第25話 大冒険の行く末は
死屍累々と言えばいいのか、それとも圧巻とでも言えばいいのか。少なくとも、リリア達のお陰で死なずに済んだものがいるのは事実だろう。
「ひぃ、く、くるな!」
スルベルが、腰に下げた剣をこちらに向ける。腰が引け、つい先ほどまでの態度が嘘のようだ。
(目ぇ合っただけなんだけど)
ここまで怯えられると、リリアでもショックを受ける。というか、この現状を作り上げた原因は彼にあるのだが、忘れていないだろうか。
「聞いてないぞ、コイツ等が化け物だなんて報告、俺は聞いてない」
リリアは呆れた。スルベルはアホなのか。
「あのね~、護衛もつけずに小さい頃から命狙われてる人が、弱いわけないでしょ。強くならなきゃやってられないわよ」
(その強くなる手助けをした一人に、貴方も含まれるんだけど)
熱心に殺し屋を雇っていましたものね。その結果が、こちらのエリックですよ。
「いえ~い」
「エリック、ピースは止めてあげなさい」
「殺さないで倒すって難しいよね」
「それは同意」
力を加減しなければ怪我などしなくて済むのだが、それではリリア達はただの殺戮者となってしまう。エリックの体にはいくつもの傷ができていた。しかし、かすり傷程度なのですぐに治るだろう。リリアはもちろん無傷である。
「そんな、俺の完璧な計画が、こんな」
一方スルベルは、呆然自失になり無意味な言葉を繰り返す。見かねたエリックが、彼に言う。
「君は初めから、生きているか分からない僕のことなんて、放っておけば良かったんだ。そうすれば、君はすぐにでも王様になれた」
「お前に俺の何が分かるんだ! 外の世界でお気楽に暮らしていたお前に!」
スルベルは剣を放り出し、エリックの襟を掴む。リリアは止めなかった。
「良い成績を収めても、模擬戦で兵士に勝っても、事業に成功させても、弟達より優秀であろうと、父は俺を見てはくれない。いもしないお前と比べれられる俺が、どんなに惨めだったか。いくら母が父に愛を乞うても、あの人は死んだ女の影だけを追い求めた。それがどれだけ屈辱的であったか。
――俺の苦しみがお前には分からないだろ」
スルベルの腕がダランと落ちる。そして、その場に四つん這いになる。
「あの人は、俺を認めてくださらない」
リリアは、心底呆れた。やはり彼は、真のアホだ。ついでにバカも入れておこう。兄弟の問題だから、口を挟むのは止めようと思っていたのだが我慢できない。
「貴方、ねちっこい」
「ね、ねち? ねちっこい?」
急に口を出してきたリリアの言葉に、スルベルは理解が追い付かない。
「それから、うじうじうじうじ鬱陶しい」
「鬱陶しい!?」
スルベルが素っ頓狂な声を上げる。次いで、怒りに任せて怒鳴る。
「貴様、側使いの分際で、この俺を鬱陶しいだと」
「鬱陶しいのは事実でしょ。いつまでも死んだ人のことをネチネチネチネチ、気持ち悪い」
「気持ち悪い!?」
「あっはっはっははははは」
生まれてこの方、言われたことのないワードのオンパレードに、スルベルの表情は色を失っていく。忘れがちだが、リリアの顔立ちはとても整っている。美人の罵倒は、男には堪えるのだ。なお、エリックは爆笑中である。
「貴方と陛下の確執なんか興味ないけど、いくら王の血筋を持っている人でも平民として育ってきた人が王位を継ぐなんて、そんなこと奇跡でも起きない限りありえないわ」
そんなものは、夢物語だ。王の仕事とは、ただの平民が簡単になれるような安い仕事ではない。そんな軽い仕事なら、全世界の人間が王になれてしまう。
「まあ、貴方みたいに気落ち悪いくらい鬱陶しくてしつこい人が王になっても、国を破滅させるだけね」
「そこまではっきり言わなくてもいいじゃないか! それに罵倒が増えてる!」
スルベルは涙目だ。意外とメンタルが弱かったらしい。エリックは、彼の頭を撫でていた。弟の頭を撫でる習性でもあるのだろうか。
「僕は言いたいこと言ったから、特にないんだけど」
まるでタイミングを計ったかのように、王の間の扉が開く。
「やっぱり王様は、相応しい人がなった方がいいと思うんだ」
カツン。靴の音が鳴る。どこかでリール様だ、という名が上がる。
「ちょっとお嬢様、俺が連れてくるまで時間を稼ぐんじゃなかったんですか。もうすでにラストバトル終了してんですけど」
「あとで説明してあげるから、貴方は黙ってなさい」
リールと共に部屋に入ってきたビリーは、足早にリリアの元に来る。リールが、スルベルの前に立つ。書状が広げられた。
「スルベル兄様、貴方の横領、税金の搾取および私費としての使用、並びに罪のない人を手に掛けた罪、その他余罪を含め、兄様を正式に次期国王候補から除外します。証拠は後に管理委員会に提出いたします。そして、エリック兄さんは、情緒の不安定さ、現国の状況、王としての器、教養を吟味した結果、王には相応しくないと断定。よって、この僕リールが、第41代タージェス王国の王となります。これは、評議員を交えて決定したことです」
兵や城の使用人たちが、次々に王の間に入ってくる。そして、けが人の手当てや、スルベルに加担した者達を捕らえていく。
「兄様、もう止めましょう」
はは、と乾いた笑いがスルベルの口から落ちた。
「そうか、俺は、負けたのか」
リリアは、やっと終わりを感じ取り、ホッと肩の力を抜いた。