最終話 終わりよければすべて良し
長い旅も終わり、リリア達はグリア村へと帰ってきた。
「おお、嬢ちゃん。帰ったか、おかえり」
「ただいま、ガド」
「どうだったよ里帰りは」
一瞬何のことかと思ったが、どうやらリリア達はルクエイン家に里帰りしていることになっていた。ビリーが同行するのは当然のことだが、今回はエリックも特別に行くことになったという設定らしい。おそらく、ジンの配慮だろう。
「ええ、お父様も元気そうで安心したわ」
「そうかい、そりゃあ良かったな。お前等、しっかり嬢ちゃんのボディガードしたんだろうな」
「もちろんですよ、ね、エリックさん」
「? うん」
せっかく誤魔化してくれたのだ。バレないようにリリア達も話に合わせる。エリックだけは、まだ理解できていないようなので、あとで教えてあげよう。
「早く村長に顔見せてやんな。心配してたぜ」
その場でガドと別れ、エリックの家に向かう。その途中で、今度はハンナに声を掛けられた。
「あら、おかえりアンタたち。王都は楽しかったかい」
「ただいまハンナさん、ええ、とっても有意義な時間だったわ」
その後も、行く先々で声を掛けられる。エリックの家に着くと、薪割りをしているジンと、切株に座っているよきかねおばあちゃんがいた。斧を持つ手が危なかっしい。
「おとうさん」
ジンが斧を振り上げた時に、エリックが声を掛けた。ジンはよろけて、後ろの方に倒れる。
(わざと声を掛けたわね)
エリックは父が相手になると、意地の悪い男になるようだ。彼の新しい一面を知った。
「いたたたぁ」
「お父さん」
頭を抑えているジンに、エリックはもう一度名前を呼ぶ。自分を呼ぶ声が誰なのか分かったジンは、ポカンとこちらを見てくる。そして、すぐさま起き上がりエリックに抱き着いた。
沈黙が続く。鼻を啜る音がする。エリックも抱き返す。それで十分だった。
「?」
ふいに気配がして下を向くと、いつのまにかよきかねおばあちゃんが居た。腰を真っすぐにするのは辛いだろうに、精一杯背伸びをしてリリアの頬を皺くちゃの手で触れる。
「がんばったねぇ」
偉い偉い、と言ってリリアに微笑む。それが終わると、今度はビリーに同じことをする。よきかねおばあちゃんは、それを交互に繰り返していた。リリアはビリーと一緒に、照れ笑いを浮かべた。
スルベルは、王位継承権を剥奪され、城に仕える官僚の一人となった。そして、王は最後の候補者、リールに決まった。エリックを王にという声も少なからずあったが、彼の戦いぶりを見た者がこぞって大反対をしたため、すぐにその声も聞こえなくなった。
「兄さん、僕、立派な王になってこの国を立て直して見せます。だから、また来てください。僕が町を案内しますから」
リールの頭には立派な冠が載っており、すでに王としての風格が出ていた。エリックは、彼に喜んでと答えた。
その後について、多く語ることはない。小さないざこざはあったが、国の立て直しは順調そのものだったからだ。
ただ、一つ上げるとするならば、仲睦まじい兄弟が時おり町で目撃されたそうだ。
半月も離れていないというのに、久しぶりに我が家に帰ってきたという気がする。
「有休を申請します!」
帰るなりそう進言したビリーは、必要な雑事が終わると部屋に籠ってしまった。きっと昼寝でもしているのだろう。今回の一番の功労者は彼なので、リリアも労ることにした。
夜、せっかく帰ってきたのに、いまだ興奮が収まらないのか寝付けない。
リリアは、夜風に当たることにした。
外に出て、玄関前の階段に汚れるのも気にせず座る。ここで生活してから、すっかり高いドレスは着なくなった。今のリリアは、高いドレスでパーティーに出ていた頃とは違い、村の女性と同じ装いだ。
(明日は畑のチェックをして、荷物の片づけ、それから部屋の掃除と、あとイグニスに連絡しないと…いえ、彼のことだから明日にはこっちに来そう。ああ、ユナにも会いたいわね)
星を眺めながら、明日の予定を立てる。こうして、ゆっくり星を眺める楽しさを知ったのも、この村に来てからだ。
天体観測を楽しんでいると、ジャリ、と土を踏む音がした。
「こんばんは」
エリックがいた。彼はリリアの隣に座る。リリアは驚いた様子もなく、話しかける。
「自由になった感想はどう?」
家のしがらみから解き放たれた今の気持ちは。
「まだ実感が湧かないな。でも、悪くないよ」
「これからどうするの?」
「何も変わらないさ」
今日はひと際、月の光が眩しい。丸い月が、暗がりを作らない。
「僕は、ここで生きていく」
夜空を見上げるエリックの横顔は、神々しく見えた。その顔をずっと見ていたかったのに、彼はパッとこちらを向く。
「君は?」
「私も変わらないわ。ここが私の居場所よ」
「そっか」
「ええ」
エリックが、妙に色気漂う笑みを浮かべた。
「君のこと、もっと知りたいな」
「あら、もうお互いに隠すことなんてないと思うけど」
「それ以外のこともだよ」
エリックは、壊れ物を扱うかのようにリリアの手に触れる。
「僕は、君の全部が知りたい」
リリアは、無邪気に笑った。
「それじゃあ、貴方の新しい門出に、ご馳走を用意してあげる」
「楽しみだ」
それから二人は、夜が明けるまで語り合ったのだった。
ミルシチア王国の東側。タージェス王国の国境付近に、ある小さな村がある。その村には、不思議なことに小さな要塞が立っていた。
「おかあさん、見てー! マシュマロ作ったー!」
「まあ、ありがとう…あら美味しい」
「おとうさんも!」
「ありがと、うん、上手にできたね」
「えへー」
「うわああ! 俺の台所がああ! もうやだこの親子!」
その要塞からは、けたたましい破壊音と、叫び声、そして子供の笑い声が聞こえてくるそうだ。
めでたしめでたし
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