第18話 内容が重すぎて半分寝ていた
太陽が昇り、村の人に件の事件の犯人達を捕まえたことを伝えたリリア。噂通り、エリックのような若い男達を殺して回っていたことを知ったガドは、怒りを露わにして男達に綺麗な右ストレートを決めていた。思わず拍手をした。
逃げ出す気力はないだろうが、念のためガド達に見張りをお願いし、リリアはイグニスに連絡を取った。
そして、どういうわけか、昼前にイグニスが家にやってきた。
「いくらなんでも早すぎない?」
「この事件は俺が調査することになっていたからな、もとから村の近くにいたんだよ」
彼の目の周りには、うっすらと隈が出来ていた。何日も寝ていないのだろう。今更だが、今回の一連の事件は、王子自ら動くほど大きなことだったのだ。
「少し休んだら」
「私のことはいい。それよりリリア、彼は?」
イグニスが、リリアの隣にいる男に視線を移す。彼女が、ビリー以外の男を近くに置いているのは珍しい。
「彼はエリック。この村の村長さんの息子で、今回の事件の重要参考人よ」
「どういうことだ」
「彼、王子様なの」
「ん?」
「一連の犯人は彼を殺しに来た暗殺者よ」
「……詳しく聞こう」
リリアはエリックのことや、刺客が放たれた訳を説明した。イグニスは、目を閉じて静かに聞いていた。なぜこれらの情報を知ることができたのかについては、できるだけぼかした。一通り話終わると、イグニスは目を開けて嘆息する。
「詳細は把握した。何かあるとは思っていたが、この国に第一王子がいるとはな、完全に予想外だよ」
「ええ、私も驚いたわ」
「だが、これで内戦が起きた理由もわかった。国民が暴動を起こした経緯も想像がつく」
「王が亡くなって、国に不満を持っている人たちが暴れているのではないの?」
ビリーのゲーム知識でも、タージェスが内紛を起こしている理由については分かっていなかった。
しかし、国全体で起こる内紛の理由なんて簡単だ。国に不満を抱く市民の暴動。それ以外に、市民が国に楯突く理由はない。
そしてそれは、エリックのこととは何ら関係ないものだと思っていた。
王が死んで圧政に苦しんだ市民の暴走。
そんな筋書きが出来上がっていた。
リリアの疑問には答えず、イグニスはエリックの目を見据える。エリックは膝に置いた拳をギュッと握った。さすがに王子が眼前ということもあり、緊張しているようだ。
「一つ確認したんだが、いいか?」
「なんですか?」
「君は生まれつき、体のどこかに痣があるのではないか」
「はい、足にあります」
エリックは立ち上がり、イグニスに見えるように足を上げ、ズボンの裾を上げた。彼の左足の足首からふくらはぎには、黒い水を垂らしたような痣があった。それを確認したイグニスは、彼に座るように言う。
いつも机の下に隠れていたので気づかなかった。だが、これが一体何の関係があるのだろうか。
「タージェスの王族は、体のどこかにエリックのような痣があるんだ。それが王族である証明になり、逆にその痣がなければ王族とは見做されない。私も何度か見せてもらったことがあるが、君ほど濃い痣を持っているものはいなかった」
リリアはビリーの顔を仰ぎ見る。彼も知らなかったようで、驚いたように首を振られた。
語るイグニスの雰囲気は、穏やかでない。変態が形を潜めている。
「タージェスの王に、多くの子供がいることは知っているか?」
エリックは首を振る。父と言わなかったのは、いまだ混乱している彼の為の気遣いだろう。
「王は、君達を亡くされるまで、側室を一切作らなかった」
君達。
エリックと、王が最後まで愛した女性。
「奥方はタージェスで名を轟かせた商家の娘でな。お忍びで市井を訪れた王が一目惚れしたんだ。王は奥方を熱心に口説き、周囲の反対を押し切って妻として迎え入れられ、君が生まれた」
エリックは、複雑な顔をしていた。以前それとなく探ったところ、彼は両親の話を聞いたことがなかったそうだ。
自分の父は、ジンである。父は一人だけ。
彼はそう思って生きていた。
「奥方は平民の娘ということもあり、国民から根強い人気を受けていた。その人柄もあり、城の中にも隠れたファンが多く、君たちの逃亡にも一役買ったのだろう。奥方が生まれたこの村に君を託した。現在、タージェスの内紛はリーダーが確保されたことで、一応は収まっている。彼は、かつて奥方の騎士だった。君を逃がすために尽力したことだろう。彼はしきりに、こう言っているそうだ。“真の王が時期に現われる”と。誰のことかと思っていたが、十中八九、君のことだろう」
エリックは、戸惑いを見せた。自分に王が務まるとは到底思えない。
それなのに、自分のせいで戦争が起き、自分のせいで罪のない人が犠牲になった。自分の知らないところで、とんでもないことが現在進行形で起きている。
エリックには荷が重かった。
「……君の父は、良き王だった。だが、城の中は次期国王を巡っての争いが絶えず、他国にもその噂は広がっていた。特に国王筆頭と言われている第二王子は、命を狙われ続ける立場なこともあり、地位への執着が凄まじい。しかしそれを表に出さないよう、派手な遊びを繰り返して、権力をひけらかしている。おそらく、君に刺客を向けたのも彼だろう。だから国民は不安になり、争いを起こした。君が生きていると信じて」
イグニスは、同情の眼差しを向けた。良いように利用されている彼が可哀想だった。
エリックは、心ここにあらずといった様子だ。一気に情報が入りすぎて、キャパオーバーを起こしていた。
王は、国の為に身を粉にして働いた。けれど、最愛の妻と子供を亡くしたことに耐えられず、言われるがまま側室を迎え入れ子供をもうけた。
多くなりすぎた子供は、権力を欲した者達に唆され裏で争いを起こし、また新たな争いの火種を生む。負の連鎖が出来上がる。
それを王は、見抜けなかった。いや、見抜くことをしなかった。そんなことに構う余裕がなかった。悲しみを紛らわしたかった。だから、タージェスはひと時の安寧と、隠れた不安と陰謀が渦巻く国になっていた。
イグニスは、王の気持ちが少しだけ共感できた。自分も最愛の彼女を亡くしたら、そうなってしまうかもしれない。
(君がいなくなったせいで国が荒れたなど、言うべきではない)
彼は、この世に生を受けただけなのだから。
「思いがけない話で混乱しているだろう。私は外で彼らの処遇について話し合うから、君は少し――」
「乗り込みましょう!」
「ん?」
イグニスは、ソファに腰を浮かした状態で止まった。