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クラウディア編・前編

「殿下は、好きな子がいるのでしょう?」


 そう問いかけると、テーブルを挟んで向かいに座っている黄金色の髪に翡翠の瞳を持つ眉目秀麗な少年は、目を丸くして私を見つめた。

 彼の名はセドリック・ハ・ウス・メイザーク、我がメイザーク王国の王太子だ。

 10歳になった今、不本意にも王太子の婚約者に選ばれてしまった私は、彼と交流を持つべく、こうした茶会で顔を合わせる事数回。

 二人だけの時もあれば、他の貴族の子息令嬢と席を共にする事もある。因みに、本日は私達2人だけだ。


「先のお茶会で、熱心に亜麻色の髪のあの子を見つめていたのを知ってますもの」


 続けざまに問い詰めると、目を泳がせてソワソワとし始めた。明らかに動揺しているのが分かる。

 年相応な少年の反応に思わず微笑んでしまった。


「その子と結ばれるよう協力しますから、どうか私との婚約を破棄してくれませんか?」

「え?でも、そんな事をしたら父上たちに叱られてしまうよ?」

「いいんです、私はお妃にはなりたくありませんから」

「で、でも……」

「私は王太子妃になる位なら死んだ方がマシなので」


 言いながら、自分の未来に絶望しか感じられなくて、私の顔から表情が抜け落ちた。

 すると、セドリックは勢いよく立ち上がり、声を荒らげた。


「だめだよ!死ぬのは痛いし苦しいんだよ!おいしいお菓子も食べられなくなるんだよ!ねえこれ!これ食べて頑張ろう!応援するから!」


 そう言って手ずから菓子を皿に盛ると、私の目の前に差し出してきた。

 普段より着苦しいドレスを着ているというのに、そんなには食べられない。


「僕も礼儀作法や勉強は大変だけど頑張ってるんだ、君も頑張らないとだめだよ!一緒に頑張ろう!」


 私はその剣幕に気圧されながらそれを受け取ると、セドリックは憤慨しながら元の席に着いた。



 頑張れなんて簡単に言ってくれるわね。



 私は心の中で悪態をつきながら無言で菓子を口にした。幼いセドリックに悪気は無いのは分かっている。

 でも、彼の婚約者で居続ければ、何れ破滅が訪れることを私は知っていた。


 私の名前はクラウディア・カ・ルピス・ガッタータ。ガッタータ公爵家の長女だ。紫の瞳に黒い髪のストレートヘア……決してドリルではない。嫌だよあんな面倒な髪型に毎日整えるの、でも私が描いたキャラ絵ではドリルだった。

 私が今生きている世界は同人乙女ゲームの世界だ。私はこのゲームの作画を担当した内の一人だ。


 高校生の時に母親を亡くし、根暗な性格が災したのか、気持ちが弱ってる所で虐めを受けるようになり、心身共にボロボロになり高校を中退。

 抗うつ剤と精神安定剤を処方され、萌と推しに癒されながら時間をかけてなんとか外にも出られるようになった。

 とはいえ基本的に引き籠もりの私は「磯野なま子」というペンネームで同人誌を売った収入で生活していた。

 幸いにも即売会では壁を確保できる規模のサークルだったので収入はそれなりにあった。そしてこんな私を支えてくれるオタ友達がいたおかげで何とか人として生きていけてた。


 前世の父親からは社会のゴミだの親の臑かじりだのさんざん罵られた。

 同人誌で得た収入を渡せば、如何わしい金だろうと疑われ受け取っては貰えず、こっそり家の財布に生活費を忍ばせた。

 漫画家もイラストレーターも飽和状態、商業誌で食べていけるのはほんの一握りの人間だ。

 私はそれなりの画力はあったが、運良くイラストの仕事があってもほんの数回、漫画も公式アンソロジーに掲載されるのが精々だ。

 プロであっても余程でなければ商業誌の収入なんて端もので、同人誌が主な収入源になっている作家が山程いるのが実状。

 しかも、手を変え品を変えPNを変え、TLやらBLやら成人向けまで手を出しては薄い本を作って稼いでいるとなれば、お硬い行政書士の父親に胸を張って渡せる金では無かった。

