追放したリーダーが、病気で長くない 結②
「……エルヴィン、サラ、ナターシャ。
今まで本当に、ありがとうな。
お前らのおかげで、悪くない人生だったよ」
自宅のベッドの上で、ミッシェルがつぶやく。
3人に笑いかけるミッシェルの顔には頬骨が浮き。
目の下には深い隈ができている。
「そんなこと、言わないで。
きっとすぐに元気になって、また一緒に冒険できるわ」
涙をこらえるように、ナターシャが言う。
その言葉はまるで、砂漠に落とした一杯の水のように、虚しく部屋の壁に吸い込まれた。
―――――
半年前。
酒場で、まだまだ冒険を続けると宣言したミッシェル。
しかしひと月ほど経つと、徐々に身体が言うことを聞かなくなってきた。
手足の痺れによって、思うように技が出せない。
疲労がすぐにたまり、パフォーマンスが大きく下がる。
気丈に振舞っていたものの。
仲間達から見ればその変調は明らかだった。
「ミッシェル。
……しばらくクエストは、お休みしましょう?」
そう提案したのはナターシャだった。
その言葉に、ミッシェルは頷くことしかできなかった。
休むだけ。
少し回復したら、また。
その時は、そのつもりだった。
……しかしそれから先。
このパーティーがクエストに挑戦することはなかった。
3か月後。
ミッシェルは、走ることさえできなくなった。
歩くだけでも息が切れ。
脈が早鐘のように打ち。
全身に形容しがたい痛みが走る。
少しずつ、ベッドの上で過ごす時間が増えていった。
そんな彼を、仲間達は何も言わずに支えた。
交代で家に泊まりこみ。
励ましながら、身の回りの世話をした。
しかし、さらに時間が経ち。
ついには何もしていなくても苦しくなった。
眠っている時だけが救いだというのに、息苦しさと痛みで眠ることができない。
食事も満足にとれず、身体はどんどん痩せていった。
そして皆で飲んだあの日から、半年が過ぎた今。
もはやミッシェルは、起き上がることすらできなくなっていた。
「――ありがとう、ナターシャ。
でもなんとなく、わかるんだ。
多分、次に眠ったら、もう起きることはないと思う」
「そんな……」
ナターシャが絶句する。
その後ろでは、サラとエルヴィンが歯を食いしばり、立ち尽くしていた。
ミッシェルは呼吸すらも苦しい中で、言葉を紡ぐ。
「アルはさ。
やっぱり、もうこの街にいないんだよな……?」
「……ああ。
半年前に、馬車で国外に出たままだ。
それから先、帰ってきたって情報はない」
「そうか……」
エルヴィンの返答に、ミッシェルは虚空を見つめる。
「……死ってのは、恐ろしいもんだな。
あの時の選択は、間違ってなかったと思うんだ。
こんな俺を、あいつに見せるわけには、いかなかった。
それは、間違ってなかった」
ゲホッと、ミッシェルが咳をした。
ナターシャが口元を拭くと、白い布に大きな赤い染みができた。
「でも俺は今。
あいつの顔が見たくてたまらないんだ。
死を前にすると、心の虚飾は全部、剥ぎ取られてしまうらしい。
自分がこんなに、弱い人間だとは、思わなかった。
自分で決意したことすら、貫けないなんてな。
……ただこれは多分。
あいつにあんなひどいことを言った、罰、なんだろう」
誰も、言葉を発せなかった。
沈黙がその場を支配する。
夜の帳の中に響くのは、まるで鎮魂歌のような虫の声だけ。
――そこに。
ドンドンッ! と。
ドアノッカーをたたく音が響いた。
皆が音の方を向き、顔を見合わせる。
「誰だろ、こんな時間に……」
訝しさ半分、憤り半分、といった声を出して。
サラが部屋から出ていき、玄関へと向かう。
そのわずかな間も、ノックの音は響き続けた。
ナターシャとエルヴィンは、不快そうに眉間に皺を寄せる。
しかしミッシェルだけは。
ほんのわずかに、何かを期待しているような表情に変わった。
「うるさい!
