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くりきゅういんうまなとイザーと釧路太郎  作者: 釧路太郎
影武者ちゃんの日常
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影武者ちゃんの日常 第一話

 愛華ちゃんの代わりに日常生活を無難に送っていろとうまなちゃんから命令されているのだけれど、こんなに楽しい生活を送って良いのだろうか。こちらの世界では食べるものも全て美味しいし見るものも楽しいし美味しいものも食べることが出来るし何を食べてもちゃんと味がするのだ。他の人に代われと言われても命令に背いてしまうかもしれないくらいにこちらの生活は充実している。

 事前に貰った資料では愛華ちゃんは色々あって親戚のおばさんの家に引き取られることになっていたという事なのだけど、うまなちゃんが私を影武者として送り込んだ世界は愛華ちゃんが孤立してしまった直後の世界という事になっているそうだ。たぶん、こっちの世界で美味しいものをたくさん食べることが出来る私に試練を与えるためにそう言った過酷な状況に追い込もうとしたのだと思うけど、私ってそういう過酷な状況に追い込まれると興奮しちゃうタイプなんだよね。どれくらい孤立してるのかちょっと楽しみかも。


 寝る前にもう一度読み返した資料を参考に自分の席に座ろうと思ったのだけれど、私の席には机はあるけど椅子が無いみたい。他の席はちゃんと机と椅子が揃っている所を見ると、これがいじめってやつなんだな。あんまり詳しくないけど椅子が無いと立って授業を受けることになるから後ろの人に迷惑をかけちゃんじゃないかな。でも、床に座ってしまったらノートとかも取れないだろうし仕方ないよね。

 みんな私の事をじろじろと見てるんだけど、不思議と誰とも目が合わないのはみんなが私の事を避けているからなんだろう。一人一人名前を覚えておけば良かったなと思っていたのにサボっちゃったのを少しだけ後悔してしまった。

 何人かまだ来てない人がいるからその人の椅子を借りてしまおうかと思ったけど、遅れてきているだけだったとしたら私がその人をイジメてるみたいになっちゃうかもしれないよね。そうなると、日常生活を無難に送る事にはならないと思うし、今日はこのまま椅子が無いのを我慢するしかないかもね。

 担任の先生が教室に入ってきて挨拶が始まってみんなも立ち上がったんで周りの真似をして頭を下げてみたんだけど、いつまでこうしていればいいのかわからないので戻るタイミングを失ってしまっちゃった。でも、こうして頭を下げていれば後ろの人も前を見やすいかもしれないから問題無いかもね。

「鈴木さん、着席してください」

 悪いこともしてないのに頭を下げ続けているのも変だと思ったのか先生に着席を促されたのだけれど、残念な事に今の私には座る椅子が無いのだ。

「すいません。それは出来ません」

「出来ないって、どういうことですか?」

「どういう事って、椅子が無いからです。椅子が無いので着席は出来ません」

「椅子が無いってどういうことですか?」

 担任の先生は驚いた様子で私の席まで駆け寄ってきて椅子が無い事を確認したのだが、そんな事をしなくても先生の席からも私の席に椅子が無いことくらいは見えていたはずなのだ。本当に気付いていないのだとしたら、この先生はクラスで何かあったとしても何も気付かずに問題を先送りにしてしまうタイプなんだろう。うまなちゃんもそんな感じだとは思うけれど、うまなちゃんの場合はイザーさんや他の人が補佐してくれているから問題にはならないと思う。そう考えると、この先生は一人でこれだけの人数を見るのは大変だと思うな。

「なんで鈴木さんの椅子が無いんですか。誰か知っている人はいませんか?」

 先生の言葉を聞いてクラスの空気が重くなったのを感じ取ってしまった。先生が来る前に私の椅子をどこかに隠したのはこのクラスの誰かだとは思うのだけれど、もしかしたら誰かなのではなくみんななのかもしれない。そうなると、誰か一人が手をあげることも出来ないよな。だって、自分だけが犯人ではないって思っているのに手をあげてしまえば自分だけが悪いという事になっちゃうもんね。このままだと無難に生活を送る事なんて出来ずに大きな問題になってしまいそうな気もするな。さて、どうしたものだろうか。私はちょっと考えた末に、嘘をついてみることにした。みんなが悪くならない嘘なら多少は許されるだろう。

