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第4話 ユフィ…誰だったかしら?


 リリアは、せっせとトマトの種を植えていた。一通り植え終えて立ち上がると、腰に痛みがあった。畑を作るようになってから知ったが、畑仕事は結構腰にくるのだ。


「おばあちゃん、これでいい?」

「うん、よきかね」


 緑が生い茂る木の下。木陰に座っているおばあちゃんが頷く。この女性は、いつの間にかリリアの家に来るようになったご老人だ。何を話しかけても「うん、よきかね」としか返事をしないので、リリアはこっそり“よきかねおばあちゃん”と呼んでいる。


 身長は一三〇センチくらいと小さく、腰も曲がっている。歳は八十歳くらいだろうか。この時代の平均寿命が七十代なのを鑑みれば、かなりの高齢である。杖を突いているので、足腰が悪いのだろう。だが、それでもなぜかこうして家まで来てくれて、ただリリアの畑仕事を見守っている。

 そして気が付くと、その場からいなくなっている。なんとも不思議なおばあちゃんだ。実は畑の妖精ではないかとリリアは疑っている。



 今日の仕事がひと段落したので、よきかねおばあちゃんと一緒にお茶を飲む。東洋に伝わる湯呑という物にお茶を入れて飲むと、自然とため息が出た。温いお茶が体に染みわたる。この茶はもちろん東洋の物だ。といっても、リリアの湯呑は金属製である。


「緑茶と一緒に食べるケーキは最高ね」

「うん、よきかね」


 このお茶の苦みがケーキの甘みを抑えてくれるから良いのだ。



「おじょうさまー!」



 和んでいるところに、ビリーがやってくる。何か冊子のようなものを持っている。


「どうしたの、ビリー。まだシャベルも鍬も壊してないわよ」

「壊す前提で言わんでください。それよりも旦那様がこんな物を送ってきました」


 ビリーは持っている冊子を一つ渡した。捲ってみると男の写真が載っていた。


「なにこれ?」

「お見合い写真です」

「見りゃわかるわよ。で、なんでそんなものをお父様が送ってくるの?」

「どうも伯爵家に大量に届けられるみたいでして」


 口元が引きつる。リリアは彼が持っている冊子を上から順に開いていく。すべて男の写真が載っていた。どれも正装姿だ。


「お嬢様これを」


 ビリーが手紙を差し出してくる。中身を見なくても誰が送ってきたのか分かっていた。リリアはそれを受け取る。紙を開く。




『リリアへ


元気にしているか?

と書くのが面倒なので用件だけ言うぞ。


お前宛の見合い写真を送った。


              父より


P.S.

なんか廊下に飾ってある壺すっごい違和感あるんだけど、お前知らない?』




「本当に用件だけじゃない!」


 手紙を地面にたたきつける。どうせならと足でも踏んでやる。数回踏んだら気が済んだので、もう一度手紙を拾う。土汚れは手で払ってやった。壺に関しては知らないと言っておこう。


「どうしてお見合い写真なんか」

「伯爵の名が欲しいとか?」

「写真を見てよ、どれも名家の所ばかりよ。それと比べたら(ウチ)なんてたいしたことないわ」

「じゃあ、氷の人形と結婚したいだけとか?」

「だとしても、私は婚約を解消された人間よ。もう18の行き遅れ間近で、傷物みたいなものよ」


 二人はうーんと唸る。



 リリアの実家、ルクエイン伯爵家はそこまで格式高い家ではない。歴史はそこそこ、権力もそこそこ、事業もそこそこと、平均的な貴族の家だ。

 だが、遠い昔にリリアの祖先が王家を助けたことがあるらしく、今でも交流が続いている。そして、お互いの家に歳の近い子供が生まれたら婚約するという約束がされていたようで、リリアは生まれてすぐに王子であるイグニスと将来を誓い合うことになった。

 しかし、その約束も先日切れた。約束は反故となったが、父や王家からは何も言われないので大丈夫なのだろう。



 それよりも、なぜ大衆の面前で婚約破棄された者に、こんなにも見合いの写真が来るのだ。何か思惑があるのか。でなければ、王子に捨てられた女と結婚したい男など相当な物好きだろう。




