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第3話 リリアは霊長類最強になりたい


「絶好の畑日和ね!」

「そうですね」


 翌日。朝食も食べ終え、一通りの家事をこなした2人は家の裏手にある、更地に来ていた。畑を作る予定のこの土地は、今まで整備されてこなかったので雑草が生えている。土の状態は昨日確認したが、とても良い土だった。これなら新しく肥料を買い取ったりしなくて済みそうだ。


「ビリー、鍬を持ってきて」

「なんで初めから持ってこなかったんですか」

「倉庫に二本あるわ」


 嫌々ながらビリーが家の隣にある小さな倉庫に向かう。それは元からある小屋のようで、少し古臭い。リリアは彼が戻ってくるまで、雑草取りをして遊ぶことにした。チマチマと取っていく。中には根っこが深い物もあったが、そんなことに気付けない彼女は目に着いた雑草をポンポン抜いていく。



「お、じょ~さ~ま~」

「遅かったわね。何かあった?」


 戻ってきたビリーは、ぜえ、はあ、と息が切れている。鍬も持てないのか、戻ってくるなりドサッとその場で手を離す。


「ねえ、本当にどうしたの? すごい疲れてるじゃない。はい、お水」


 リリアは、水筒に入った水をカップに移して渡す。それを受け取ったビリーは、がぶがぶと飲み干した。


「はあ、はあ、どうしたの? じゃ、ないでしょ。何ですか、アレ」

「何って、鍬だけど」

「あんなヘビー級に重い鍬があってたまるか!」


 ビリーの指さした物は、見た目は鍬だった。だが、柄の部分は木ではなく鉄で出来ており、鍬の部分ももちろん鉄だった。申し訳程度に、柄には布が巻き付けられていた。手を鉄臭くさせないためだろう。


「あの鍬とてつもなく重いんですけど! 体がバッキバキに折れるかと思ったんですけど!」

「しょうがないじゃない。普通のだと壊れちゃうんだから」


 リリアは放置されている鍬を軽々と持つ。



(あんなに苦労して倉庫から持ってきたのに、なんだこの人、人間の枠に収めていいのか)


「失礼ね。ちゃんとした人間よ」

「心読まないでください」

「顔に出てるのよ。もういいわよ、後は私がやるから、貴方は休んでなさい」


 リリアがやれやれというように、鍬を掲げて土に突き立てた。しばらく放置されていたこともあって、掘り起こすのに力がいる。だが、そこはリリア。どんどん土を掘り起こし、耕していく。普段力をセーブすることが多かったので、こうやって好きに力を使えるのは楽しい。鼻歌まで口ずさみそうな彼女をじっと見ていたビリーが、「お嬢様」と声を掛ける。


「なにー?」

「よく旦那様が御許しになられましたね。どうやって説得したんですか?」

「それがね、聞いてよビリー。お父様ったら酷いのよ」


 鍬をガっと突き立てる。ピシっと音がしたのは気のせいだろう。リリアの顔は可愛らしく怒っていた。



「イグニスに婚約破棄されて、お嫁にしてくれる人がいなくなったから田舎に引っ越して畑耕して余生を送りたいって言ったら、『そうか、ゴリラの生まれ変わりでも結婚してくれる、心が優しくて広くて清い方は結局いないのか。おお、可哀想なゴリア。長生きしろよ。私はここでお前が健やかに暮らしてくれることを祈っておるぞ』ですって! 娘の名前を間違える父親ってどうなのよ!?」

「怒るとこそこ!?」

「私の名前はリリアよ!」


 リリアは鍬を思いっきり振り上げ、地面に突き立てた。柄が真っ二つに折れる。まだ使って5分も経っていないのに。しかし、そんなことお構いなしのリリアは、「どう思うビリー!」と彼に意見を求める。


「いやいやいやいやいや、お嬢様。そこも腹立ちますけど、もっと違うところに怒りましょうよ。実の父親にゴリラって言われたんですよ。そっちのが酷いでしょ」


 いくらリリアがゴリラ並み、いやそれ以上のパワーを持っていたとしても、娘に向かってゴリラの生まれ変わりはないだろう。年頃の女の子に向かってそれは失礼というものだ。だが、そんな考えとは裏腹に、リリアは神妙な面持ちでビリーに告げた。