 父親と揉めた後は何時も過呼吸と戦っていた。酸素過多になる程では無いが、精神安定剤が効いてくるまでは息苦しくて暫く動けなくなる有様だった。

 それでも家を出なかったのは、母との思い出の詰まった実家を捨てられなったから。そしてそれ以上に独り立ちする気力が無かったから。


 そんな私の死因は父親と口論の末、階段からの転落死、一応事故だ。父親の手を振り払って階段を降りる際に足を踏み外した。呆気ない死に方だった。

 気がつけば前世の記憶を持ったまま転生していた。自分が制作に関わった乙女ゲームの世界に。

 物心ついた頃からうっすらと記憶があり、脳が成長して行くに連れて鮮明に過去を思い出せるようになった。

 でももしかしたら私はまだ生きていて、これは生死の境をさまよってる間に見ている夢かも知れない、醒めることの無い狂気の夢を。


 今世の父親は前世の父の様に喚き散らす事はないが、静かに圧をかけてくるタイプで、娘を政治の道具としか思っていないような男だ。

 母親は5歳の時に他界している。喪が開けるとともに父は再婚し、義母のマリアと腹違いの兄ルーペルトと弟のヴェルナーを公爵家へ迎え入れた。

 マリアは実の母が生きていた頃からの愛人だった。伯爵家の出身だが、財力も発言力もない落ちぶれた貴族で、お祖父様から結婚のお許しが出なかったそうだ。

 父がマリアと再婚して直ぐの事、遠目に彼等の様子を探っていた私にルーペルトが気がついた。

 うっかり目が合うと、一人でこちらに向かってくる。気まずくなって逃げようとした後ろから怒鳴りつけられた。


「おい、お前!俺達から父上だけでなく母上も奪うつもりか!」


 いきなりの態度に私も腹が立ち、立ち止まって振り返り、不機嫌を隠さない表情を向けた。


「奪うって?」

「お前の母さんが俺達から父様を奪ったんだろ!」


 自分はどちらも持っている癖に、まるで私達が悪人かのように言われるのが我慢ならなかった。

 父親はマリアの所に足繁く通い、蔑ろにされていたのはこちらなのに。


「お前に俺達の母様はやらないからな!」

「あんたのママなんかいらない!」

「なんだと!母様をいらないだと!」

「そうよ!パパもママも皆いらない!」


 そのまま私達は掴み合いの喧嘩になった。直ぐに周りが気付いて私達を引き剥がしたが、私はずっと「パパなんか要らない!新しいママなんか要らない!私のママはママだけだもん!」と泣き喚めき続けた。


 あの時は、前世の記憶があるとは言えまだまだ精神年齢が幼かった。

 何より今世の母が前世の母と雰囲気が似ていて、とても慕っていたのだ。そして二度も母を喪った喪失感で情緒が不安定になっていた。

 その矢先に見ず知らずの女を新しい母親だと充てがわれ、しかもこちらを敵対視するコブ付きで、直ぐに受け入れられる訳がない。

 それから私は彼等との接触を避けた。食事は自室でとり、少しでも視界に入れば直ぐに逃げて避けて避けて避けまくった。

 何度か無理矢理食事の席に座らされたが、食事が喉を通らずただ黙って座っていたら呼ばれなくなった。

 向こうも必要以上に私に関わって来る事はなく、私は屋敷の中で一人孤立した。

 ゲームのクラウディアは彼らを憎み、数々の嫌がらせをするようになるのだが、私は極力関わらないように生活している。

 ガッタータ家の中で私だけが異分子で、睦まじい家族の団欒に入り込めるほど図太い精神は持ち合わせていない。


 因みに腹違いの兄と弟も攻略対象、それぞれ上と下に1つづつ歳が違う。父と継母は愛し合っていて、私の母は親に決められた結婚相手だった。

 悪役令嬢と攻略対象を絡ませるための設定だけど、これが自分の親となると単なるクズだ。クラウディアが捻くれるのも頷ける。

 因みに、セドリック、ルーペルト、ヴェルナー、クラウディアは私の作画担当キャラだった。


 件の乙女ゲームでの私は悪役令嬢、言わば当て馬。自分は誰にも愛されず、皆に愛され能力に優れたヒロインに嫉妬し、様々な方法で死んだり断罪されたりする。

 当時はそういうのが流行っていた。でも実際にそういう設定の悪役令嬢が出てくる乙女ゲームってあんまり無いよね?だったら作っちゃおうか!なノリで作られたキャラ設定だった。

