第16話 入る時はノックをお願いします
ある男の視点です。年齢指定が入るような残酷な描写はありませんが、過激と捉えられる単語があるかもしれません。
読みたくないという方は、リリアが夜中に呼び鈴も鳴らさずに訪ねてきた非常識な人達(名前のないモブ)を退治したと思ってください。
男は無我夢中に走っていた。
男はこの場から離れたい一心で、口の中に鉄の味が広がっているのにも気づかず走っていた。
男は、ある国の暗殺者集団の一人だった。
どこの誰かは知らぬが、その国の偉いお方からリーダーが任務を受けてきた。
“シイカリラ王国に潜んでいる王子を殺し、首を持ってくること”
ターゲットの詳しい情報は無し。とにかく、二十歳前後のこの国の王子を殺せとだけ言われた。それだけでどうやってターゲットを見つければ良いのかという話だ。
だが、そのお偉い方は、王子を殺せるならどれだけの犠牲が出ても構わないとお言いになられた。
これには男だけでなく、仲間みんなが歓喜した。
男がいるチームは、殺すのが大好きな殺戮集団だ。人を殺すことに生きがいを感じている。
依頼自体は面倒だが、それ以外はいくら人を殺してもお咎めなしなのだ。喜ばずにはいられないだろう。
男達はさっそくシイカリラ王国に向かった。
王子は、第一王位継承権を持っているのにも関わらず、シイカリラ王国に亡命しているようなので、国境沿いにいるとは考えづらい。そのため、国境沿いから少し離れた国の東側を中心に仕事を始めることにした。
仕事はかなり長引いた。まあそうだろう。唯一もらえた情報と言えば、王子は体のどこかに、必ず黒い水を垂らしたような痣があるということだけ。
だから、適当に殺した男達の体を入念に調べたのだが、どこにも見当たらない。いい加減、同性の服を脱がして着せる行為も飽きた。
仕事を請け負ってから、すでに二か月経過している。そろそろあちらがキレる頃合いだ。
「これは一旦報告に戻った方が良いかもしれないな」
そして、上手いこと依頼を断らねばなるまい。
言外の含められたリーダーの言葉に、否を唱える者はいなかった。
男は殺すことが好きだ。一生人殺しとして生きていきたい。だが、金がなければそれも難しい。殺してお金を手に入れる。人を殺しても金は手に入らないこの状況は、非常に不本意だった。
国への帰還を目指して三日目。
男は、自国との国境付近にある村についた。村人に見つからないよう、森の中に隠れる。そこで、男は見つけてしまった。
念のため村の様子を観察していた時だ。その村には、要塞があった。要塞と言っても、暇なのだろう。
近くに畑があり、駐在の兵はどこにも見当たらない。そしてなぜか、年頃の女性と青年がいるだけだった。
その青年の足に見つけてしまった。
座ったりしてズボンが引き上げられなければ分からなかっただろう。青年の左足に、黒いシミのような痣があったのだ。
(見つけた!)
男は、意中の女を殺したときと同じ喜びを感じた。まさか、こんなに近くにいたとは。素直に近場から攻めればよかった。
男はすぐにリーダーに報告した。そして、すぐさま青年の暗殺計画が練られた。計画といっても、そう難しくはない。要塞には青年と女性、さらに執事が一人いるだけで兵はいない。
サクッと殺っておしまいだ。
「今日は様子見だ。明日、ターゲットに仕掛ける」
リーダーの言葉に、やはり否を言う者はいなかった。
(ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう!!)
簡単な任務だったはずだ。たかが亡命した王子一人。男数人で掛かれば、すぐに仕留められるはずだった。ついでに、青年の関係者である女と使用人をサクッと殺したら終わりだったのだ。
なのに。
(なんだよあの女! 化け物かよ!)
あれは人の皮を被った人外だ。
決行日。要塞の窓は、特殊なガラスを使われていたために破ることはできず、侵入経路は玄関しかなかった。しかし、その玄関も、押せども引けども叩けどもビクともしない。
どこかに開けるための仕掛けがあるのかと思い、周辺を調べたが何もない。男達は、予想以外の時間をロスすることになった。
これは爆破でもしないと無理か。爆発音を聞いた村人が来るだろうが、こうなれば村人全員、皆殺しだ。こんな小さな村が一つ消えたところで、国は見向きもしない。問題ない。
そう考えがまとまった時、玄関から女性がふらっと出てきた。
男はその女性に見覚えがあった。ターゲットと一緒にいた女だ。こうして真正面から見ると、溜息を吐いてしまうくらいに美しい。
女は怖がる様子も見せずに、口を開く。
「最近の泥棒さんは、武器を持って集団行動をするのね」
どこに武器やら暗器をぶら下げた泥棒集団がいるのだ。この女、頭がおかしい。
どうやら、女が簡単に扉を開けられたことから、内部からでないと開けられない仕組みにでもなっていたようだ。
(あちらから開けてくれたのなら好機)
しかも、この女性はターゲットと共にいた女。どうせ要塞の者は皆殺しだったのだ。今殺しても予定に狂いはない。あとは誰がこの女と楽しむかだが……。
「ギャッ!」
「うわあ!」
女は友人の手を繋ぐかのように、自然な動作で近くにいた仲間の腕を取り、こちらに投げてきた。
「グァ――」
投げ飛ばされた仲間の腕は、なぜかあらぬ方を向いていた。何が起きたのか理解できなかった。
「よいしょ」
そんな可愛い掛け声とは裏腹に、女はまた違う仲間の腕を掴み振り回す。
「うわあ!」
あっという間だった。彼女は自分たちのように戦闘スキルを持っているわけではない。しかし、圧倒的な力というのは小手先の技を簡単にねじ伏せるのだと身をもって知った。
男は逃げた。
なりふり構ってなどいられない。所詮寄せ集めの集団。仲間意識など持ち合わせていない。
男は生きたかった。だから、すべてを放り出して逃げ出した。女は追ってこなかった。早く祖国に帰りたかった。
「はぁ、はぁ」
男は走る。恐怖で走る。逃げなくてはと。暗い森の中を、木々の合間から覗く月の光を頼りに。
月に影ができる。男は顔を上げた。
「――汝に、神の慈悲があらんことを」
そこからの記憶は途切れている。