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追放したリーダーが、病気で長くない 転

 酒場の入り口から入ってきた、4人組。

 それは忘れられるはずもない、見慣れた顔ぶれだった。

 俺は全身を硬直させ、やつらの会話に聞き耳を立てる。



「あー、今日も疲れたなぁ」


「もう、疲れたのはエルヴィンが道を間違えたからでしょー」


「うるせえ、サラ。

 お前だって自信満々にこっち! って言ってただろうが」


「……まぁ、従った私たちも同罪ね。そんなことは忘れて飲みましょう」


「そうだな。

 とにかくクエストを達成できたんだ。

 祝おうじゃないか」


 やつらは俺のすぐ後ろのテーブルに座った。

 ウェイターを呼んで、注文している。

 間もなく、酒がテーブルに並んだ。


「では、今日のクエスト達成を祝して」


「「「「乾杯っ!」」」」


 そう言って。

 やつらはグビグビと、酒を飲み始めた。


「あー、やっぱクエスト後の酒は最高だな」


「同感!

 店員さん! もう一杯同じの!」


「うお! サラ、お前もう飲み干したのかよ!

 くそ、負けてられん!」


「もう、二人ともそんなに飲んで。

 明日に響いても知らないわよ」


 溺れるように飲もうとするエルヴィンとサラに、ナターシャがあきれながらも笑って言う。

 兄貴はそんな3人を眺め、優しい顔つきでグラスを傾けていた。


 その後も。

 しばらく観察を続けたが、やつらは和気あいあいとした雰囲気で、酒を飲み続けるだけだった。



 …………。

 ……なんなんだ、これは。


 B級に落ちたんだろう?

 そのB級のクエストさえ、失敗することもあるんだろう?

 なんで、そんな風に笑ってやがる!

 なんでそんな風に、楽しそうにしてるんだ!


 目の前のグラスを、一気に飲み干す。

 憎たらしさのあまり、グラスを握りしめて割りそうになった。


 ――ふざけるなよ。


 俺は、無様なお前らを笑いに来たんだ。

 ランクが落ちたことを引きずって、みっともなく責任のなすりつけあいでもしてるお前らを、酒の肴にしにきたんだ。

 正体を明かした俺にすがりつくお前らを、蹴飛ばしに来たんだ。


 なのに。

 後ろのテーブルからは、笑い声が絶えない。

 今日のクエストで起こったエピソードを、サラが面白おかしく話している。

 みんな、それを笑って聞いている。


 ……なんなんだよ、これは。

 これじゃあみじめなのは、俺の方じゃないか。


 ふざけるなよ。

 もっと、陰気にしてろよ。

 欝々としてろよ。

 あの時、俺を手放さなければよかったって。

 そう言えよ。

 ちくしょう。


 俺が誓った復讐も。

 死に物狂いで得た力も。

 やつらにとっては、何の関係もないことだった。

 やつらは俺のことなんかとうに忘れて、ただ楽しく冒険者をやってやがる。

 畜生畜生畜生!

 畜生っ!!


 つまり、やつらが俺を追放したのは、俺の能力が原因じゃなかったんだろう。

 俺がいなくなってから、すぐにランクが下がって。

 いくら何でも、俺の貢献に気づいていないわけがない。


 能力以外の俺の何かが、あいつらとは合わなかったんだろう。

 もしかしたらただ普通に、俺を嫌いだったのかもしれない。

 スキルに関係なく、追放という結末は決まっていた。

 能力を高めてあいつらを見返そうとした俺の行動は、無意味だった。


「あはははは、もう、やめてよエルヴィン!」


「ははははは!」


 後ろから響く笑い声が、心底カンに触る。


 ……もういい。

 ここに居たって、余計みじめになるだけだ。

 もういい。

 どうでもいい。

 帰ろう。


 結果として、俺は力を手に入れたんだ。

 それを使って、これからの人生を謳歌してやろう。

 こんなやつらのことなんて、忘れてしまおう。


 俺が席を立とうとしたその時。



「――それにしても、すごいよね、アルフォンスは」



 サラの無邪気な声が、俺の鼓膜を貫いた。

 高圧の電流が流れたかのように。

 身体がビクリと硬直する。

 指一本、動かせなくなる。


「私たちと別れてから、どんどん有名になっていったよね。

 飛ぶ鳥を落とす勢い、って感じ!

 すごいよね!」


 弾むようなサラの声。

 まるで他の音がなくなったかのように、それだけが俺の耳に響く。


「ああ、まったくアイツはとんでもないやつだったなぁ。

 今やこの街唯一のSランク冒険者。

 『因果律の支配者』なんて呼ばれてるんだろ?

