第19話【三つの塊の物語。】
ある時ある場所に、三つの塊があった。ある時ある場所。これでは曖昧すぎるか。では、時間という概念のない世界で特に何かがあるわけではない場所、と記しておこう。
そこに三つの塊が存在していた。
一つは小さいが荒々しい塊であった。広い世界や大きなものに憧れるわけではなく、ともすれば全てを自分のものにする。あるいはそれが敵わないのなら食いつぶしてやろうという野望で、体はピリピリギザギザしている。
一つは大きくて穏やかな塊であった。どこを見るともなく、少しボーっとしていて、他の塊から零れる想いを受け流すでもなく受け取るでもなく、ただただ頷いている。その穏やかさから、それは少し平らにのっそりどっしりとそこにある形である。
最後の一つは大きくも小さくもなく、紳士で誠実な塊であった。辺りを見渡しながらもその目は何か一つをしっかり捕えていて、時に小さな荒々しさと議論したり、また時に大きなそれとゆっくりとくつろいだりしていた。地面に足を着く、自由のききそうな形だ。
「おい、お前ら目障りだぞ。そこにいられると俺の世界が邪魔される。どこかへ行くなり俺に食われるなりしやがれ!」
小さな塊は怒りを前面に押し出して叫んだ。
「君、それはいくらなんでも粗暴ではないか。そんなに自分勝手な事をいうもんじゃない。それに僕らが去ってしまえば君は一人ぼっちの孤独の身になるんだぞ?」
誠実な塊は諭すように、だが少し厳しく言葉をかけた。
「孤独なんぞ恐ろしくはない。むしろ貴様らがいるから孤独という概念が生まれるのだ。さっさと消えてくれ!」
「ん~?何か言ったか?」
ようやく小さな声を聞きとった大きな塊が寝返りをうつように振り向いた。
ドシン!!
「おい!あぶねじゃねえか!!お前はそう動くなと何度も言っているだろうが!!危うく踏みつぶされるところだったぞ!」
小さな塊はぴょんぴょん跳ねながら抗議したが、大きなそれはしばらく何かを考えるようにボーっとしてようやく「いやあ、すまん。」と零した。
「全く貴様のようなやつは、せめて俺の下にいてくれよ。それでこそそのでかい図体が役に立つってもんだ!」
「こら。君の勝手で誰かを踏み台の様に扱うなど、許されるわけがないだろう?」
小さな塊と誠実なそれはまた議論を始めた。
「まあまあ、確かにその小さいのの言うことも一理あるさ。僕はあまりに大きな体を持っている。どうか二人、僕の上で休むなり話を聞かせてくれるなりしてくれ。」
大きな塊は、ゆったりと大きな声で二人の議論に割って入った。
「最初からそういやいいんだよ。よっと。」
小さな塊は大きなそれの上に飛び乗り、満足そうに辺りを見渡した。
「さあて、どこからどう俺のものにしてやろうか。全てが俺のものになれば、何も恐れることはないからな。」
「なるほど、君は何かを恐れているわけか。だからその恐怖を取り除こうと全てに対して荒々しくあたるわけだな。」
「うるせえ!お前のような全てを知ったかぶりしなきゃすまないやつにはわからねえさ!」
「知ったかぶりとは随分だな。君よりは視野を広く持っているつもりだよ。」
二つの塊はいつ果てるともなく、議論を続けた。大きな塊は何に反応するわけでもなく、ただじっとそこにいた。
「ともかく、この世界は俺のものだ。俺が破壊し食いつくして自分のものにするんだ!邪魔するな!」
小さな塊はギラギラしながら、誠実なそれを威嚇した。
「そうはいかない。僕らはこの空間から、それ相応の物だけを頂いて、うまく存在し続けなければいけないんだ!壊さない程度に。自分たちが壊れない程度に。」
「なら、このでかいやつはまずいんじゃねえのか?こいつは大ぐらいだ!こいつがいる限りこの世界が枯れ果てるのは目に見えているぜ!」
誠実なそれは痛いところを突かれたと。カタカタワナワナした。
「それもそうだな。僕が意思を持とうとする限り、どんどんここは枯れ果てて行くだろう。ほら、こうしている合間にも、僕はどんどん食べてしまい、そして大きくなってしまう。ここらで止めてもらうのが賢明だろうなぁ。」
大きな塊はおっとりと、しかしできる限り真剣に言葉を並べた。
