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蛇足 告白を断るときは誠意を込めましょう


 男は今年、大学受験を控えていた。最近は友人と格闘ゲームをするのにハマっている。将来の夢は特になく。大学は先生に言われるがまま決めた。

 この先も、なんとなく大学に出て、なんとなく就職し、なんとなく結婚して子どもができるのだろうと、男は思っていた。


 しかしある時、男は運命の出会いをした。



「きゅんぱら?」


 新作のゲームが出たからと、友人二人に付き合わされゲームショップに来た時のことだ。無駄にキラキラした男達のイラストが描かれたパッケージが目に入った。


(乙女ゲームとかいう奴だっけ?)


 たしかこのタイトル、聞いたことがある。クラスの女子がキャーキャー煩く話していた。なんでも、今女性の間で人気の乙女ゲームなのだとか。

 こんなののどこが良いのか。女の子が可愛いのは認めなくもないが、こんな派手な頭の高校生が生徒会なんておかしいだろう。生徒指導は何をしているのか。

 男はなんとなくパッケージをひっくり返した。

 息が止まった。


 


 ゲーム紹介の、ほんの小さなスペース。そこに、彼女はいた。


(可愛い)



 一目惚れだった。



 気に強そうな瞳。雪原のような銀色の髪。意地の悪そうな唇。透けた肌。真っ赤なドレス。


 すべてが、男のハートを捉えていた。



「どうしたー? お、なになに、お前こんなのに興味あんの?」

「えー、お前いつの間に女になったんだよー!」

「っ、んなわけないだろ。ちょっと気になっただけだよ」


 友人の腕が肩に乗る。からかいの入ったそれに、慌てて否定をいれる。急いでパッケージを元の場所に戻した。これ以上からかわれないように、男は友人に聞く。


「それより、ゲームあったのかよ」

「おうよ、見ろよこれ、初回限定版だぜ」

「んじゃあ、早く会計して行こうぜ」


 友人の背を押して、その場を離れる。最後に、もう一度パッケージを見る。


(キュンパラ、キュンパラ、キュンパラ、覚えとかねぇと)


 そして、店を出た。



 家に帰り、パソコンを立ち上げる。


「リリア・ルクエイン」


 それが彼女の名前。

 ヒロインをいじめる悪い令嬢。


 男はヒーローが好きだ。逆境に立たされてからの大逆転は燃えるし、正義が勝つとスカッとする。だがその時は、彼女が悪役でも落胆しなかった。むしろ、なんて妖艶なんだと、ますます彼女の魅力に憑りつかれた。

 そしてすぐに、彼女が出ているゲームを購入した。



 それから男は、彼女に夢中だった。彼女はいつも、誰かしらの婚約者だった。どうやら、主人公が特定のルートに入ると、自動的にその攻略キャラの婚約者になるようだ。男は全ルートをプレイした。いろいろな顔を覗かせる彼女が見られて嬉しかった。


 友人にバレないように、隠れて数少ない彼女のグッズを集めまくり。SNSで女に化けて、同じように彼女が好きというコアなファンと語らう日々。その合間に、勉学に勤しむ。


 男の人生は幸せの絶頂と呼べるものだった。







 夜更かししたのが悪かったのだろう。事が起きてから、そのことに気付いた。でなければ、もっとやりようがあったはずなのだ。



 男は大学受験が終わり、自宅学習に入っていた。

 その間男は、あわよくば彼女も出ていないかと思い、発売当日に購入したキュンパラの2作目を、寝る間も惜しんでプレイした。コンプしたのは卒業式の前日だった。

 

 卒業式当日。男は過度な寝不足だった。式が終わり、皆が別れを惜しんでいた。


「おいおいどうしたよお前、なんか怠そうじゃーん」

「ねみぃ」

「あー! もしかしてお前、卒業式が楽しみで眠れなかったのか! ダッセー!」

「「ぎゃははははははは!」」


 一日中だるそうにしている男を、友人達はからかう。それに構う気力は、男にはない。何しろ眠かった。こんな馬鹿共に構う暇があるなら、今すぐ家に帰って寝たかった。絡んでくる友人の手を振り払い、帰ろうと校門に向かう。親なんてどうせ来ていないのだから、勝手に帰っても文句は言われない。


「あの、ちょっといい?」


 校門を出るのにあと一歩という所で、女に声を掛けられた。男は彼女の顔に見覚えがあった。たしか同じクラスのナントカと言う人だ。女は顔を必要以上に赤らめ、もじもじしている。男は彼女がしゃべるのを待った。



「ずっと好きでした。私と、付き合ってください」


 内心で舌を打った。

 男はそれなりにモテた。クラスの問題児とつるんではいたが、素行は問題ない。成績もそれなりに優秀。顔だって悪くはない。口数は多くないが、それなりに話にはノッテくる。ノリも悪くない。

 そして、本人は知らないが、気だるげでミステリアスな雰囲気が女子には好意的に見られていた。

 

 だが、男にとってはそんなもの迷惑以外の何物でもなかった。恋愛など面倒くさいだけだ。


 デートなんかより家にいる方が良い。

 手を繋いでどうするのだ。

 キスをしてどうなるのだ。

 好きだよと愛を囁いてどうするのだ。

 

