第2話 村の交友関係って狭いよね
リリアは、国の最も東にあるグリア村に来ていた。村までは馬で1日以上かかる。途中で舗装されていない道もあり、でこぼこしていた。そのため、馬車も上下左右に揺れ非常に酔いやすい。観光として栄えているわけでもないので、外から人が来ることはめったにない場所だ。特徴的なことと言えば、隣国のすぐ近くということぐらいだ。
「ここが新しい家よ」
「うわー、見事なまでにギラギラしてますねー」
村の離れた所に、その珍妙な家はあった。壁や屋根、ドア、階段と至る所が銀色に光っていた。唯一窓と地面に生えている草だけが、色を付けていた。一見するとどこの作戦本部?という感じである。
「5年前から少しずつ建ててたのよ」
「やっぱり婚約解消される前から作ってたんですねー。いやー、すごいなー。眩しい」
「…ねえ、少しは真剣に聞いてくれてもよくない?」
「俺は今、この家で冬をどうやって過ごそうか考えているので、黙ってもらっていいですか」
「私は貴方の雇い主なのだけど、そのこと忘れてない?」
金属でできた家は、当然暖房対策など整っていない。さらに、ただでさえひんやりしているのに、冬になったらもっと冷えるだろう。一応上に煙突が見えるので、暖炉くらいはあるのだろうが、それでも廊下などは凍えるくらい寒いのは目に見えていた。
「とりあえず、中に入りましょう。畑はそれからよ」
「本当にやる気だったんですか?」
「当たり前じゃない。なんのためにこんな辺鄙なとこに来たと思ってんのよ」
「わざわざこんな東の村に来なくても畑は作れましたよね」
「いやよ、私はゲートボールがしたいの」
「まだあきらめてなかった!」
「マイパッドも用意済みよ」
「もう何も驚きません」
てっきり方便かと思った畑は、本気だったようだ。リリアのマイパッドをちょっと見て見たいと思うビリー。あとで探そうと思うのだった。
それはともかく、ビリーが玄関のドアを開けようと取っ手を掴んだ。
扉を引っ張る。
開かない。
もう一度引っ張る。
びくともしない。
今度は両手で引っ張ってみた。
テコでも動かない。
「一人相撲してどうしたの? 新手の大道芸?」
「違います。それよりお嬢様、ドアが開きません」
「そんなはずないわ。ちょっと退きなさい」
今度はリリアが扉を開けようとする。
しかし開かない。
思いっきり引っ張る。
開いた。
ビリーの口も開いた。
「思ったより重いわね。設計ミスかしら」
「……」
「どうしたの?」
「え、あ、お、え、え、あ」
「驚いてるわね」
「扉厚すぎ!」
「私も思ったわ」
玄関の扉は、ビリーの手首から中指の第三関節まであった。彼女の執事のおかげで、多少力に自信のある彼でも開けられないわけだ。開けられるリリアがおかしいのである。
「どうしてここまで分厚くしたんですか?」
「壊すたびに業者を呼ぶのは時間が掛かるでしょ。だから、簡単に壊れないようにとっても強固に作ってもらったの。おかげで開けるのが少し大変になったわ」
「大変どころか、誰も開けられませんが!」
「私が開けられれば良いのよ」
そもそもビリーの存在が予想外なのだ。彼のことだから、ああ清々したとか言って屋敷に残ると思っていた。それなのに、こんなところにまで付いてきたのだから、意外と誠実な男だったみたいだ。ビリーはリリアの言葉を聞いて、あるとんでもないことに思い至った。
「あの~、お嬢様?」
「ん?」
「俺が扉を開けられないということは、これから外に出るときはお嬢様に言わないといけないんですか?」
「そうなるわね。何か問題でも?」
「ありまくりです! こっそり家出できないじゃないですか!」
「家出する気だったの!?」
「お嬢様の愚痴を聞いてもらうために、さっき知り合ったハンナ叔母さんの所に家出する予定だったんです」
「もう交流関係が生まれている!」
「田舎の情報網を舐めちゃいけません。すでにお嬢様のことは村中の人に伝達済みです」
「何を伝達したの!? 恐ろしい!」
