第4話【たとえ君と師走。】
私の同僚に「たとえ君」というあだ名の友人がいる。物事をなんでもたとえたがるのでそのあだ名がついた。というか私がそう名付け、私しか呼んではいないが。
今日も彼と仕事が一緒になったので、いじりかきまぜることにする。
「やあ、たとえ君。12月になったが、調子はどうだい?」
取り留めもない会話を投げかけてみる。
「そうさなあ。世間は不況で仕事がないやら暇だと嘆いているが。僕にしてみると、やはり12月は師走だね。たとえるなら、コルサコフ君の熊蜂の飛行のようだね。」
そらきた。今回はクラシック音楽をたとえに引き出したようだ。その曲は知らないが、彼は音楽家の名前を君付けで呼ぶ習性があるので恐らくそうだろう。もっとも、以前
『きらきら星』の作者をすぎやまこういちさんだと嘘をついたところ、えらく感心していた様子を見せたところから、あまり信用はしていない。
「熊蜂の飛行?それはどういった曲なんだい?」
今日は少し掘り下げてみよう。
「あれは、せわしなく動き回る熊蜂の生態を見事に表現した曲なのだよ。」
「熊蜂の生態ね~・・・。どんな様子なのだろう。もっと詳しく聞かせてくれよ。」
しばしたとえ君は考える。
「うん、そうさなあ。たとえるならば、バーゲンセールになだれ込む人間のようにせわしないといったところか。」
「なるほど。蜂はもっと優雅なものかと思っていたがな。バーゲンセールね。」
「いやいや、動物はせわしないのさ。バーゲンセールもたとえるならば、あれは戦国の戦のようではないか。」
「戦国の戦?またそれは話が飛んだね。」
たとえ君はまた考え始める。
「いや、つまりたとえるならば、イモ洗いのようにごった返す、真夏のプールのようだということさ。」
「ほう、真夏のプールか。ではまとめると、この寒い中君は真夏のプールにいるような感じというわけだな?」
たとえ君は困惑してみせる。
「ちょっと待ってくれ。」
だいぶ考えこんでしまった。この時間を利用して、仕事に集中することにしよう。ブツブツと独り言をこぼすたとえ君。時折向けられる他の同僚たちの視線は気にならない
らしい。たとえ君の集中力は果てしないのだ。頑張れ、たとえ君。
と、しばらく時間が経って、笑顔のたとえ君がこちらを見ていることに気づく。
「おっ。なにか思いついた様子だな。」
僕も仕事の手を緩め、声をかける。
「ああ、つまり僕が言いたかったのはだ。両極端にあるものは似た性質を持つということさ。」
「ん?詳しい説明を要求しよう。」
「ああ、そうさなあ。たとえるならば、人の表情だ。ものすごく笑ったときと大泣きしているとき、しわくちゃで似た顔になるだろう?」
「う~ん。まあ、そうと言えなくもないな。」
「だから僕は、12月に真夏の話を取り入れたわけだ。寒いのもいやだが、暑いのもきついもんだ。人間、適度なものが一番だ。たとえるならば、鍋やアイスではなく普通の白い飯が一番だということさ。」
自信たっぷりに言い放ったが、いよいよおかしくなってきたぞ。
「おいおい。じゃあ、結局君の12月はどんな様子なんだい?」
「そうさなあ。ま、たとえるなら何かいやな感じってことさ。」
「それはたとえじゃない。」
私が冷たく言い放つと同時に、休憩のベルがなる。実はたったこれだけの会話の間に、4時間もの時間を要していた。たとえ君は、熟考し始めると止まらないのだ。この集中力が仕事に向いてしまうと、いつも定時より早く現場が終わってしまい、こちらの給料も減る程だ。ま、だから前半はこうして考えさせることにしているのだが。
「君のつっこみは、相変わらず熊蜂のようだな。」
お弁当を広げながら、たとえ君はつぶやく。
「それは、するどいってことかい?」
「いや、たとえるならば、タンスの角に小指をぶつけたような鈍痛が襲うってことさ。」
「いいじゃないか。するどいってことで。」
本当はここでも突っ込みたかったが、お昼はゆっくり楽しみたいのでやめておこう。午後も仕事を終わらせるためにあの集中力の無駄遣いはやめよう。たとえ君は便利だ。非常に。