(面倒くさい)


 現実にいない者を好きなってしまったから、余計にそう思う。

 期待した様子で返事を待っている女には申し訳ないが、うざいとしか思わなかった。




「他を当たってくれ」


 男は女に背を向け、今度こそ二度と跨ぐことはない門を出る。


 昨日まで無駄な時間を過ごしてしまった。今日からまた1作目をプレイしよう。


(帰ったら1回寝て、そしたら王子ルートでリリアに会おう。やっぱメインルートは違うよな。5回やってもまだ泣ける。婚約破棄された時のリリアの声がたまんねぇんだ)


 校門前で信号が青になるのを待つ。信号を待たずとも、左右の道から帰ることは可能なのだが、それでは遠回りになってしまう。信号無視するには車通りが多い。ここはきちんと待つのが賢明だ。

 はやる気持ちを抑え、愛しのリリアの名シーンを思い出して耐え抜く。



「サイッテー!」



 背中をドンと衝撃が走った。寝不足で足元が覚束なかったのもあり、簡単に一歩、二歩と足が前に動く。


 クラクションの音。

 右を向く。

 大きなダンプカー。



(あ、しんだ)



 それから先は覚えていない。







 次に目覚めた時、男はある家の次男になっていた。その家は、代々ルクエイン伯爵家に仕えていた。


 最初は戸惑ったが、愛しの生のリリアに会えるなら良いかと楽観視していた。元の世界に未練はないので、すぐにこの世界に順応できたと思う。リリアの専属執事として、目を掛けて育てられていたのもあるかもしれない。

 男は、まだ見ぬ彼女に会うため、必死に一人前の執事になるための努力をした。そして、男が八歳になった頃、ようやく彼女との面会が叶った。


「あなたがわたちのちつじさんね。ごきげんうりゅわしゅう」


 五つ下の彼女は、子供という言葉を抜きにしてもとても愛らしかった。この世界の至宝かと思わせるほど、整った顔立ちをしていた。周りの大人は彼女にメロメロだった。


 しかし、男は思ったりも感動しなかった。

 つい先程までは、あわよくば自分を好きなってくれないかと思っていた心が、今はてんで起きない。だが、そんなものは小さなことだ。実物の彼女がいることに比べれば、自分のちゃちな恋愛感情などゴミ同然だろう。

 男は、自分が彼女の機嫌を損ねないように頑張ろうと思った。



「旦那様! またお嬢様の寝返りでベッドが壊れました!」

「うん、いつものことだね」


 リリア付きの執事になり早一年。男は、彼女がリリアであってリリアでないことを、すでに理解していた。なぜかこの世界の彼女は、なんでもかんでも物を壊してしまうお転婆娘だった。

 その力は常人では計り知れず、男は大人達に無闇に彼女に触れるなと口を酸っぱく言われたほどだ。



 そして、性格も正反対だった。男が好きだったリリアは、人を人とも思わず、婚約者を物のように扱い、気に入ったものはすべて自分の物にしないと気が済まない性格だった。人の命を奪うことにも、躊躇はなかった。

 だが彼女は、物欲がなく、使用人と同じように働き、物を壊し、人を受け入れる度量を持っていた。


 男はそうそうに彼女への熱が冷めていた。もちろん、ゲームのリリアは好きだ。今も思い出すだけで胸がときめく。だが、この世界のリリアは好きではあるがベクトルが違う。きっと初めて会った時にあまり感動しなかったのは、そうそうに彼女の本質を本能で見抜いていたからだろう。



「聞いてビリー! さっきお父様のお部屋に絵を持って行ったの! リリアが一人で書いた絵だよ!」

「旦那様はお喜びになられましたか?」

「うん!」

「それはようございました。ですが、お嬢様」

「ん?」

「毎回ドアを壊してお部屋に入るのはお止めください」

「はーい」


 この世界の彼女は、王子の婚約者らしい。ということは、十数年後には大勢の前で婚約破棄されてしまうわけだ。だが、この人を見ているとそんなことは起きないように思う。この前会った王子も、男の知る彼とは似ても似つかなかった。


 男は、この世界はゲームの世界でも、とりわけ失敗作が集まった世界ではないかと予測している。そう、例えば初期設定のキャラとでも言えばいいのだろうか。没案の寄せ集めというか。そんなようなモノではないだろうか。



(まあ、何でもいいけど)


 男はこの世界を存外気に入っている。ここなら、取り繕わなくて良い。好きな自分でいられる。好きに振舞っても受け入れてくれる人がいる。

 そして、男はこのリリアのようでリリアでない彼女を、本気で最上の主人と思っていた。もし婚約破棄されたら、一緒に駆け落ちしても良いかなくらいには好いている。



(そんな俺も失敗作)



 だから男も、この世界に来てしまったのだろう。


 男は、この世界に落としたであろうモノに向かって舌を出した。


リリアは、彼のことを兄妹のように思っていますが、彼にとってはそれ以上の存在なのでしょう。


その感情が具体的にどんな名前が付くのかは、彼にもわかっていません。ただ、彼女に一生仕えたいとは思っています。

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