グリア村には、多くのお年寄りが暮らしている。若い者もいるが、村の仕事では少ししか生計が立てられず、みんな出稼ぎに出ている。子供はもっと少なく、数人しかいない。
しかし、この村の土は畑にはうってつけだった。交通の便にさえ目を瞑れば、最高の土地なのだ。だからリリアはこの場所を選んだ。だが、早くも何らかの情報が村中に伝わっているらしいので、リリアは村に来たことを後悔してきていた。
「まあ、いいわ。そのことは後で話し合いましょう。それに窓は開けておくから、いつでも家出していいわよ」
「さすがお嬢様。素晴らしいお考えです」
「別に素晴らしくはないのだけど、貴方のその唐突な媚売りは何なのかしら。というか家出はするのね」
屋敷の中に入る。そこはビリーが想像していたものとは、違う内装をしていた。
「お嬢様、壁が白いです」
「見ればわかるわ」
「お嬢様、ドアが茶色です」
「見ればわかるわ」
「お嬢様」
「なに」
「どうしたんですか?」
「私は貴方の頭がどうしたのか聞きたいわね」
家の内装は、王都にある屋敷と同じ内装をしていた。白を基調としており、廊下の途中には観葉植物が飾られている。扉も木の素材が使われていた。外は金属、中は普通。とんでもなくアンバランスな家だ。まず、どうやって作ったのだろうか。
「もっとよくご覧なさい。アレが木に見える?」
そう言われて、ビリーは部屋のドアに目を凝らした。隅々まで観察する。すると、どえらいことに気付いてしまった。
「これは、壁紙」
「そうよ、せめて落ち着いて暮らせるように、すべての場所に壁紙を張ってもらったの」
「どうやって? というか金属の上から壁紙なんて貼れるんですか?」
「頑張ったのよ」
当初リリアが出来上がった家を初めて見た時は、それはそれは寒々しかった。それにすべて鉄なので、どこの要塞?という感じだった。これから戦争にでも行くような場所にも見えた。
なので、彼女は建設業者の人を脅…建設業者の人にお願いをした。それから試行錯誤の末、このような内装が出来上がったのだ。
「どうかしらビリー。気に入った?」
「ええ、ちょっと肌寒いですが、お嬢様の怪力でも簡単にクラッシャーしないという点がとても高評価です」
「そう、良かった。じゃあ、少し部屋の中を散策したら貴方の部屋を決めましょう」
「部屋は明日決めませんか? 今日は俺、客室用の部屋で寝ますよ」
「そんなとこないわ」
「え?」
ビリーが聞き間違いかと思った。最近、難聴気味なのだ。
「こんなだだっ広い屋敷なのに、客室が一つもないんですか?」
「ええ」
「部屋数が多い意味は?」
「私が部屋を壊したときの避難部屋」
「壊すこと前提なんですね!」
「だって私よ? ちょっと強く物を叩くだけで壊してしまう私が、ここで暮らして何も壊さないで生活できると思う?」
「思いません」
スンとした。クラッシャーリリアは、1日1回は物を壊してしまうのである。下手したら人も壊しかねないので、泊まりに来ない方がいいかもしれない。うん、客室はなくて良かったかも。もし誰か来たら村の宿屋を紹介しよう。庶民の宿が嫌なら問答無用で帰ってもらおう。何がなんでも泊まりたいという人がいたら、リリアに壊されてもこちらは責任を一切問わないという誓約書を書いてもらわないと。
リリアの言葉をすぐに肯定した彼に、彼女は一瞬口を開きかけた。しかし、それは言葉を紡ぐことなく溜息が出るだけだった。
「とにかく、貴方の部屋を決めましょう。しょうがないから、今日は畑の場所だけ確認して夕飯にするわよ」
「えー、畑は明日からでもよくないですか?」
「あからさまに嫌そうにしないでよ。いーい、良質な畑は良質な土からなるのよ。明日から畑作りが始まるんだから、先に土だけでも見ておくのよ。おわかり?」
「はーい」
やる気のない返事があがる。
「今すぐ徒歩で帰ってもらってもよろしくてよ」
「やらせていただきます!」
ビリーは、軍人顔負けの敬礼を見せた。