蛇足 顔だけで食っていけたら苦労しない
これは今後本編では触れられない、とても短いお話である。
女は顔が良かった。
赤ちゃんの頃から、周りから「美人になる」と言われて生きてきた。幼稚園に上がると、同い年の男達はこぞって女を好きになった。
誘拐されそうになったのも、一度や二度ではない。
そうすると、今度は女と同じ性別の者達に嫌われるようになった。
それはウザイ。いじめが悪化すれば、事態はどんどんややこしくなる。
だって女は可愛いから。
女が一粒涙を流すだけで、大人たちは何とかしようと動き出し大ごとになる。
だから女は、人の良い人間を演じるようになった。ひたすら良い子を演じ、男女分け隔てなく接する。そうすれば、彼女は一躍人気者になった。
(馬鹿ばっか)
皆、女の掌の内。
女は、高校生になった。これまで通り、学校のマドンナになった。
女は、高校を卒業したら大学生になる。
モデルにスカウトされたこともあるが、ストーカーなどが増えたら面倒なので断った。女は頭はそこまで良くないが得意の人心掌握で、会社を立ち上げ社長にでもなろうと思っていた。
女のコミュニケーション能力なら、選り抜きの部下を手に入れられる。
そんな彼女には、気になる男がいた。
同じクラスの男で、学年一番のイケメンと言われていた。彼はそれなりの友人関係を築き、それなりの成績を収めていた。
女にとっては、そこらにいる男共と変わらない。だが、彼の雰囲気は好んでいた。
なんというか、謎なのだ。
彼は私生活を一切見せない。ご飯を食べる様子も見せない。ゲームをしている姿は見ているが、それだけで家庭環境は窺えない。
持ち物はいつもモノクロ。シンプルな物を使い込んでおり、趣味趣向までは分からなかった。
女は、彼のすべてが知りたくなった。はっきり言うが、これは恋ではない。ただの探求心だ。
だから、女は卒業式という最高のシチュエーションで、男に告ることにした。手っ取り早く彼を知るには付き合うのが楽だからだ。
彼のことを知れたらおさらば。役に立ちそうなら、恋人を続行して自分が設立した会社に就職させれば良い。
「他を当たってくれ」
だが、結果はこうだ。なんと男は女の告白を断ったのである。
なんたる屈辱。なんたる侮辱。
だから、女は男を突き飛ばした。まさか自分もその拍子に道路に出てしまうとは、露ほども思わずに――――。
そして気づけば、女は以前プレイしたことのあるゲームの世界に来てしまった。
顔が元の女の顔で無くなってしまったのは残念だが、これでも十分整った顔だ。
女はこれまでの記憶を総動員して、全部の男を手に取ろうとした。一度プレイしたことのあるゲームなので、主人公の性格を真似るのは簡単だった。
ルートも均等に攻略していった。所詮ここはゲームの世界。現実の男よりも、心を手に入れるのは容易かった。
そして、男達のハーレムを作ったら、王子と婚約して国を自分の物にしようとした。手ごたえはあった。
だが、彼は違う女と婚約した。
屈辱だ。たかが設定されたキャラクラーの癖に、女を騙したのだ。
女は躍起になって、リリアも利用してイグニスを手に入れようとした。しかし、訳も分からず女は連れの男達と家に戻ることになった。
「痴女が。お前は我が家はじまって以来の大恥だ。とっとと出て行け」
これは、なんだ?
女は家から勘当され、男達はいなくなり、町に放り出されてしまった。王子に会いに行くも、貴族でなくなった自分は門前払い。
だけど、たった一度だけ彼に会えた。傍らにはあの女がいた。
「イグニス、知り合い?」
「いいや、初めて会うよ」
彼はこちらに見向きもしなかった。
「何をしている、早く彼女を追い出せ」
彼女の意識がこちらから逸れた途端、こちらに冷たい目が向けられる。女は呆然としながら、城から追い出されてしまった。
その後、彼女に懸想していた男達の周りに姿を見たという報告もあるが、それもすぐに途絶えた。
以降、女の目撃情報は上がっていない。
これぞまさしく蛇足。