「いいや、彼が正解だ」

「「うわあ!」」



 二人であーでもないこーでもないと悩んでいると、茂みの中から長身の男が出てきた。二人は驚いて声を上げる。

 よきかねおばあちゃんは、「うん、よきかね」と言った。

 リリアは、茂みから出てきた人物が誰か知ってさらに驚いた。


「イグニス!」

「やあ、引っ越し祝いに来たよリリア。ちょっと待ってね、今出るから」


 なんと茂みの中から出てきた人物は、リリアを振った張本人だった。彼はいそいそと茂みから出てくる。

 艶を持つ黒髪が今日も麗しい。すべてを染め上げてしまいそうな黒に対し、瞳は金色に光っている。誰もが見惚れる美丈夫がそこにいた。


「ビリーが正解って、どういうこと?」

「君が思うより、氷の人形は凄まじく人気ってことだよ」



 彼曰く、リリアは幼少の頃から貴族の間で有名だったらしい。その頃はあっちで破壊こっちで破壊を繰り返していたので、ほとんど家の中で過ごしていた時期だ。

 その頃からリリアは人気で、王子の婚約者だとしても機会があればという男が多かったのだ。だが、本人の人を寄せ付けない雰囲気と王子とのお似合いっぷりに撃沈する者が多く、難攻不落の令嬢となっていた。


 しかし、あのパーティーで見せた笑み。感謝の言葉。あれを見た男達は、リリアにも人の感情があるということが分かった。そして、あの笑みのきっかけとなった、王子との婚約破棄。秘かに彼女に恋い焦がれていた男たちが、一気に燃え上がった。その結果が、この大量に送られてきた見合い写真というわけだ。




「全部アンタのせいじゃないですか!」



 話を聞き終えたところで、ビリーが吠えた。持っているお見合い写真をイグニスに投げつけ、顔面に命中させる。


「痛いなぁ」


 痛いと言いながら、嬉しそうな顔をするのは止めてほしい。


「どうしましょうお嬢様?」

「え?」


 このどうしようもない王子をいかにすべきか。ビリーは、リリアに意見を求めた。しかし、当の彼女は、ちょうど見合い写真を火にくべている所だった。


「ちょっ、何してんですか!?」


 ビリーは慌てて、まだ彼女が持っている見合い写真を奪う。


「だって、どうせ要らないから処分しようかと」

「それで早速燃やすって、アンタどんだけ手が早いんですか! だいたいわざわざ燃やさなくても、旦那様に送り返せばいいでしょうが!」

「手が早い?」

「そこ、嬉しそうにしない!」


 リリアから奪った見合い写真を、またイグニスの顔に投げる。ちょっとくらい避ける動作をしてくれないだろうか。


「そんなことしても、どうせまた送ってくるわよ。それに、貴方は忘れているみたいだけど、この人達が私の力を知っても、まだ結婚を申し込むとは思えないわ。些細なことで殺されかねない女と一緒にいたい人なんて、そこの王子以外いないでしょ」

「まあ、そうなんですけど」


 先にも述べたように、リリアの力は尋常ではない。そのため、彼女は自分から人に触れることはないし、触れられても抵抗しない。それは彼女が、自分の強すぎる力をセーブできないからだ。

 いくら努力しても、心が乱れれば体も自然と反応してしまう。



 少し脅かしただけで、頭を叩かれて脳震盪で死んでしまうかもしれない。

 手を繋いだら握りつぶされるかもしれない。

 抱きしめた拍子に肋骨を折り、心臓を止めてしまうかもしれない。



 それぐらい、彼女の力はピーキーなのだ。どんな馬鹿でも、これだけ懇切丁寧に説明されれば恐れをなす。それを知っても彼女と共にいれると言ったのは、イグニスだけだ。ビリーでさえ忘れがちだが、彼女との距離は慎重に保っているのだ。



「そうだイグニス様、ユメミ様とはどうなったんですか?」


 婚約破棄で思い出した。そういえば彼は、ユメミという女性をリリアがいじめたから婚約を解消したのだ。ユメミという女性は記憶にないが、ビリーの頭の中にはイグニスがそのユメミという少女とイチャイチャしている姿が浮かんでいた。


「ユメミ? 誰だそれは?」

「ほら、お嬢様がいじめたというご令嬢ですよ」

「…ああ、ユフィのことか。彼女は元気だよ」

「ユメミ? ユフィ? いじめ?…何のこと?」


 ビリーは、自分の主人が婚約破棄された理由を忘れていたことについて、何か言うのを諦めた。彼女は興味のあること以外てんで記憶力が無いのだ。ユメミという名も、間違いではないのかと思っていた。案の定、彼の口からユフィという名前が出て、やっぱりかと興奮を見せる。