 カッコいいよなぁ」


「その二つ名はどうかと思うけどね。

 でも、すごいわ。ホントに。

 ミッシェルも鼻が高いでしょ?」


 エルヴィンとナターシャも、それぞれ意見を言う。

 話題を振られた兄貴は、ゆっくりとグラスを置いて、微笑んだ。


「……ああ。

 あいつは、俺の誇りだよ」


 その言葉に。

 心臓がドクンと跳ねる。

 背筋に暖かいものがこみあげてくる。

 鼻の奥がツンとする。

 両目から、涙が溢れてくる。


 理性とは別のところで、感情が反応してしまう。

 俺はずっと、その言葉を聞きたがっていた。


「うっ……ぐっ……」


 嗚咽が漏れる。

 なんだこれ。

 どうなってるんだ。

 こんなことを、こいつらが言うはずがない。

 だって、それならなんで、あの時は。


「よかったね、ミッシェル。

 弟の晴れ姿、見ることができて」


 サラの声。

 晴れ姿? 

 ……もしかして、Sランクの叙勲式のことか?

 遠い王都の広場でやったあの式に、こいつらも来ていたのか? 


「ああ、本当に。

 これで思い残すことはない」


 兄貴は満足げに息を吐いた。

 他の面々は、複雑な顔で兄貴を見る。

 訳が分からない。

 それじゃあまるで……。


「俺の寿命は、あと半年程だからな」


 フッと。

 自嘲気味に、兄貴は笑った。


「ねぇ、それって本当に確かなの?

 何か方法はないの?」


「ない。

 治癒魔術じゃ、病気は治らないからな。

 身体の中に悪いできものができて、それが身体中に飛んでひどい悪さをしているらしい。

 薬師のおかげで少しは抑えられているが、根本的にはどうしようもない」


 その声は、どこか別の世界の話のように、俺の耳に響いた。


 ……あの兄貴が。

 優しくて誠実で、誰より強かった、あの兄貴が。

 あと半年しか、生きられない……?


「俺も以前、薬師に聞いたら言われたよ。

 『治せるとしたら、おとぎ話に出てくる霊薬くらいです』だとさ。

 調べてみたら、北の国のS級ダンジョンの奥にあるらしいが、100年以上も見たものはいないらしい。

 無理に決まってる。

 それなら俺はこうやって、お前らと慣れた場所で冒険していたい」


「……ごめん、嫌なこと聞いちゃって」


「いいんだよ、サラ。

 しょうがないさ。

 アルも立派になったし、俺は満足だ」


 ……なんなんだよ。

 話についていけない。

 いったい何の話をしてるんだ。


 俺の混乱をよそに、兄貴が息をつく。


「あの時の決断は、やっぱり間違ってなかった。

 あいつのことは、俺が誰より知ってる。

 俺は自分の余命を知った後、無邪気に笑うあいつを見て思ったんだ。

 アルは、この時間が永遠に続くと思ってる。

 アルはきっと、俺の死に耐えられない、ってな」


 皆が押し黙る。


「でも、自分を追放するような馬鹿な兄貴なら別だろう?

 自分を手ひどく裏切るようなクソ兄貴が死んだところで、あいつの人生は止まらない。

 ……お前らには、迷惑かけたが」


「アル君を突き放すの、つらかったんだよ?

 あれからしばらく、ご飯も食べられなかったもん」


「ああ、あれはしんどかった。

 俺達を恨んでくれていいから、あいつには幸せになってほしいがなぁ」


「アル君、元気にしてるといいね」


 ……おい。

 おいおい。

 おいおいおいおい。


 なんだよ。

 なんだよそれ。

 じゃあ何か?

 あの時俺を追放したのは、俺が兄貴の死に、ショックを受けないようにするためだったって言うのか?

 俺がずっと抱いていたこの恨みは、全部勘違いだったって言うのかよ。


「だが、お前らは本当によかったのか?

 アルは優秀だ。

 俺が提案しておいてなんだが、あんな別れ方をしなければ、俺が死んだ後もパーティーを続けられたと思うが」


 兄貴がメンバーの顔を見回す。

 エルヴィンはサラとナターシャと目を合わせ、代表するように答えた。


「いいんだよ。

 それについては、お前から相談された日に話し合ったんだ。

 お前がいなくなったら、このパーティーにはアタッカーがいなくなる。

 どれだけアルが確率操作したって、俺たちだけじゃ高ランクの敵を倒せないんだ。

 でもあいつは優しいから、俺たちと組み続けようとするだろう。

 それじゃ、Sランク冒険者になるってあいつの夢には届かない。

 俺達は、あいつの足を引っ張り続けるくらいなら、あいつに独りでも夢を叶えてほしかったんだよ」


 うんうん、と。

 サラとナターシャが頷く。


「……そうか。

 悪い。なんかしんみりしちまった。

 俺が余命の話なんかしたからだな」


 兄貴は切り替えるように首を振った。


「なに、薬を飲んでれば、俺はまだまだクエストをこなせる。

 俺はお前らと冒険してる時間が、一番好きなんだ。

 休めると思うなよ。

 またすぐにダンジョンを攻略するぞ!」

「「「おおっ!」」」


 カンパーイ! と。

 グラスをぶつける音を尻目に。


 俺は微動だにできずに、空のグラスを見つめていた。




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