「ビリー、ゴリラの群れのリーダーが何と呼ばれるか知ってる?」

「え、ぼ、ボスゴリラ、とか?」

「シルバーバックよ。背中が白いオスのゴリラのことを言うの。見て、私のこの髪を」


 リリアが自分の髪を軽く払う。白に近い銀色の髪をしていた。瞳も同じ色をしている。


「まあ、白っぽいですよね」

「私は思ったの。つまり私はゴリラの頂点に立つ人間ということにね」

「ん?」

「たしかにゴリラと言われるのは、女の子なら誰でも嫌に思うわ。でもね、私はこの髪を持つことでボスになる資格を得ているのよ。ゴリラの握力は500㎏程度。人間の頭なんて簡単に潰せるわ。人類なんて目じゃないの。私が霊長類最強なのよ!」

「すみません、意味が分かりません」


 ビリーは、もう一つの鍬をよっこいせと持った。一本ならまだいける。リリアは、短くなった鍬で土を耕していた。ビリーの持っている奴の方が、遠心力で深く掘りやすいだろうに。どうしてまだ、壊れ奴で掘っているのだろう。だが、彼女は通常より短い鍬でも難なく固い土を掘り起こしている。一体彼女の握力はいくつなのだろうか。



「ようは気の持ちようよ。そりゃあ最初はゴリラの行進だとかゴラア姫のお通りとか言われて悲しかったけど」

「すみません、それ誰が言ったのか教えてもらっていいですか。ちょっと締めてくるんで」

「小さい頃の話よ。あの時は泣いたわ」


 泣いたで済んだのか。父に言って何とかしてもらえば良かったのに。陰口とか揶揄い以前に、もうそれはいじめの域だぞ。よくそれで捻くれずに育ったものだ。


「周りになんと言われようと、私はこの力を疎んだことはないわ。それに、守られるだけの女なんてつまらないじゃない。ゴリラみたいに強い女なら、この先どんなことがあっても立ち向かえるわ。だったら、悲観するより光栄に思わないと。人生は自分で始めるから楽しいのよ」

「ここで畑耕してる人とは思えない台詞ですね」

「そう? この上なくお似合いだと思うけど」


 少女が笑う。太陽の光が髪に反射し、神々しさがある。だが、泥だらけの顔と服ですべて台無しだ。



(これで氷の人形とか言われてるんだから世も末だよな)



 ビリーの主人は、いつも破天荒だ。毎日何かしらを破壊し、屋敷の中を走り回る。重い物を持っている人がいれば代わりに持ってあげたり、逆に使用人に荷物運びをさせられたりしている。力仕事はいつもリリアの仕事だった。使用人に言い様に使われているのに、リリアは喜んで自分の力を使う。使用人の自分にも友達のように接してくる。



 とんでもない変人で奇人。



 それがビリーの主人だった。



 だが、ひとたび外に出れば彼女は仮面を被る。笑みを見せず、喜びを見せず、悲しみを見せず、怒りを見せず。常に無表情。冷静沈着。人との接触をこれでもかと避けてきた。少しでも誰かが触れてこようものなら、「折るわよ」と言って威嚇する。これがどこにでもいる令嬢だったら、怒りに震える者もいただろう。しかし、ピクリとも動かない表情と、抑揚のない声、色素の薄い色が敬遠させた。まるで氷の閉じ込められた人形のようだと、誰かが言った。その表現が広まり、いつしか彼女は「氷の人形」と言われるようになった。いついかなる時も変わらない彼女を、恐れる者は多い。


 その者達が今の彼女を見てどう思うか。


 ビリーにはどうでもいいことだ。



「そういえば、お嬢様。植えるのものは決まっているんですか?」

「この時期ならトマトやナスが良いかしら。リンゴの木は明日届くから良いとして、とりあえず食べられる分だけで良いから主菜は欲しいわね。売り物にするわけでもないから、本格的に作るつもりもないし」

「じゃあ半分だけ耕しときましょう。時期が来たらまた耕せばいいですからね」

「そうね」


 そう話している間にも、どんどん土が掘り起こされていく。リリアの方が耕した面積は多い。これが力の差か。


「ところでお嬢様」

「なーに?」

「代わってください。俺、腰が抜けそうです」

「頑張りなさい」



すみません、再投稿しました。内容は一切変わっていません。


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