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第17話 なんとなく命を狙われたとは思いたくないだけ


「何ですかこれ!?」


 手を叩き、ついた汚れを払う。その時、やっと騒ぎを聞いて起きたビリーが、開けっぱなしの玄関からやってきた。どうにも警戒心の薄い執事である。



「見ての通り泥棒さんよ」

「どう見てもエリックさん狙ってきた人たちですよね」


 リリアの足元には、倒れた男達がいた。皆、武装している。どこからどう見ても、泥棒ではない。


「細かいことは良いのよ。それより、泥棒さんを縛るの手伝ってくれない?」

「いいですけど、やっぱり泥棒は違うと思います」

「じゃあ、詐欺師にしましょう」

「もっと遠ざかってる!」


 そこは暗殺者で良いと思うのだが、なぜ違う犯罪者にしてしまうのか。ビリーは、触るのいやだなぁ、と思いながら渋々男達を近くの木に縛ることにした。仕込み武器を回収するのも、忘れない。


「それにしても、まさか本当にお嬢様一人で倒してしまうとは思いませんでしたよ」

「あら、“お嬢様なら、たとえ熊が群れで襲ってきても大丈夫そうですよね”って言っていたのは貴方じゃない」

「でも、相手はプロですからね。俺でもマズいかなと思って、毎日頑張って起きるようにはしていたんですよ。いつの間にか朝になっていますが」

「貴方の弱点は昔から眠気に抗えないことよ、覚えておきなさい」



 男達の手と足を縛ってから、木の根元に座らせる。


「というか、よくこの人達が来るのに気づきましたね。貴女、一度寝ると朝になるまで起きないのに」

「暗殺者が来ると分かっているのに、呑気に寝る人がどこにいるのよ」


 いくらリリアでも、そのくらいの危機管理くらいはある。どこかの執事とは違うのだ。


「詐欺師でないの認めましたね」

「いいから縛りなさいよ」

「はい」


 ビリーが結んだ紐をぎゅっと絞る。男のうめき声があがった。



(あとはガド達にこの人達の見張りを頼んで、イグニスに連絡を入れないといけないわね。それで捜索隊を出して、念のため逃がした仲間を探さないと)


 日の出まで、あと二時間はある。エリックはまだ寝ているだろうから、起きたら説明しよう。

 


 今後の予定をまとめていたリリアの首元に、ひやりとしたものが当てられた。


「一人逃げられてたよ」


 リリアは、声の主が誰なのかすぐに分かった。だから、動くことができなかった。


「安心して、僕が片付けといたから」

「お嬢様!」


 リリアは片手を上げて、駆け寄ろうとするビリーを制する。そして、努めて平静を保った声を出した。


「せっかくの安眠を邪魔してごめんなさい。なるべく音を立てないようにしたんだけど」

「ううん、僕の眠りが浅いだけだから気にしないで」

「そう。それで、これはなんの真似かしら?」


 首元に当てられているコレは、毎日彼が手入れしていた物だ。



「僕の、何を知っているの?」

「なにを?」

「何で僕を襲ってきた連中だって知ってたの。君もこの人達の仲間?」

「やだ、ずっと聞いてたの。趣味が悪いわね」

「答えて、じゃないと逃げた彼みたいにぱっくりいくよ」


 両手を上げて、抵抗の意思はないことを示す。首と胴体を切り離されたくはない。


「その前に、先に私の質問に答えてくれるかしら」

「なに」

「彼らのような人が来るのは初めて?」

「――何度か来たよ。そのたびにコレで片付けてきた」


 逃げた男は、生きてはいないだろう。リリアが倒した男達は生きている。彼らはこのまま、イグニスによって何らかの罰が下る。それが死となるかリリアの知るところではないが、はたしてどちらが良いのだろうか。


「ねぇ、僕の質問にも答えてよ。君は僕の、ナニを、知っているの?」


 焦れたナイフが、首に線を作る。ビリーの顔が悔し気に歪む。リリアは、あえて明るい口調で言った。



「ここじゃあ何だから、一旦家に行きましょう。そこでちゃんと話すわ」

「――嘘じゃない?」

「神に誓って」

「……」


 首元のナイフが無くなる。振り返ると、普段通りの、のっぺりとした彼がいた。手に持つナイフが、異質さを醸し出している。エリックは、リリアの後ろに目をやる。縛られた男達を順繰りに確認して、ビリーと視線を合わせる。


「終わった?」

「…ええ、あらかた完了しています」


 いまだ警戒を解かないビリーをそのままに、エリックは家の主に目をやる。


「じゃあ、中入ろうか」


 掌を家の方に差し向ける。リリアは、黙ってその誘導に従った。



「ビリーも、中に入ろう。どうせ彼等、しばらく起きないよ。――――それとも、グサリされたい?」


 エリックは手元のナイフをちらつかせる。


「ビリー」


 リリアが名前を呼ぶ。ビリーは、それには返事をせず静かに立ち上がり、リリアの後ろを付いていった。








 家に戻ったリリアは、今更襲ってきた眠気を我慢して本人すら知らなかった、エリックがタージェス王国の第一王子であること、今隣国で内戦が起こっていること、命を狙われている理由などを話した。


 一通り聞き終わったエリックは、詰めていた息を吐いた。だらしなくソファに凭れる。


「何で隣の国の人達が、僕みたいなのを殺そうするのか分からなかったけど、そういうことだったんだね」

「タージェスの人だってことは知っていたの」

「うん、襲ってきた人達の中に国のマークが入った武器を持っている人がいたからね。でも、まさか僕が王様の血を引いているとは思っていなかったよ」

「でしょうね」

「――いやだなー」



 本気で嫌そうな彼に、リリアとビリーは顔を見合わせて苦笑する。

 自分が王になれる可能性があると知れば、普通は喜びそうなものだが。それは、貴族の考えなのだろうか。比較する人間がいないのが残念だ。


「君達は、僕が王子だからこの村に来たの?」

「偶然よ」

「お嬢様のきまぐれです」


 即答する二人に、エリックはふっと吹き出す。


(やっと笑った)


 彼の笑顔を見て、リリアは安堵の息を吐いた。


 リリアに刃を向けた時から、エリックはずっと硬い表情をしていた。今まで仲良くしていた人間が、自分の敵だったかもしれないのだ。彼は、怖いと思っていたのではないだろうか。


 彼がいつから命を狙われていたのか、聞く気はない。彼も、人の命を奪った時の話を進んでしたくはないだろう。



“人の命を奪うことになれば、それは人ではない。ただの化け物となる。”



 どこかの本で読んだ一説だ。

 リリアの目には、彼は人間に見えた。

 

 窓から光が差し込む。朝が来た。リリアは立ち上がる。


「とりあえず、まずは外に縛っている彼らをどうにかしましょう。城にも連絡しないといけないし、今後のことは、城から人が来た時に聞くわ」

「うん」

「それまで寝てて良いわよ」

「いいの?」

「ええ」

「――じゃあ、そうする」


 緩慢な動作でエリックも立ち上がる。そして、部屋のドアを開けて出ていく。



「ありがとう」


 出ていく間際、小さく呟かれたそれをリリアは聞き逃さなかった。


襲撃者が最初からエリックを襲わなかったのは、彼がすべての襲撃者を殺してしまっているからです。一応同盟は組んでいますが、国境付近は国同士で目を光らせているので、報告にも時間が掛かります。そのため、どこかの国で暗殺を請け負う時は、見つけて殺すまで報告しません。エリックは、自分で自分の情報を守ってきたのです。



“リリアの目には、彼は人間に見えた。”


リリアはエリックを人として見たかったのです。

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