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第19話 筋は通っている、と言えなくもないかな


 イグニスは、浮かした腰を再び下ろした。目の前には仁王立ちで拳を握るリリア。それを驚いた様子で見ているエリックと、頭を抱えるビリー。

 ランランと目を輝かせる彼女に、イグニスは面倒な予感を感じながらも聞くことにした。


「あー、リリア、どこに乗り込むんだ?」

「もちろんタージェスに!」

「はぁーーーーー」


 ビリーから長いため息が出た。またリリアの暴走が始まったと思い、これから起こる自分への苦労を嘆いた。



「エリック!」

「はい!」


 リリアの呼びかけに、エリックの背筋が伸びる。


「あなた前に言ってたわよね。この村にずっといたいって」

「うん」

「その思いに変わりはない?」

「うん」

「なら――」


 リリアはソファに座り直し、エリックに体を寄せる。


「自分の言葉で伝えないと。人の意志を無視して勝手に王様にしようとするなって、立場なんていらないって、正面切って言うのよ。でないと、貴方を置き去りにしたまま、事態はもっと加速するわ。この村にだっていられなくなる。だったら、こっちから出向いてふざけるなって怒ってやらなきゃね」


 リリアは安心させるように、口元を緩めた。



「私も行ってあげるから、ね」

「――もし、帰ってこれなかったら?」

「大丈夫よ」

「どうして?」

「私、強いもの」


 自信に満ち溢れたリリアに、エリックは泣きそうな顔をした。根拠なんて全くないのに。なぜか安心感が生まれる。


「君は、強いね」

「そうよ、私は強いのよ」


 見つめ合う二人に、イグニスはビリーと目を合わせる。彼は呆れたように苦笑いを見せ、イグニスは肩を竦めた。このお転婆娘は、小さい頃からちっとも変わっていない。



「私としては、エリックを城に迎え入れて、何とか交渉に持っていきたかったんだがな」

「そんなのいつ終わるか分からないじゃない。本人が直接出向いた方が手間が省けるわ」

「こっちの仕事も考えてほしいんだが」

「イグニスなら何とかなるでしょ」


 失敗を少しも疑う様子のないリリアに、イグニスは乱暴に頭を掻いた。


(こういう信頼はいらないんだがな)



 エリックを送り出しても、こちらに実害はない。

 彼は、タージェスのジジィ共にとって目の上のたんこぶ、汚点とも言える存在だ。それがシイカリラ王国から来たとして、こちらに苦情が来ることはない。むしろ、こちらで処分してくれれば良いな、と思っていそうだ。

 

 タージェスとは同盟を結んでいるとはいえ、仲が良いわけではない。何とか優位に立とうと、お互いに機をうかがっている。だから、彼を利用してこちらの立場を上げようと考えていたのだが……もはやリリアが関わった時点で、それは叶わない。


 だが、悪い方向に行かないことも分かっているので、いつも好きにさせているのだ。



(父上にどう説明するかな)


 自分はともかく、国王である父は、いざという時にそれなりの建前が必要だ。


 父は嘘を見抜くのに長けている。誤魔化しは利かないだろう。だから、自分の役目はどうやって、国への損害は無くすか。


 イグニスは、ユナに会いたくなっていた。踏んで欲しい。リリアのせいで問題が山積みだ。だが、彼女がもたらす結果を、楽しみに思っている自分がいるのだから救いようがない。



「僕、行くよ。タージェス王国に」


 それまで迷いのある表情をしていたエリックが、覚悟を決めた顔をしていた。


「君がいるなら、何でもできると思うんだ」


 リリアの頬に手が添えられる。彼の瞳には、常にない熱が込められている。それに気付かず、彼女は心底おかしそうに笑った。


「私はお守り代わりではなくってよ」


(あながち間違ってはいないけど、お嬢さま台無しです)


 そこは頬を染めて恥じらう所だろう、と言いたいが、さすがに空気を読んでビリーは言葉を呑み込んだ。







 タージェス王国に行くなら早い方が良いということで、翌日の早朝に行くことになった。


「父上には俺から言っておく」

「ありがとう、イグニス」

「ついでに君の家にも、君が出発してから言っておく」

「そうしてくれると助かるわ」


 イグニスは話し合いが終わってすぐに、一緒に来た兵と共に、捕らえた男達を連れて村を出て行った。別に実家には連絡しなくても良いのだが、何かあった時が面倒だ。すでに村を発った後なら父が何かしてくることもないので、まあ良いだろう。帰ってきた後が面倒だが……。


「俺も行きますからね」

「あら、留守番しててもいいのよ」

「貴方の世話ができるのは俺だけですからね。こうなったら自棄です。隣国だろうが、戦だろうが、あの世だろうが、どこまでも付いてってやりますよ」

「――そう」


 そうカッコつけた使用人の膝はプルプルと震えていたのだが、せっかくキメ顔をしているのだ。指摘するのも可哀想だと思い、リリアは見逃してあげることにした。




 翌日の早朝。まだ日が昇る前。空はまだ紺色だ。


「お別れは済んだ?」

「うん」

「準備は良いわね」

「万端です」

「それじゃあ行きましょう」


 村の外に出ると、イグニスが用意してくれた馬車が待っている。それまで村人にはバレないように出ていかなくていけない。馬車で順調に行けば、タージェスの王都まで三日で着く。少しの食糧と金銭、衣類を持って、できるだけ軽装で王都まで向かう。



 村の門まで来ると、よきかねおばあちゃんが待っていた。


「おばあちゃん」


 エリックが、なんで、とでもいうように名前を呼ぶ。よきかねおばあちゃんは、リリア達の額に手のひらを当てていく。


「うん、よきかね」


 意図が分からず困惑する。ただ、エリックだけは嬉しそうに控えめに笑っていた。最後に、リリアの額をトントンと二回叩く。


「ちゃんと帰ってくるんだよ」


 それだけ言うと、よきかねおばあちゃんは帰っていった。よきかね以外の言葉を発したことに、驚く暇もなかった。


「今の、おばあちゃんのおまじない。おばあちゃんの中では、この村の人たちはみんな自分の家族なんだよ」


 照れくさそうに教えてくれたエリックに、リリア達も照れくさくなる。



(シュバッと行ってバッと片付けてやるわ)


 残念な語彙力だが、リリアは決意を新たに意気揚々と馬車に乗り込んだ。


物語が佳境に迫ってまいりました。ここまで読んでいただいた方、ありがとうございます。引き続きお楽しみください。

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