「ぐ・・・しかし・・・。」
誠実なそれは考え込んだ。
「それ見ろ。こいつは俺の地面になるか食われるしかねえ運命なんだよ!」
「だが、君にこの世界を委ねてしまうと、きっと全てが壊されてしまう。この空間が・・・。」
「黙れ!その考えも貴様の勝手と言えるではないか!」
「ふうむ。一理あるなぁ。ではどうだろう?僕はこの空間と同調して、君たちが生きる空間となろう。そして君たちは一つになるってのは?」
大きな塊の発言に、二つのそれは呆気にとられた。
「何を寝言をほざいてやがる!忌み嫌っているこのやろうと俺が一緒になるはずがないだろう!」
「そうだ。僕らは相いれない。そんなことは無理だよ。」
二つはそれぞれ懸命に訴えた。大きなそれが一旦動き出せば、抗うことができない程の力を持っているのは明白だからだ。
「いや、それしかないさぁ。これは勝負だ。小さな衝動、欲望が世界を破壊するか。それともそれを抑え込んで調和を目指すか。僕は大きく膨張して、君たちを見守ろうじゃないか。ああ、少しくらいの寝返りは許してくれよぉ。膨張すれば意識がうっすらとして、小さなことには構えないからなあ。」
二つの塊は完全に沈黙し、考えた。大きなそれはただじっとその時を待った。
「うむ。それはいいかもしれないな。それなら全てが存在したまま、なんとか調和できるかもしれない。」
「何を言ってやがる!お前ごときに俺を抑えつけられるわけがないだろう!!見くびるな!」
「おや、怖いのかい?僕と勝負するのが。」
「なに!?・・・いいだろう。吐き気がするがお前の中に入ってやろう。だが後悔するぜ!?おかしな真似をすれば、すぐにでも俺がお前を中から食いつぶす!いや、そのまえにそのでっかいのに踏みつぶされるかもな。」
「うん。それでいい。大きな君は、ほとんど無意識になってしまうだろうが、きっと見ていてくれ。そしてそれでも駄目な時は、僕ごと踏みつぶしてくれ。」
誠実な塊は覚悟を決めた。小さなそれは大声で笑ってしまうのを堪えるかの様に、うすら笑いを浮かべていた。大きなそれはじっと聞き入って、一度大きく頷いた。
「ではこうしようかぁ。君たちはこれから精神的に成長していくだろう。そして、その成長のある種の分岐点になるであろう日に、僕は意識を取り戻そう。そして審判を下すよ。君たちがこのまま進むべきか、消えるべきか。」
「ふん。その時は貴様の体を食い破って、そのままの勢いに全てを手にしてやるさ。」
「ああ、構わない。なんとかやってみようじゃないか。」
「きっと、大きな僕の無意識上の些細な振動でも、君たちは大きく傷つくことになるが、それでもいいというんだなぁ?」
「もちろんだ。その時に起こる悲しみも、僕は手にしなければいけないんだ。そして小さな君も。それを知らなければならない。」
「ごちゃごちゃ言ってねえで、早く始めるぞ?どうせすぐガタがくるんだ。さっさと終わらせてやる。」
「じゃあ、始めよう。」
小さな塊は誠実なそれの中に入り、大きなそれは膨張してその姿は見えなくなった。
誠実な塊の心と、小さなそれのとがごちゃまぜになり、心が生まれ、のちに「人間」と呼ばれるものになった。
ここから襲い来るであろう様々な事象。変動。光。涙。想い。闇。発見。失敗。一つになった塊は、足掻き続けた。
そして膨張した大きな塊が意識を取り戻す日は近い。人間が歩んできた道。それに審判が下る日が。
孤独から逃げるように増殖した人間の中にも、なんとなくその日を覚えていたものがいたらしい。
2012年12月。それがその日・・・なのかもしれない。
人間は複雑です。時折、自分自身がわからなくなる時があります。難しいのです。とても。
今回は噂の2012年というキーワードを取り入れてみました。何が起こるのでしょうね?一体。ただ、何かしらの変化はあるのかもしれませんね。
杞憂に終わればいいのですが。
宇宙規模での変動なら、なすすべないんでしょうね。
ただ、我々はそれでも普通に、しっかりと生きていくしかできないのはなんとなく想像がつきます。複雑なのに単純・・・ですね。