 ちなみにエロゲーだ。エロかどうかで売上がダンチなのよ。まあ制作側も皆好きでやってたんだけども。

 もしかしたら私はこの世界で春画を描いて生活していけるかもしれない。成人向けでもTLでもBLでもどんと来いだ。


 このゲームのヒロインはフローネ・ワンダ・フィル・アイーランド。アイーランド男爵令嬢だ。

 私の婚約者のセドリックはもちろん攻略対象、クラウディアとの婚約が決まる少し前、貴族の子息子女が集まるお茶会でフローネと出会い、片思いを拗らせる。

 セドリックは優柔不断ないい子ちゃんキャラで、優しいといえば聞こえがいいが、NOと言えない王太子。悪役令嬢につけ込まれ、フローネとのすれ違いに翻弄される。

 そして都合よくクラウディアが失脚し、二人は結ばれる。私は体のいい恋のスパイスだ。


 私にはありふれたWeb小説の様に断罪回避に奔走したり、ざまぁしたり、ましてや恋をしたりなんてする気力はない。

 取り敢えず無難に生きたい、でなければ楽に死にたい。

 何日も投獄された上での公開処刑なんて真っ平だ。引き篭もりなのに多くの観衆の前に曝されるなんて地獄でしかない。


 そんな私の唯一の心の拠り所は愛犬のパトラッシュだった。母が亡くなったばかりの頃、寂しさを紛らわせる為にと充てがわれた。

 パトラッシュが居るからこそ今世の私はギリギリのラインで鬱に陥らずに済んでいるのかも知れない。

 尊いわんこだ、愛いやつめ。君を昇天フィーバーさせたりなんて絶対にしないからね。


 そして、この世界での楽しみは魔法だった。私は悪役令嬢なのでテンプレよろしく闇魔法の使い手だ。でも、闇魔法もうまく使えばとても便利。

 前世では魔法なんて物語の産物でしか無かったのに、今世では本当にそれを操ることが出来る。面白くて仕方ない。

 ガッタータ公爵家は闇魔法に適正のある一族らしく、それにまつわる書物は豊富だ。幼い頃から文字と言葉を必死で覚え、それを棚の端から読み解いた。

 魔法陣を描くのにもハマった。魔導書以外の書物も読みふけった。イラストも描いてはいるが、紙がそれなりに貴重なので思いっきり描き殴れない。キャンパスに描く油彩はどうも性に合わなくて、前世よりも腕が落ちてしまったと思う。