「ユフィさんとのご結婚はいつですか? お嬢様との式は卒業されてから半年後の予定でしたよね」

「私はユフィとは結婚しないぞ」

「え゛」

「リリアと婚約を解消してから、違う女性と結婚を誓ったからな」

「え゛え゛」


 蛙が潰れたような声が出た。


 そこは、


「リリアとは婚約を解消した。ユフィ、愛してる。俺と結婚してくれ」

「はい喜んで!」


という展開ではないのか。



「うん、よきかね」


 うん、よくない。そして、元婚約者が新たに婚約者を作ったことを知ったリリアは。


「まあ、おめでとう、イグニス。その子はどこの家の子なのかしら?」

「平民の子なんだが、君よりも理想の女性でね。もはや私は、彼女なしじゃ生きていけない」

「そこまで貴方が惚れ込んでいるなんて、相手の子もさぞや誇らしいでしょう」

「待てい!」


 能天気に婚約を喜んでいた。たとえ恋愛対象として好きではなかったのだとしても、もう少し抵抗というか傷つくということはしてくれないだろうか。あまりにも当人達があっさりし過ぎて、ビリーが止めに入ってしまった。



「ユフィさんは!? 超絶清純ヒロインはどうなるんですか!? 王子とのハッピーエンドは正規ルートですよ!? いや、俺としてはどんな方と婚約されてもおめでとうございますを言いたいけどさ! だけど、お嬢様との婚約を解消しておいて、次のお相手が平民なんて、お嬢様が納得されても俺が納得できません!」

「ビリー、貴方そんなに私のことを」

「当たり前じゃないですか、たとえ俺の心のリリア(彼女)じゃなくても、貴女は俺の大事な主人です」


 リリアは、執事の訴えに胸を打たれた。半分以上意味が分からなかったし、分かりたくもなかったが、自分のことを思って言ってくれている。言っている内容は酷い気もしなくもないが、今は目を瞑ってあげよう。ビリーの言葉を聞いたイグニスは、苦しそうに胸を抑える。


「私も、ユフィを婚約破棄の理由に使うのは悪いと思っていたんだ。実際にリリアのことだって好いていた。だが、どうしても私は、これ以上君との関係に耐えられなかった」


 自分の何が彼をそんなにも追い詰めていたのか。リリアだって、彼との結婚は悪くないと思っていた。ちょっと困ったところはあるが、それにさえ目を瞑れば、彼は自分にはもったいないくらい良い人だった。

 彼も苦渋の決断だったのだろう。それを思うとリリアは責められず、口元に手を当てて彼から顔を逸らす。ビリーも、そんな二人の姿を見て、どうしてこうなったのかと思った。イグニスは、皺が付くのも気にせず、自分の服を握り込む。



「だって君は、私を踏んでくれないじゃないか!」

「ん、んー?」


 イグニスが振り絞るように言った言葉に、ビリーは思考が飛んだ。リリアは、もう耐えられないと涙を見せる。


「ごめんなさいイグニス、私じゃ、いつか貴方を踏みつぶしてしまう。手加減だって下手だから、きっとうまく踏めないわ」


 所々にリリアの嗚咽が挟む。そんなに泣く所だろうか。というか、踏むのは良かったのか。

 ゴリラと呼ばれても文句を言わなかったり、踏んでも良いと思っていたり、彼女の許容範囲広すぎないか。


「だけど、そんな私の前に彼女が現れたんだ。彼女こそ私の理想だったんだよ。彼女の踏みは最高だ。だけど、私には君がいた。しかし君の夢は、誰とも添い遂げず田舎に引っ越したいことだと聞いていたから、たとえ君に汚名を着せても私は――」

「いいのよイグニス! 私は貴方のお陰でこうして穏やかな暮らしを手に入れたわ。礼を言うのはこっちの方よ! 彼女と幸せになってね!」

「ああ、今度は二人で挨拶に来るよ!」

「イグニス!」

「リリア!」

「なんだこれ」


 なぜか和解している二人を前に、ビリーの頭は完全に思考を放棄した。



「うん、よきかね」


 良くはないが、ちょこんと椅子に座っているよきかねおばあちゃんを見て癒されよう。だがその前に、これだけは聞いておきたかった。


「あのー、結局ユフィさんはどうなったんですか?」

「公務をサボった副会長達が毎日奪い合っているよ」

「アンチ逆ハー展開かよ! この国大丈夫なんですか!?」

「彼等より優秀なのはいくらでもいるからな、何の問題もない」


(大丈夫かの中には貴方も含まれているんだけどな)


 きっと分からないだろう。なにせ彼は、変態なことを除けば国一番の秀才なのだ。



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