第5話 俺のリリア(彼女)を紹介します
畑仕事も終わった午後のティータイム。リリアは、ビリーの入れた紅茶を飲んでいた。窓から見える山と畑を見ると心が和む。外では鳥が囀っていた。
「お嬢様、俺は貴女にこの世界の秘密を教えなければいけません」
部屋の掃除をしていたビリーが、また突飛なことを言ってきた。とても真剣な顔をしているのに、手に持っているはたきが全てを台無しにしている。しかし、そこは空気の読めるリリア。彼女もキリっとした顔を作ってあげた。
「とうとう話してくれる気になったのね。十五年も待った甲斐があるわ」
「聞いて、くださいますか」
「ええ、貴方の口から話して」
ビリーは、はたきを置いた。パンと手を叩く。
「はい! てことでまずは、俺の彼女について話しますね~」
緊迫したムードが霧散した。茶番は終わったようだ。ビリーがどこからともなく、スケッチブックを取り出す。
「俺の彼女のリリアは、『キュンパラ! ~私の愛で貴女のハートをロックオン~』で主人公を苛め抜く、ルクエイン伯爵家のご令嬢です」
「うん?」
「銀色の髪と瞳に、ぷっくりとした唇が愛らしいとても素敵な女性です。ほら、可愛いでしょ」
突然始まった紙芝居に怒ることなく、黙って聞いていたリリア。しかし、彼が付き合っているという彼女の特徴は、まるっきり自分と同じ顔で首を傾げる。
リリアは、彼に告白されたこともしたこともない。付き合っている記憶もないのである。だが、スケッチブックに書かれている彼女は、どこからどう見ても。
「ねえ、貴方リリア(彼女)さんの話をしているのよね。私の話じゃないわよね」
「お嬢様、まだ起きていないんですか? 俺はずっとリリア(彼女)の話しかしていませんよ」
「でもその絵、私にしか見えないんだけど」
そう、スケッチブックに書かれていたのは、どこからどう見てもリリアだった。
「どこがですか!? 全然似ていないですよ! 失礼ですね!」
ビリーは彼女の目の前にスケッチブックを突き付ける。思わず背が仰け反った。
「よく見てください。この他を見下す感じ! 女王様感があるでしょ! 俺のリリアはお嬢様と違って、自分の婚約者に近づく女を片っ端から潰していくめちゃくちゃ性格の悪い女です! 怪力だけが取り柄のお嬢様と一緒にしないでください!」
「ごめんなさい、どっちも貶されているようにしか聞こえないわ」
彼は自分の彼女の話をしているのだよな?
嫌いな女の話をしているのではないよな?
とにかく、ビリーの彼女は人として、いてはいけない人種だということはわかった。リリアが素直に謝ると、ビリーはふんと鼻を鳴らして乱暴に向かいのソファに座る。クッションを敷いているとは言え、そんなに勢いよく座ったらお尻が痛いぞ。案の定、ビリーは痛そうにお尻を抑えている。
「貴方の奇天烈な発想はいつものことだけど、結局リリア(彼女)さんは何なの?」
「だから俺が前世でプレイしていたゲーム『キュンパラ! ~私の愛で貴女のハートをロックオン~』の悪役キャラクターですよ。話聞いてました?」
「今、初めて知ったんだけど」
ふざけたタイトルはさっき聞いていたが、ゲームの名前とは初耳だ。しかも、前世とはなんだ。つまり何か、ビリーには前世の記憶があるのか。だから、いつも変な単語を言ったり、妄想ばかりしていたのか。そういうことか。そういうことでいいんだな。ビリーの残念さも納得だ。そんなダサいタイトルのゲーム、リリアならやらない。
頭が痛くなってきた。眉間を親指と人差し指で揉む。
「えーと、つまり貴方の彼女は架空の人物ということ?」
「架空じゃないです! あの子はいつも俺の心の中にいます!」
「うん、実体はないのね」
どうりで名前が一緒なわけだ。なるほど、彼女はビリーが前世でプレイしたゲームのキャラクターだったのか。で、そのキャラクターは、リリアと全く同じ姿と名前で、設定も同じだと。しかし、性格はリリアとは似ても似つかない悪女、と。
(え、てことは居もしない人をずっと彼女と思っているってこと? コワ)
背筋に悪寒が走る。リリアは思わずブルっと震えた。
「俺も最初は驚いたんですよ。いきなり見知ったスチルが目の前に広がって、しかも俺は大好きなリリアの執事として24時間お傍に仕えられる。神様に感謝しました。ゲームの世界万歳」
「24時間は私がキツイわね」
「でも、蓋を開けてみたらお嬢様はゴリラ令嬢だし、王子はただの変態だし、お決まりの婚約破棄まで行ったと思ったら、田舎に引っ越して泥仕事なんか始めるし。全然、俺がプレイした内容と一致しないんですよ。俺は神に呪いを掛けました」
「呪い返されないと良いわね」
今度はビリーからジメジメした雰囲気が漂い出した。リリアは面倒臭くなってきた。興奮したり、悲しんだり、怒ったり、忙しい奴だ。
「もういいかしら。水をあげに行きたいんだけど」
「いえ、ここからが本題です」
ビリーが瞬時に復活した。前置きが長いな。スケッチブックが捲られた。