第14話【雲の早駆け】
人一人。それぞれに空間も時間もあって。それは何かではかれるものでもない。だから24時間はしっくり来ないんだ。どうしても。
空を見上げる。冬の遠い空の中で、雲はゆっくり動いていく。
「動くな。動いてくれるな。」
雲が動くことで、時間が進んで行くような感覚に陥る。そこで留まってくれれば全てが平等に静まり返る様な。ある種の破壊願望を含んだ想いがそこにある。
様々な人が「今」や「現実」を語る。文章で。歌で。体で。言葉で。その瞬間だけ共感して頷いたりうなったりはするが、実はあまり残らない。結局実際のところは、しっくり来ていないのだ。残念ながら。
無情にも風が強くなる。より上空の雲はまだゆるりと動いているが、手が届きそうな雲はどうだ。何かに遅れまいと疾走するように加速してゆく。やはり、時間は過ぎていく。
昔、今よりも酷い妄想の海で溺れていた。常に恐怖を含んだ想像の世界。自分だけの。非生産的な悪夢。早駆けする雲を見ていると、それらが魑魅魍魎のように脳裏を横切る。もう忘れたはずの恐怖たち。
もし、自分に時間を止める力があったなら。そんなことを飽きずに考えていた。音楽に耳を傾ける気になれない、漫画に手を伸ばす気力もない、そんな時にきまって。
もし、自分に時間を止める力があったなら。まずはできる限り悪になろうじゃないか。お金も沢山手に入る。眺めているだけのギブソンのギターも自分のものになる。思春期のぶつける方向のない性欲も満たせることだろう。だが、きっとどれもできない。たとえ時間を止めることができても。妄想の中でさえ、僕は僕を越えられないのだ。生まれてこの方、万引き一つすらしたことがないわけだから、仕方がないと言えば仕方がない。
では、どうするのか。結局、何も変わらないのかもしれない。ただ、ボーっとして、また想像の世界へと逃げるのが積の山だ。
死んでやろうか。時間を止めて、自分だけが死ぬ。ビッグバンから137億年続いた宇宙を止めたまま、唯一動かせる自分が死んでしまえば、ある種全てが永遠だ。誰も発掘できない遺跡の様に。今が完全になるのだ。もちろん、誰も僕の死に気づくことはない。これからずっと。いや、時間という概念が消えてしまうのだ。ずっとという表現もなんだか滑稽だ。ただ、そこでまた気づく。自分は死ねない。無気力な時間帯も、こんなに生きたいと思ってしまうのだから。ああ、だが止まってみて欲しいものだ。この時間というものが。
そんな出口のない想いを空にぶつけていた、中学時代。夢を見つけることができないもどかしさは、いつもおかしな妄想へと消えていった。
では、今なら死ねるのか?空を見上げて問いかける。否。死ねない。夢がある。当時思っても見なかった夢が辺りを当時と全く違う世界に変えてしまっている。だから結局僕は死ねないのだ。生きるしかない。
それでも、相変わらず雲に羨望の眼差しを向けている。常に形を変えながら、ただ流れていく雲に。
目を閉じ、念じる。
「雲よ。動くな。時間よ。止まれ。」
目を開ける。雲の早駆けは止まらない。ただ、止まっているのは僕の心だ。この、ずぶい心と体だ。
さあ、随分ゆっくりしてしまった。僕も駆けだそう。どこへ向かうともなく。
約一か月半ぶりの投稿になってしまいました。その間、舞台の作演・出演など、アクティブに仕事をしておりました。
こんな私の作品でも、気にかけてくださってる皆様。今後ともよろしくお願いいたします。