 そんな状態だから、私は基本的に部屋に籠もりっきりだ。


 私は普段、誰も近寄らない別邸に住んでいる。前世の記憶のお陰で身の回りの事は一通りできるので一人でも困る事はない。

 本邸にも自分の部屋があるが、必要な時にしか訪れることは無い。

 この別邸は元々、半ば放置されていた場所だった。そこに私が勝手に住み着いたのが8歳の時のこと。

 廃墟でこそ無いものの掃除などは行き届いていなかった。

 そこへ私は闇魔法を展開し、影人形を作り出した。

 影人形を使用人として使役し、一緒に部屋の掃除や片付けをした。部屋は私一人が使うので、寝室と居間だけを整え、他は放置している。

 家具には埃よけに布が被せられているが、必要のないものはそのまま放置している。別邸はさながらお化け屋敷の様だ。

 食事も自炊しようと思ったのだが、使用人のセバスチャンが毎日マメに運んで来る。


 私が作り出した影人形は2体、少女型の影人人形をハイジ、少年型の影人形をネロと名付けた。

 自分と同じ年頃の影人形を作ってしまったのは、無自覚に寂しさを感じていたからかもしれない。

 何処ぞの悪ガキが別邸の窓に向かって石を投げたようだが、ハイジが箒を持って追いかけたら絹を裂くような悲鳴が聞こえた。

 お陰でここに近づく者は滅多におらず、日々、お一人様生活を満喫していたが、妃教育の時だけはここを出なければならない事だけが苦痛だ。

 それでも、あの家族の団欒に交わらずに済むのは私の精神衛生上非常に喜ばしい事だった。


 とある日、何時ものように居間で本を読み耽っていると、パトラッシュが耳をピクリと震わせて顔を上げ、扉の方をじっと見つめた。


「パトラッシュ、どうかしたの?」


 間もなく少々騒がしい気配と共に、セバスチャンに連れられて、ちびっ子ギャングがやってきた。


「凄い!お化け屋敷みたい!」


 勝手に入ってくるなこの糞ガキが。


 そう心の中で毒づきながら胡乱げな視線を向けた先には、我が婚約者のセドリック殿下。

 本日、王太子殿下が訪問する事は知っていた。知っていて別邸に籠もっていれば関わり合いにならずに済むと思っていたのに。

 適当に兄や弟と遊んでればいいものを、わざわざここまで押しかけてくるなんてどういう神経をしているのだか。


「探したんだよクララ!」


 しかも、私の事を勝手に「クララ」と愛称呼びしている。お父様にも呼ばれた事が無いのに……と、心の中で自嘲する。

 少し脅かしてやろうと闇魔法を発動させて影人形を生成すると、はじめこそ怯える様子を見せたものの、それが私の魔法だと分かると「本物のお化けみたいだ!」と興味を抱く始末。中々に肝が座っていらっしゃる。



ー・ー・ー・ー・ー・ー



 そんなこんなで数年が経ち、私達は現在17歳。乙女ゲームが始まって既に三ヶ月程が経った。

 学園に入学する少し前、私はこっそり魔導科へ転科届けを出した。

 何だかんだで未だ婚約を解消できておらず、お妃教育もきっちり受けさせられているから、学園での勉学はオマケに過ぎない。

 でも王妃になるつもりは無いから人脈作りは不要、無理に貴族科に通う必要は無いわけだ。

 それよりも自分の足で生きていける能力を身に付けないと、一生あの家に縛られて生きるなんて御免だ。国外追放される可能性もある訳だし。


 私は無造作に後ろで束ねた髪に何日も着回した服を着ていて、目元には常にクマちゃんが住みついている。

 薄暗い所で本ばかり読んでいたせいか視力も悪くなり、眼鏡も必需品だ。無くても生活に不自由は無いレベルだが、本や書類、教科書を読むには必要だった。

 魔導科の生徒は、私がガッタータ公爵令嬢だと気づいてないようだ。魔導科の生徒達は貴族と言えども下位貴族の者が殆どだ。

 学園の授業は大学のようなかたちで、選択した科目の授業ごとに教室も変わる。

 いちいちフルネームで自己紹介する必要も無いので、必要な時は「クララ」と名乗る事にした。

 戦闘魔術に長けた者は騎士科へ所属し、魔導科の生徒は基本インドアで研究や勉学に没頭してしまう者が多い。

 陰キャな私と彼等はウマが合った。おかけで僅かながら友達も出来た。


 周囲からは「幽霊令嬢」なんぞと呼ばれてはいるが、公式の場ではきちんとした格好をしている。その時、私は外面の鬼となるのだ。それだけに社交場と学園とのギャップは激しいだろう。

