第3話【今と嘘】
どこにある?と聞かれれば間違いなくここにある。だが、そのここも一瞬で今ではなくなるものだ。当然。だが納得できない。それが今というものだろう。
拳を握ろう。握れる。少し歩こう。歩ける。しかし、一旦その構造を機械的に考え出すと途端にぎこちなくなる。今までが嘘であったかのように。
僕はどこ?俺はここ。私は昨日。君は未来。
暗くなった空を見上げる。そこに星はある。だが、厳密に言うとそれは今そこにない。何十年、何百年前の光たち。それは嘘?だが本当。今見えている。
突然こみ上げる痛み。うずく傷。それは誰?昔の自分。今の痛みではない。でも、今まさに痛い。嘘ではないのだ。
涙。今落ちる。この目から落ちた。証明できるか?もう、できない。既に今は泣いていない。
また、空を見上げる。やはり星はある。眼球が捉え、脳が感知する。ほんの少しの誤差。じゃあ、君も今の君ではない。ああ、そう。僕も。僕もだ。
今ここにいる?いや、確かにいる。それでも疑う。やはりいる。今ここにいる。疑っている自分が。デカルトはそう言ったわけだ。
僕はここにいない。嘘をつく。笑う。泣く。やはりここにいる。だが、今はまた証明ができない。それは今じゃないから。
君が亡くなった。聞かなければそうじゃなかった。確認しなければ本当ではなかった。だが、今君はいない。それが今。
でも、僕はここにいる。君はもういない。それでも極端に言えば、君はいる。残りカスとなって、重い石の下。
僕にはわからない。君がいるのかいないのか。いるとは思いたいが、どちらかと言うといないのだろう。
また空を見上げる。そこに君はいないらしい。涙はここにある。君はいないながら、君は僕を泣かす。
毛布にくるまる。暖かい。でも君はいない。それがどうやら本当だ。
目を閉じる。さっき見た星空が目に浮かぶ。君もそこにいる。簡単に思い出せる。今、思い出せる。でも、それは今じゃない。
一秒前の自分を否定できない自分は、今の自分じゃない。それは、一秒前の自分だ。
怖くない。言い聞かせる。つまりは怖い。時計の針は1秒ごとに小さな音を立てる。すぐに今は今じゃなくなる。
それでも今怖い。今痛い。今また涙がこぼれる。共に歩む今じゃなくなったから。
だからそれでいい。怖くていい。嘘じゃないから。
僕はいる。ここにいる。今。