ミッシェルの身体に響くじゃない!
……って、え? うそ……」
ガチャリとドアを開ける音の後。
サラの声は聞こえなくなり、代わりに足音が響く。
ずんずんずんずんと、近づいてくる。
そして、部屋のドアが開いた。
入ってきたのは――。
「兄貴!」
「「「アル!?」」」
入ってきたのは、アルフォンスだった。
突如、乱入した彼に一同が驚く。
「ただいま、みんな。久しぶり」
懐かしさを滲ませて、アルフォンスが言う。
皆が驚く中で。
ミッシェルは胸がつまり、言葉が出なかった。
久しぶりに見たアルフォンスは、大人びて見えた。
それはまさに、ミッシェルが最期に見たいと切望した、成長した弟の姿だった。
「アル、よく……よく来てくれた。
ちょうど今。
世界で一番、お前の顔が見たいと思ってたんだ」
「兄貴……」
アルフォンスは、兄の姿を見て言葉を失う。
ミッシェルは、半年前とは別人のようだった。
頬はこけ、手足は細くなり、話す声にも力がない。
瞳に宿っていた優しい光さえ。
迫る死の影に、かすんでしまっていた。
「……アル、今更こんなこと言ったって、もう遅いのは分かってる。
でも、頼む。
言わせてくれ。
すまなかった。
あんな……あんな酷いことを……お前に……」
ミッシェルの目から、涙が溢れた。
それを見たアルフォンスの目にも、涙がたまる。
「いいんだ、兄貴。
全部……全部わかってるから」
アルフォンスはミッシェルのやせ細った身体を抱きしめた。
その瞬間。
アルフォンスは、パーティーを追放されてから苦しんだ日々の全てが、報われたような気がした。
「……すまない。
本当は、こんな姿を見せるつもりはなかったのに。
結局お前に重荷を押し付けてばかりに、なっちまったな。
だが……もう、やり残したことはないよ。
ありがとな、アルフォンス」
ミッシェルはそう言うと、一息つき、安らかな顔で目を閉じた。
ベッドに横たわるその身体からは、もはや生気というものが使い果たされていた。
その顔を見て、その場にいる者は悟った。
今日がミッシェルの命日だと。
最期に、彼は弟に会うことができた。
そんなせめてもの幸運を、噛み締めた。
……ただ一人を除いて。
「ダメだ」
「……は?」
「ダメだよ、兄貴」
「ダメって……何がだ?」
自分の遺言ともいえる言葉を否定され、ミッシェルは戸惑う。
しかしアルフォンスは、絶対の決意を以ってこう言った。
「まだ死なせないってことだよ」
コトリと。
アルフォンスはガラス瓶を、机に置いた。
中には、虹色に輝く液体が入っている。
「それは……なんだ?」
ミッシェルが尋ねる。
こんなものは、誰も見たことがなかった。
「これはさ、北の国のS級ダンジョンで手に入れたんだ。
霊龍の角から作った、霊薬だ」
「え?」
声をあげたのは、ナターシャだ。
「それってつまり……。
あのおとぎ話に出てくる、アレってこと?
万物の不例を取り除き、その調和を取り戻す、と言われてる、あの……?」
ナターシャが、驚愕の面持ちで呟く。
アルフォンスはその瓶の蓋を開けて、ミッシェルの口元へと近づけた。
「兄貴、飲んでくれ」
「……いいのか?」
「当たり前だろ、ほら、早く」
ミッシェルはゴクリと、液体を飲み干す。
途端、ミッシェルの身体が淡く輝き始めた。
「……なんだ、これは!?
痛みが、消えていく!
さっきまでの息苦しさが嘘みたいだ!」
動かすことも困難だった両腕を軽く持ち上げて。
光る手の平を見ながらミッシェルは言った。
「ウソ、ホントに?
ホントに治るの?
