械生命体(じぶんたち)の境遇を説明することなどいっさいなく、ただひたすらに、自分たちのしてきたことの謝罪だけをする。一見すると、気強く話している様子の蒼と穹だったが、俺にはその小さな体を、小刻みに、かすかに震わせているように見えてならなかった。小さき双子は、人々の重圧にいまにも押しつぶされてしまうようかのだった。

 集まった人々は、蒼と穹が謝罪する様を誰一人ヤジを飛ばすことなく黙って見届けていた。人々(かれら)の心の内にあるものが、怒りなのか、それとも憐れみなのか、俺には彼らの気持ちを想像することすらできなかった。――父さんを殺した白玖(あのおとこ)が謝罪を申し出たとき、俺はいったいどんな感情を(いだ)くのだろうか。彼の紡ぐ言葉を人々(かれら)のように黙って聴くことができるだろうか。俺の頭はいつの間にかそんな考えに支配されていた。

 ふと、父親と思しき男性の脚にしがみついていた小さな女の子が一歩、前に出る。

「あやまんなくたっていいから、わたしのママを返してよ!」

 幼気(いたいけ)な少女の飾り気のない叫びが辺りを木霊する――。

 そばにいた父親と思しき男性ががくっと膝を落とし、女の子を抱き締める。うんうんと、しきりに頷きながら、女の子の背中を優しくぽんぽんと叩くその目には涙が滲んでいた。

「ごめんな、坊っちゃんたち……。娘の手前、あんまりみっともない姿は見せらんないからさ、ずっと我慢してたけど。坊っちゃんたちの謝罪の言葉は素直に受け取っておくけどさ、もう限界なんよ。あんたらの顔を見てると、どうしても妻の顔が頭をよぎるんよ。ぐちゃぐちゃになった妻の顔が頭を離れないんだよ!」

 男性の悲痛な叫びに呼応するように、誰かが大きな声で言った。

「そうよ! 私の夫だって!」

 たった一匹の蝶の小さな羽撃(はばた)きを皮切りに、わっと悪意の波動が伝播していく。人々は赫怒し、辺りには怒号が飛び交う。皆それぞれが抱えていたやり場のない怒りの矛先が、向こうからひとりでにやってきたのだ。内なる怒りが露呈するのも無理はない。皆、口々に言いたいことを言っている中で、幼気(いたいけ)な少女の父親が、少女の耳に汚い言葉が入らぬよう、少女の耳を指で栓をするように塞いでいるのが印象的だった。

 オブラートに包まれることなく羅列された感情の中には、聞くに()えない罵詈雑言もあり、三人(蒼、穹、花音)が怒りの捌け口にされている光景は見るに()えなかった。だけど、それを、その怒りを。咎めることなんてできやしなかった。

 一度広がってしまった波紋はもう、誰にも止めることはできなかった。

 紅葉さんと頑徹さんがどうにか制止に入り、俺たちはその場をあとにした。


 建物の玄関(いりぐち)へ戻った俺たち。辺りには意気消沈とした空気が漂っていた。

「覚悟の上だったとはいえさすがに(こた)えるね」

「おいらたちより幼いあんな女の子に言われちゃね」

 二人きりで話すように双子は言う。

「これでわかっただろ流々香。これが俺たちのしてきたことの現実≪けっか≫だ。いまさらお手手取り合って仲よしこよしなんざできっこねーんだよ」と花音が強い口調で言った。「直接俺たちに危害を加えてこなかっただけまだいーほうだ。他の奴らだったらどうなるか……」

 ――ガチャッとドアが開き、紅葉さんが入ってくる。開口一番、

「参ったわね。比較的あなたたちに理解のある私たちの拠点でもさっきの有様なのよ。すべての人たちに謝罪を、なんて悪いけど到底賛成できないわね」と言った。

「悪いが俺たちは別行動させてもらうぜ。俺たちの顔なんて誰も見たくねーだろ」

 そう言って顔を背け立ち去る花音の目からは、大粒の涙が零れていた。

「「おいらたちも行かなくちゃ」」悲しい顔で双子は言う。

 遠ざかっていく彼らのその後ろ姿に、言い知れぬ不安を(いだ)く。

『行っちゃダメだ』

 声にならない声は、風に消され虚空を舞う。去っていく三人を引き止めることはどうしてもできなかった――


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