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第22話 盲目的な愛情は時として恐ろしい

細かく描写していませんが、少し過激なシーンがあります。グロ耐性皆無という方はお気を付けください。


 男には、忠誠を誓った女性がいる。朗らかで、誰にでも優しく、人を平等に愛す人だった。騎士として、生涯守ると誓った。

 しかし、男は最愛の主を失ってしまった。彼女を快く思わない者の犯行だった。


 王は消沈し、使い物にならず。男の手には、彼女の忘れ形見である赤ん坊が託された。


「この子を、見つからん場所に隠すのだ。いずれこの子が、王となるその日まで、良いな」


 王は、赤ん坊が自分の後を継ぐと、男に言った。それまで、誰にも見つかってはならないと告げ、男に子供をミルシチア王国に逃がすよう命じた。


 赤ん坊は、女性の面影を濃く残していた。



(この方は、良き王になられる)


 男はその命令を実行した。男にも追っ手が来ている。残念だが、この子の成長を見届けることはできないだろう。だから、せめて女性の祖父が育ったという村に預けることにした。


 まさか王の息子が、こんな辺鄙な田舎に、それもタージェスに近い村で育てられているとは思うまい。村の入り口に赤ん坊を置いて、人が拾うまで待とうと思ったのだが、運悪く老婆に見つかってしまった。老婆は、赤ん坊の顔を見ただけで、その子が誰の子なのか当ててしまった。


「あの人の孫だいね。お母ちゃんに、よう似とる」



(そういえば、あの方は陛下と出会う前は、時おり村に来ていたと言っていたな)


 良くしてくれるおばあちゃんがいると、女性は話していた。この老婆は、女性が話していた人物と特徴が一致している。男は老婆に事情を話し、赤ん坊を預けることにした。


「あい、ようわかった。家で育てればいいんだね」

「頼む」

「だけんど、王様も酷なことをするね」

「?」


 老婆は、ゆらゆらと揺らして赤ん坊をあやす。その顔は憂いを帯びていた。



「この子は、優しい子に育つ。王様にはならんよ」


(何を言っている。優しい子に育つから、立派な王になるのだ)


 男は反論する口を閉じた。遺恨を残してはいけない。赤ん坊には、健やかに育ってほしいのだ。そして、もう一度赤ん坊のことをお願いして国へと戻った。


(信頼には足るが、この老婆とは相容れない)


 だが、これで安心だ。あとは、時期を待てばいい。赤ん坊が成長し、男が仕えるその日まで――。






 が、願いは叶わず。男は牢屋にいる。王が亡くなっても成長した赤ん坊は来ず、あのぼんくら王子が城を闊歩していた。


(由々しき事態だ)


 王が亡くなったこともあって、ミルシチアまで迎えに行くことはできない。ならばせめて、スルベルが遺言を無視して王座に座るのを阻止しなければならない。


 男は、王亡き後、国に不満を持つ国民を集め、城を占拠しようとした。


 しかし、計画は失敗に終わった。城を占拠する前に、男は捕らえられてしまった。


 だが、諦めるわけにはいかない。


 正当なる王が現れるまで、男は国を守らなければならないのだ。




「貴方が、クーデター派のリーダー?」


 来る日も来る日も、現状を打破するために思考を巡らせていた男に、神は味方してくれた。松明に照らされた人物に、男はこれまでの努力が報われたことを感じた。


 男が分からないはずがない。あの頃とは違い、成長し、精悍な顔になったが、母親の面影を濃く残したその顔。どれほど待ちわびたことか。男は膝を折った。


「エリアクデル様、お待ちしておりました」


 男の体が言いようのない震えに支配される。この時をどれほど待ち望んだことか。



「再びお会いできると信じておりました」

「どこかで会った?」

「ええ、ええ、覚えていないでしょうとも。私が最後に見た貴方様は、ほんの赤ん坊でしたから」


(ご立派になられて)


 凛とした立ち姿は父親に、釣り上がった目元と雰囲気は母親に似ている。みすぼらしい格好なのが気になるが、それでも隠しきれないオーラがある。


「エリック」


 ふいに側使いの女が、知らぬ名でエリアクデルを呼ぶ。その女の方が、エリアクデルよりも上等な服を着ており、なんと身の程知らずな女だと睨みあげる。しかし、名を呼ばれた当人は気に留めない。