また一緒に、冒険できるの!?」
サラが期待を抑えきれないように言う。
ナターシャは絶句し、エルヴィンは嗚咽を漏らしながら、涙を流していた。
「……身体から病魔が消えたのを、確かに感じる」
光が収まった後。
ミッシェルが、まだ信じられないといった様子で呟いた。
「……ははっ。
俺は夢でも見てるんじゃないか?
もう会えないと思ったアルに会えたと思ったら。
今度は治らないはずの病が治ってしまった。
こんなっ……こんなこと……。
夢じゃない、ほうが、おかしい……」
抗い続けていた病。
恐怖していた死。
それらから解放された喜びは、筆舌に尽くしがたいものだった。
涙と嗚咽で、ミッシェルはうまく言葉を紡げなかった。
そしてその様子を、その場の皆が涙して見守った。
皆の涙が止まった後。
ミッシェルは、アルフォンスに礼を言った。
「本当にありがとう、アル。
お前のお陰で、まだ生きていられるよ。
……しかしこんな貴重なもの、手に入れるのは大変だっただろう?」
その質問に、アルフォンスは少しだけ、言葉を詰まらせた。
アルフォンスの頭に、その代償となったものが浮かぶ。
「……気にすんなよ、兄貴」
しかしアルフォンスは、何でもないように言った。
「兄弟なら、当たり前だよ」
―――――
数か月後。
いつかの酒場。
「今日も疲れたねー」
「疲れたのは、お前がダンジョンに忘れ物なんかするからだろーが、サラ」
「うるさいなー。
エルヴィンだって前に同じようなことしたじゃん。
自分のことを棚に上げるなんて、よくないと思うなー」
「まぁ、いいじゃない過ぎたことは。
とにかく座りましょうよ」
「そうだな。せっかくクエストを達成できたんだ。
祝おうじゃないか……なぁ、アル」
「ホントだよ、みっともないぜ、二人とも?」
「うるせー、お前だって……」
中身のない話を、ダラダラとしゃべりながら。
5人でテーブルを囲み、食事を注文した。
「「「「「カンパーイ!」」」」」
今日のエピソードを、面白おかしくサラが語る。
皆でそれを笑いながら、酒を飲む。
それはいつも通りのクエスト後。
何の変哲もない、星の綺麗な夜だった。
宴もたけなわになった頃。
ポツリと、アルフォンスが言った。
「なぁ、本当に俺、このままここにいていいのか?
もう占星術師じゃなくなって、星占い師、なんて下位の職業になっちゃったんだけど。
スキルのレベルも1になっちゃったし。
けっこう、脚引っ張ってる自覚あるぞ?」
隣のエルヴィンが答える。
「関係ねーよ、アルフォンス。
俺らがお前と組んでるのは、能力があるからじゃねえ」
その返答を聞いて。
アルフォンスは少しだけ、聞いた自分を後悔した。
……わかってる。
足を引っ張る俺と、みんなが一緒にいてくれるのは。
俺があの時、兄貴を救ったから――。
「もちろん、お前がミッシェルの病気を治したからでもねえ」
「……は? 違うの?」
エルヴィンは、当然のように言う。
しかしアルフォンスには、その他の理由が浮かばない。
ふと周りを見ると、パーティー皆が、訳知り顔で頷いていた。
「それはな……お前が、お前だからだよ」
エルヴィンがアルフォンスのグラスに、なみなみと酒を注ぐ。
「下らねーこと言ってないで、ほら、飲め!」
やめろよ、と言いながら。
アルフォンスは嬉しさに上がる口角を、噛み殺すのに必死だった。
それは自分がどんな状況に陥っても。
この仲間達から「追放」されることは、もうないのだと。
そう信じることが、できたからだった。
了
もしもこの作品を気に入っていただけましたら。
同時に投稿している長編がありますので、そちらもぜひご一読ください!
本作もがんばりましたが、その100倍以上の労力をかけて作り上げた、最高の物語です!
タイトル: タナカ ハジメの冒険
URL: https://ncode.syosetu.com/n9907hr/