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第8話 しんみりは嫌い


「えーいさ! ほーいさ!」


 掛け声と共に、若い男達が一本の大木を押していく。ズリズリと木は動いていく。しかし、それは雀の涙程度で、これでは木を退かすのに一体いつまで掛かるのか分からない。四人で押してもこの程度か。

 しかも、若い男と言っても、三十代後半の男達ばかり。多少力はあるが、気を抜けばぎっくり腰の可能性があるおじさん達だ。その中に混じる、二十代前半の男も。


「駄目ね」

「駄目だねー」

「全く役に立っていないわね」

「腰が引けているね」

「そこのもう一人の若い男、見てないで手伝ってください!」


 リリア達が村の入り口に遅れて到着する前に、村人と共に木を退かしていたビリー。力には自信がある。しかし、このように掛け声を出しながら共同作業をすることがなかったので、ビリーはこのテンションについていけていなかった。それを遅れて到着した二人が酷評する。


「ねぇ、どうして村の入り口を木が塞いでいるの?」

「薪を作ろうと思って、木を切っていたんだよ。それで、どうせなら大きい方がたくさん作れるだろ。だから、村の入り口にあった一番大きい木を切ったら、間違えて村の出口の方に倒しちゃったんだよ、僕のお父さんが」


 エリックは隣で申し訳なさそうにしている男を指差した。察するに彼がこの村の村長なのだろう。そして、エリックの父親だ。見た目からして頼りなさそう。



「ドジな村長さんね」

「うん、お父さんよく何もないところで転ぶから」

「面目ない。あ、私は村長のジンです」

「リリアです」

「私じゃ頼りないと思いますが、何か心配事があったら言ってください」


 頼りなさそうではあるが、優しそうな人だ。歳は四十代前半くらい。エリックの父親にしては若い。彼はビリーと同じらいの年齢だ。ということは、十代で子供ができたことになる。

 気配がないのは、家族揃ってさすがと言えよう。エリックが指摘するまで、リリアは終始彼の存在に気付かなかったかもしれない。


(というか、村の入り口がこんなことになっているのに、村の人達が全く気にしていないってどういうこと? もしかして、こういうの日常茶飯事?)



「ウチの村長は、火加減間違えて自分ん家燃やしたり、迷子になって一週間帰らなかったりする人だから気にしたら負けだよ」


 その時、リリアの考えを読むかのように、声を掛ける者がいた。驚いて振り返ると、そこにはビリーの家出先であるハンナがいた。


「ハンナさん。ごきげんよう」

「はい、ごきげよう。リリアちゃんは、今日も可愛いね」

「ハンナさん、彼女にあまり変なこと言わないでください」

「変な事ってなんだい。アタシはホントのことしか言ってないよ。だいたいアンタがしっかりしないのがいけないんだろ」

「いだっ!」


 ハンナがジンの背中を叩いた。彼はあまりの痛さに涙目だ。村人に怒られる村長って、どうなのだろうか。



「えーいさ! ほーいさ! おい新入り! もっと腹から声出せ!」

「イエッサー!」


 ビリーの声が聞こえる。良い具合に村人にしごかれているようだ。リリアは日頃の恨みを込めて、もっとやれと心の中と言った。


「痛いですよ、ハンナさん」


 ジンが、叩かれた背中をさする。ハンナは、腰に両手を当てた。


「良い大人が、ちょっと叩いたくらいでメソメソするんじゃないよ。アンタも良い年なんだから、エリックに村長を引き継がせる前に、もっと威厳をだね―――」


 ハンナの説教が始まった。本当に、この人が村長で良いのだろうか。


「あの雲、ボールみたーい」


 そして、エリックは空をボーっと眺めていた。意味が分からない。自由人すぎる。彼が次期村長で良いのだろうか。


「貴方は手伝わないの?」


 リリアは、エリックに聞いた。彼はこの村でもかなり若い部類だ。それに、あれは自分の父親の不始末でもあるのだ。行かなくていいのだろうか。エリックは、ゆっくりとリリアの目を見つめる。