 取り敢えずこれで攻略対象とヒロインから距離を置くことが出来た。

 私とセドリックとフローネは同じ学年で、私達は現在2年生、この一年が乙女ゲームの舞台となる。

 セドリックとフローネは順調に恋を育んでいるようだ。はたで見ていてもお互いに想い合っているのが分かる。

 本来は2学年になってから関わりを持つ所を、既に学園入学前から二人の間を取り持って引き合わせたのは、何を隠そうこの私だ。セドリックの告白の後押しもした。

 それ故に、2人は本来の婚約者である私公認の仲となっている。


 そんな形ばかりの婚約者であるはずなのに、セドリックはわりと頻繁にこの別邸に顔を出す。

 そのせいでこの別邸も小綺麗にされてしまった。あの廃墟感がたまらなかったのに。


「お嬢様、王太子殿下がいらっしゃっております」


 そう告げるのは使用人のセバスチャン。彼は唯一、平然とここを訪れる使用人だ。

 小綺麗になった今でも、他の使用人は気味悪がって別邸には極力近づかない。

 彼の顔を見るたびに頭の中をヨーデルが鳴り響き、天上から垂れ下がるブランコに乗ってはしゃぐ幼女の姿が脳裏をかすめる。

 クララにセバスチャンなんて、誰だよこんなベタなネーミングにしたの?とはいえ影人形にハイジと名付けた私も大概だが。

 しかし、作中にはセバスチャンもパトラッシュもは登場しないし、そもそも私の愛称を呼ぶ者が居ない。恐らくシナリオ担当のアッキーの脳内設定なのだろう。

 どうしてそこに拘った?と疑問符が付くが、同人ゲーだからネタはつきもの、そう思い起こせば思わず草が生える。

 アッキーは下ネタ好きのおちゃらけたキャラだが、アッキーの弟さんもイジメからの引き篭もりになり、私にも親身に接してくれたいい友達だ。

 彼女は元気にしているだろうか?天寿を全うできただろうか?


「本日は体調が優れないのでお帰り頂いて」

「もうこちらまでいらしております」


 セバスチャンが告げるなり、その背後からセドリックが現れた。いつもと比べて随分とラフな服装だ。


「クララ!いい加減部屋から出ろ!偶には外に出て身体を動かせ!」


 言いながら私の部屋にドカドカと上がりこむと、閉ざされたカーテンを殿下自ら開け放って行く。

 うおっ!眩しっ!やめてくれ、薄暗い方が読書に集中できるのに。


「食事はちゃんと取っているのか?……はぁ?朝は食欲がない?健康な生活はまず朝の食事からだ!」

「朝遅くまで寝て無いで、夜早く寝て朝早く起きろ」

「何日髪の手入れしてないんだ?侍女を呼んで身なりを整えろ」

「湯浴みをしろ湯浴みを!なんか臭うぞ!」


 こうして時々、セドリックは私の元を訪れては色々と世話を焼きまくる。

 優柔不断ないい子ちゃんキャラだったはずが、いつの間にかオカンにキャラ変してしまった。

 しかも、華奢で優雅な王子様に成長する設定だったのに、何故か最近は剣を嗜むようになり体格も良くなってしまった。

 しかし公務やら王太子教育やらで忙しいはずなのに、何をしてるんだこの人は?