「鍵あるけど、どうする?」

「そうだね――」


 言葉を切って、彼が膝を折って目線を合わせてくる。



「さっき、僕の何番目かの弟に会ったんだ。その子は、十五番目かな。リールと言うんだ。まだ十二歳だけど、僕より賢くて、僕よりずっと国の事を思っている。その子とスルベル様以外、王子はいないんだって」


(スルベルを“様”付けする必要などないというのに、礼節を重んじるお方だ)


 そんなところも母親に似ている。感動が引かない男だが、次の彼の言葉で目を剥いた。


「僕は、リールを王にしたい」







「っ、なりません王子!」


 エリックの思いを聞いた男は、怒りを滲ませた声で止めようとしてきた。


「王子は騙されているのです。先代の跡を継げるのは、亡き正妃のお子である貴方しかおられません。その他の者など、貴方の足元にも及ばない、血筋だけが取り柄の凡庸で権力にしか目がない愚か者共です。王になられることに不安でしたら、私をお頼りください。元騎士団長であった私がいれば、いかなる脅威を振り払いましょう」


(僕は、そんな大層な者じゃない)


 エリックはスルベルのようにずる賢くはない、リリアのような行動派でもない、ビリーのようにフォローが上手いわけでもない、イグニスのように万能な王子でもない。


 誰かに誇れるようなモノなんて、何一つ持っていないのだ。



 男の言葉は、エリックには重圧でしかない。


「鍵、貰っていい」

「はい、どうぞ」


 リリアから鍵を貰う。鍵を使って牢屋の扉を開け、中に入る。男は、希望溢れる瞳で、エリックを見てくる。



 エリックは、何も告げずに男の足を切った。


「あ゛」


 間髪つけずに腕も切る。


「う゛、な、なぜ」


 痛みに呻いた男が、困惑した様子でエリックを見る。その顔は疑問に満ち溢れていた。


「話しが通じそうなら、逃がしてもいいかなと思っていたんだけど…無理そうだから。このまま放置して脱獄されてもこまるからね、二度と動かせないように手足の腱を切っんだよ」

「なぜ、エリアクデル様」

「リールが王位を継いだ後に、また暴動を起こしてほしくないんだよ。僕は王にならないって言っても、君は信じてくれそうにないし、だから仕方なくだよ。あとは、そうだね、君の目を覚まさせてあげようかと思って」


 男の目玉ギリギリに、ナイフの先が近づく。荒い呼吸が、静けさに満ちた地下牢を騒がしくする。エリックの顔が影になって見えない。



「僕はね、国なんてどうでもいいんだ。僕の国は、僕の大切な人達で構成されている。僕は、顔も知らない人達が苦しんでもなんとも思わない。僕のお母さんと王様が、どれだけ偉大だったのかは知らない。貴方がこの国でどんな生活をして、僕のことを思って生きてきたのかも興味ない。感慨にふけりたいならすればいい。けど、それと同じものを僕に押し付けないで。権力なんて僕はいらない」


 エリックは、檻の外に出る。男は後を追おうとしたが、腱を切られたせいで動かない。再び檻に鍵を掛ける。エリックはリリアに、行こうと穏やかに告げた。


「いいの?」

「うん、だって生かした方がいいんでしょ」

「そうね、この人の首でクーデターは収まると思うわ」

「じゃあ、残しとこう。あとはあの子がどうにかするよ」


(この女が、エリアクデル様を誑かしたのだ! なんと下劣な女だ!)



 男はまだ、自分の都合の良いように物事を解釈していた。親の仇とでもいうようにリリアを睨む。切られた痛みや、エリックに言われたことなど忘れている。


 しかし、リリアはそれが見えていないかのように振舞う。


 言っても理解できない者は、そうそうに見切りを付けるに限る。



「ああ、そうだ」


 エリックが思い出したように、声を発する。


「僕の名前、エリックだから。エリアクデルっていう人は、お母さんと一緒に眠っているよ」


 男は口を開けたが、その前に二人は男の檻から離れていく。牢屋を照らす松明も消し去られていく。



「ビリーは、上手くいってるかな」

「アレは心配するだけ無駄よ」


 二人は、この場にいないもう一人の仲間の話をしながら牢屋から出ていく。そして、牢の明かりはすべて消え失せ、真っ暗闇が男を支配した。


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