 彼はいつも動作が遅い。



「見て」


 彼はそう言って、服の袖をまくり腕を曲げた。力んでいるのだろう。だが、二の腕には何の変化も見られない。


「毎日腹筋や、腕立て伏せをしているんだけどね。どんなに頑張っても筋肉がつかないんだ。時々、子供達と腕相撲をするんだけど、いつもギリギリだよ」


 それは勝つ方だろうか。それとも負ける方だろうか。


 リリアは、腕相撲などしたことがない。小さい頃、やろうとしたことがあったが、周囲の者に止められた。リリアはいつも壊す側だ。彼はどうなのだろうか。


 まだ木を動かしている男達を見る。



「刺すのは得意なんだけどなー」



 エリックは腕を伸ばし、袖を下ろす。声にすらなっていない呟きは、誰に聞かれることもなく空気に溶けていく。



 正反対な自分達。リリアは、聞きたくなった。


「ねぇ」


 彼の顔を見る。エリックは変わらぬ眼差しで、リリアを見つめていた。


「目の前に、すっごい力持ちな人が現れたら、貴方はどう思う?」


 ぼーっとした顔が、緩慢な瞬きを一つする。そして、ふわりと笑った、



「格好良いと思う」



 リリア、ふっと息を吐いた。口元を上げる。


「待ってて」


 銀色の髪が靡く。いまだに頑張っている男達に近づく。


「ビリー」

「あ、お嬢様」

「そこ、どいてくれる」

「え、しかし」

「いいから。皆さんも退いてちょうだい」


 リリアは、男達を木から遠ざける。ビリーだけは、物言いたげな視線を送っていたが何も言ってこなかった。これから、自分がすることを分かっているのだろう。木に手の平を付ける。思ったよりも大きい。太さは、リリアが目一杯腕を回しても足りないくらいある。


「おいおい、嬢ちゃん。まさか、お前一人でやる気じゃねぇよな」

「そのまさかよ」

「はっはっはっ、止めとけ止めとけ! そんな細腕じゃ一生無理だよ!」


 おそらく彼が若い男達のリーダーなのだろう。がっちりとした腕、服の上からでも分かる筋肉が逞しい。男は大口を開けてリリアをあざ笑う。リリアは、不敵に笑った。


「どうかしら、ね」


 リリアは腕に力を込めた。それまで少ししか動かなかった木が、簡単に動いていく。

 1分もかからなかった。

 村の入り口が再び開いた。



 開いた口が塞がらないとは、まさにこの事。


 誰もが目を見開き、先程の光景を受け入れられないでいた。ハンナも説教を忘れて、こちらを見ている。ジンとエリックも、同じ顔をしていた。


(さて、どうしましょう)


 やってしまったとは思っていないが、こうやって公の場で自分の力を見せたことはなかった。生憎、収拾の付け方などリリアは知らない。いつも自分は荒らす側だ。


(まあ、怖がられても別に良いけど)


 その時はしょうがない。リリアの行動範囲が、あの家になるだけだ。すると、ずっと拳を握って俯いていたビリーが、顔を上げた。


「どういうことですか、お嬢様!」

「何が?」


 その声はとても怒っていた。


「隠さないなら最初から退かしてくださいよ!」

「だって、さっきいいかなって思ったんだもん」

「俺の無駄に掻いた汗を返してください」

「嫌よ、なんか臭そう」

「あ、傷ついた。今、すっごく傷つきました。罰として、今日の夕飯はお嬢様が作ってください」

「失敗して良いのね」

「やっぱなしで」


 軽い調子で交わされる会話。いつもの調子。だけど、珍しく彼が気を遣っている。



 ビリーは知っている。

 彼女が幾度、恐れられてきたか。

 幾度ビリーが、口止めに奔走したか。

 泣き言一つ言わない彼女の強さを、ビリーは知っている。

 だから守りたいと思っている。

 この、誰よりも強くて、誰よりも変わったご主人様を。



「すげぇな嬢ちゃん! どっからんな力が出んだよ! ええ?」


 くだらないことを話し続ける二人に、リーダーの男が近づいてくる。その顔は、天晴とでも言いたげに笑っている。


「悪かったな、嬢ちゃんのこと見くびっていたよ。こりゃあ、俺達よりもガッツがあらぁ」


 頭を乱暴に撫でられる。これがリリアでなければ、不敬として処罰されていただろう。だが、この乱暴で優しさの溢れる撫で方は、嫌いではない。


「おれぁ、ガドだ。力仕事が必要ならいつでも声を掛けな。ま、嬢ちゃんなら必要ねぇかもしれねぇけどな。はっはっはっ」

「ええ、どうもありがとう」

「ガドさん、あまりお嬢様に乱暴しないてください」


 ビリーの言葉で、ガシガシと撫でてきた武骨な手が退けられる。残念だ。ずっとそのままでも良かったのに。ガドの態度でほかの男達がリリアの周りを囲う。端から見れば、危ない光景だ。だが、その中心にいるリリアの顔は明るい。唯一、ビリーだけはあまり近づかないように男達に注意していた。


 その隙間から、エリックの姿が見えた。リリアは、不敵に笑って片目を閉じる。エリックがまた、緩慢に瞬きをした。


 リリアが片目を空ける。両の目に写したのは、頬を紅潮させた彼の笑顔だった。



読んでいただきありがとうございます。


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