「問題無い、本来は君との交流を深めるための茶会等に充てられた時間だ、本来はな!」

「大丈夫よセディ、私は貴方の妃になるつもりはないので放っておいても」

「まだそんな事を言ってるのか、これは

君の一存だけでどうにかなる問題では無い」

「大丈夫よ、セディが真実の愛を見つけたとかなんとか言って婚約を破棄してくれれば大丈夫よ」

「全然大丈夫じゃない!」


 貴方の真面目さは長所でもあり短所ね。いいからさっさと婚約破棄しなさいよ。


 私は本邸の自分の部屋に連れて行かれると、侍女達に身なりを整えられ、そのままセドリックに外に連れ出された。

 変装用の魔導具で茶色の髪色に変え、私は愛用の眼鏡も着用している。

 私の場合、そもそも社交時と通常の姿にキャップがあるので変装の必要もない気がするのだけど?貴族的なオーラも発していないし。


 馬車で中心街の近くまで来ると、そこからは徒歩で歩くことになった。

 広場に出ると、幾つもの露店が所狭しと並んでいた。

 屋台のB級グルメの匂いに誘われて、ついつい食べ過ぎてしまった。


 セドリックはとあるアクセサリー雑貨の露店に目を留めると、品物を物色し始めた。

 露店ではあるが、安物ばかりではなく、それなりにちゃんとした商品も置かれていた。


「この銀細工の髪飾り、お前に似合うんじゃないか?」


 セドリックが手にしたのは、花のレリーフに小さなアメジストがあしらわれた髪留めだった。


「そんな可愛いの、私には似合わないわよ」

「そう言わずに、少しは飾り立てたらどうだ?」

「私は手入れとかせずに放ったらかしちゃうし、銀なんて直ぐにくすんじゃうわ」

「そんなもの、使用人か影人形にやらせればいいだろう」


 私の意見は無視して、店主に貨幣を渡すと、そのまま私の髪にそれを飾り付けた。


「クララの本当の髪の色の方が似合うけどな」


 そう耳元で囁かれると、なんだか背筋がゾクリと震えた。

 同人ゲーだから声をあてる予算なんて無かったのに、何故そんなイケボなのだ、解せぬ。

 動揺を悟られまいと真顔になると、セドリックは「もう少しお洒落にも興味を持ったらどうだ?」と呆れたように呟いた。


 可愛らしい髪飾りを身に付けている事がなんだか気恥ずかしくて、似合いもしないのにと周りから思われているのではと自意識過剰になってしまう。

 それでもなんだかウキウキとした気分で、気がつくと無意識に何度も髪飾りに触れていた。


 歩き疲れて何処かでお茶でもと思った矢先、見慣れた亜麻色の美少女に出くわした。

 派手過ぎず地味過ぎず、上品な装いにまとめたコーディネートで、男爵家でありながら裕福な家庭に育ったのが伺える。生地の品質も良いものだろう。

 流石に私も貴族令嬢を17年も続けていればこの位の目利きは容易だった。

 買い物の途中なのか、小さな荷物を抱えた侍女が1人付き添っている。


「フローネ⁉」

「セ、セドリック様、クラウディア様、ごきげん嫌麗しゅうございます」

「ごきげんよう、フローネ嬢、今日はお買物かしら?」

「は、はい」


 私が共に居るからか、フローネは緊張した面持ちで挨拶を交わした。私も外面の面を被る。


「こんな所で会うなんて奇遇だな」


 私には見せないセドリックの柔和な笑顔。好き好きオーラが滲み出ている、見ていて痛々しい程に。

 なんだかモヤッとした気分になる。この場にいる自分が酷く場違いなように感じて、私はセドリックの肩を押してフローネの方へと突き出した。


「せっかくだから2人で楽しんできなさい、お忍びでデートできるなんて、こんなチャンスは滅多に無いわよ?」

「でも今日はクララと……」

「そ、そんなご迷惑は……」

「大丈夫よ、私も街をブラブラするわ、このまま部屋に籠もったりしないって約束するから、ほらっ、行って!」

「でも、クラウディア様一人では危険ですし、どうか私達とご一緒に」

「あなた達がイチャついている所を私に見せつけたい訳?」

「そ、そう言うわけじゃないっ」


 セドリックは顔を紅くして否定した。一方、フローネはどうしたらいいか分からないといった風にオロオロとしている。


「だったらお邪魔虫は消えるわ、私はお一人様を満喫しますのでご遠慮なく」


 そんな2人を無視して、私は彼等に背を向けてあるき出した。

 セドリックは背後に向かって何やら指示を出している。おそらく一部の護衛に私へ付くように命じたのだろう。


「クラウディア様、ありがとうございます」


 そう言って頭を下げるフローネの気配を背後に感じながら、私は振り返ることなくその場を去った。

 そして、二人の視界から抜け出したと同時に深いため息を漏らした。なんだかモヤモヤとした気分がする。

 フローネが婚約者を差し置いて…と、遠慮をするのは彼女が勝者だから。セドリックに愛されていると言う確信があるから、フローネは無様に縋ろうとしない。そんな風に思えてしまう。

 きっと、彼女は家族からも友人達からも愛されて生きて来たに違いない。だってフローネはこの物語のヒロインだから。

 そんな彼女が妬ましい。セドリックだけでなく、ルーペルトやヴェルナーにも愛されている彼女が。

 でも、そんな醜い自分を曝け出したくは無かった。

 例え心の中で血を流していたとしても、嫉妬でドス黒い何かに支配されそうになったとしても、絶対に縋ったりしたくない。

 だから私も素知らぬ顔をしてセドリックを彼女に引き渡した。

 自分でそう差し向けておいて、胸がチクリと痛むのに気付かない振りをした。


まだ後編が完成してませんが、自分に発破かけるつもりで前編投稿しました。GW明けまでにはスッキリ片付けたい。


この主人公が社会人なのは無理があるなと思って同人ゲーの世界にしました。昔(15〜20年位前)の同人ゲーと言えば円盤でしたが、今やダウンロードが主流なんですかね?

ググってもよく分からなかったので、その辺はふわっとさせています。


執事と言えば定番のセバスチャンですが、原作では執事なのにアニメでは使用人なんですってね、最近初めて知りました。

執事がお嬢様の世話役なのも不自然だし、アニメ流で使用人にしました。なんて新しい試み!y(ಠ∀ಠ)y

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