「すいません。昨日間違えて家に椅子を持って帰ってしまいました。今日の朝までは覚えていたのですが忘れてきてしまいました。それなので、今日は一日立って授業を受けることにします」

「ちょっと待って鈴木さん。そんなわけないでしょ。大体なんで椅子を持って帰る必要があるんですか。誰かに何か口止めでもされているんですか。もしかして、いじめに遭っているという事ですか?」

 この先生は勘が良いのか悪いのかわからないが、状況を見て空気を読むという事が出来ないのかもしれない。この先生が担任だったら愛華ちゃんに起きた問題も大きくなってしまうんだとは思う。この状況でいじめとか言ってしまうと愛華ちゃんの立場が余計に悪い方に傾いてしまうと思うんだけど、この人は何も考えていないんだろうな。悪い人ではないと思うんだけど、空気を読めずに壊してしまうようなタイプなんだと思う。

 ちょっとだけ私がこの先生にこういう時はどうすればいいのか教えてあげようかな。たぶん、生きている時間的にはこの先生よりも私の方が長いと思うし、人生の先輩としてこの場の正しい切り抜け方を教えてあげないとね。ま、私は本当は人間ではないんだけどね。

「先生、誤解されてるのかもしれないですけど私はいじめられてなんていないです」

「でも、鈴木さんの椅子も無いし、よく見たら机にも色々と落書きをされているみたいですし」

 机に書かれている模様は何か特別な意味があるのだろうと思っていたんだけど、模様ではなくこの国で使われている言葉だったのだ。この世界に来るにあたって辞書なんかはまるまる覚えていたので文字だという事は一応理解出来るのだけれど、机に書かれている言葉は辞書の文字とは違って崩れているので文字だという事を認識する事は出来ていなかった。手書きだとこういう感じになるのだという事が勉強になったのだけど、これもどうにか誤魔化さないといけないな。

 そうだ、愛華ちゃんは小説を書くのが趣味だからそれを理由にしてしまおう。この先生は物事の本質を見抜くことが出来なさそうなのでソレで誤魔化せてしまうのではないだろうか。ダメだったとしても何もしないよりはマシだと思うし、試してみる価値はあると思う。

「先生は私の趣味ってご存知ですか?」

「鈴木さんの趣味ですか。ごめんなさい。ちょっと存じ上げないです」

「そうでしょうね。私の趣味は小説を書くことなんですが、これは小説のネタとして書いていたものをそのままにしていただけです。なので、いじめとかではないので安心してください」

「さすがにそんなことは無いと思うんですが。だって、机に書かれている言葉はどれも卑猥な言葉ですし、真面目な鈴木さんがこんな言葉を机に自分で書くなんて信じられないですよ」

「私にもそういう事があるという事なんです。気にしないでください」

 担任の先生は納得はしていないようではあったけれど私の迫力に圧されてわかってはくれたようだ。

 どうにか上手いことこの場を切り抜けることが出来た私はその後の授業も受けることが出来たのだが、授業という体験がこんなに楽しいものなのかとあらためて思い知る事が出来た。本を読めばわかるような事を先生がわかりやすく教えてくれるというのは物凄く楽しく感じてしまった。生きていくうえで何の役にも立たなそうな知識ばかりではあるが、私達が暮らしていた世界とは違う教養を身に着けることが出来るというのは何か得のようなものを感じているのである。私は今までずっと他人になることだけを学んできたのだけれど、それとは違う知識を教えてもらえるという事は想像していたよりもずっと楽しい事であった。

「なあ、鈴木。突っ立ったままじゃなくて空き教室から椅子を持ってきたらどうだ。立ったまま授業を受けられると先生の方が気になってしまうんだが。他の先生には何も言われなかったのか?」

「はい、特に何も言われませんでした」

「ったく、椅子ならいくらでも余ってるだろ。ちょっと待ってろ」

 強そうな先生はいったん教室から出て行くとすぐに戻ってきたのだが、その手には他の人が座っている椅子とはちょっと違う椅子を持っていたのだ。

「とりあえず今はこれを使っておけ。背もたれのない椅子だがないよりはマシだろ」

 私はその椅子を受け取って自分の席に置いて座ってみたのだが、立って机の教科書を読むよりも椅子に座っていた方が教科書が読みやすい。何より、ノートをちゃんと撮ることが出来るようになったのだ。椅子は無くても平気だと思っていたのだけれど、やっぱり椅子はあった方が便利なんだという事を学ぶことが出来たのだった。

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