第14話 お待たせしました。ざまぁタイムです。2
エリックは、この状況を正確には理解していない。
分かっているのは、王都から偉い貴族の人がリリアに会いに来て、彼女はそれを迷惑がっており、ビリーが怒っているということだけだ。
ユフィという少女が、リリアとどのような関係にあるのか。リリアがどうしてこの村に住み始めたのか。エリックは知らない。そう、エリックはこの場において一番の部外者だ。
「この世界でユフィになったお前は、大方逆ハーエンドからのイグニスルートに行く予定だったんだろう。けど、イグニス様はユナ様と結ばれた。だから、どういう思考回路なのか知らねぇが、お嬢様を使おうとしたんだろ。お前はそのままそこにいる取り巻き達と仲良くしてりゃいいのに、人を殺しておいて図々しい女だな」
彼はいつも、ピシッと執事服を着こなしている。それが、今は崩れているように見えた。そう見えるのは、いつもより彼の言葉遣いが乱暴だからだろう。
いつにない彼の姿を、主人のリリアは黙って見守っている。
「アレは、アタシのせいじゃないわよ!」
それまで、顔から血の気が引いていたユフィ。だが今度は、だんだんと顔を真っ赤に染めていた。そして、ビリーを親の仇でも見るかのように睨みつけ吠える。
「私はただ、貴方に反省してもらおうとしただけよちょっと格好いいからって、この私にあの断り方はないでしょ。卒業式っていう最高のシチュエーションで、私の告白を断る奴なんていないわ」
「なに、お前有名人か何かだったの? だから、俺を突き飛ばしたのか。いやあ、そうかそうか、お前みたいな子なら人を殺しても良いのか、初めて知ったよ」
ビリーは、とことんユフィの心をへし折りたいらしい。言葉のキレがなかなかだった。
「ユフィ、どういうことだ?」
彼女と共に来た男達が、戸惑いの声を上げる。そこでようやく、彼女は彼らがいることを思い出したらしい。またもや、顔を青くさせていた。
エリックは、忙しいそうだなと思った。
「君がそこの執事を殺した? 君も死んだってどういうことだ?」
「ち、ちがうの、アレは彼の冗談みたいなものよ。ほら、私も彼も生きているでしょ」
男達に詰め寄られ、ユフィは言い訳をし続ける。さっきまで思いっきり肯定しておいて、今更弁解の余地はないと思うのだが。
エリックには、冗談には聞こえなかった。
「じゃあ、あの子は天国には行けないんだね」
エリックの呟きに、リリアが見上げてくる。どうしたって上目遣いになる彼女の視線に、エリックは場違いにも気分が上がる。
「話の内容はよく分からないけど、命を奪った人はみんな地獄行きだ。行かない人はいない。だけどあの子は、少しだけ猶予を与えられたみたいだね」
「そう、なの?」
「でも、その猶予はもっと重いモノになって帰ってくる。それが自分の意志でないとしてもね」
「ふーん、私より悪い女がいたのね」
「君は天国に行きそうだけどね」
「あら、嬉しいことを言ってくれるわね」
「君は綺麗だから」
視線が逸らされる。目の下がほんのりと赤く色づいていた。
(可愛いな)
綺麗で可愛いなんて、なんて非の打ち所のない子なのだろう。
その視線を感じたのか、リリアがそそくさとエリックと距離を取る。そして、いい加減鬱陶しいと思ったのか、いまだに言い合いをしているユフィ達の方に、持っている石を投げた。
石は、彼女達の横を通り過ぎ。奥の木に当たる。大きな音を立てて、木が倒れる。その音に、ユフィ達は止まった。彼女達は一様に、音の発生源の方に顔を向ける。そして、同じ方向に向かってもう一度、石が投げられた。
「イグニスにね、手紙を出したの」
ユフィ達は、リリアの方に顔を向ける。彼女は掌で石を弄んでいた。その表情は、感情を表している。
「“国は民によって守られ、王は民に愛を捧げ、貴族は王の為に民を愛する”。民を愛し、守るのは私達貴族の義務よ。それなのに貴方達は、職務を放棄し、民を蔑ろにし、ちっぽけなプライドをひけらかすだけ。この村で起こした行いは、すべて王子に伝えてあります。彼はとても怒っていらっしゃいましたよ」
ユフィは戸惑いの表情に見える。しかし、その周りの男達は彼女の言いたいことを察し、青ざめる。
エリックが見た彼女は、酷く愉快といった顔をしていた。すでにビリーは、言いたいことは終わったとばかりに、家の中に戻ってしまっていた。
「私は何度も言いましたよ。早く帰りなさいと。今頃、どうなっているのでしょうね」
その言葉を皮切りに、男達はユフィを置いて格好悪く去っていく。
「え、待ってよみんな! 置いてかないで!」
それを戸惑いながら、ユフィが追いかける。彼女はまだ、事の重大さが分かっていなかった。それはエリックも同じだ。
「あの子達、結局なんだったの?」
「詮無い事よ。もうこの村に来ることはないから安心して。ガド達にもそう伝えといてくれるかしら」
「いいよー」
リリアが気にしなくて良いと言うなら、良いのだろう。エリックは彼女達のことなど、どうでも良かったが、リリアが困っているなら何とかしないとな、とは思っていた。
どうせ、罪が一つ二つ増えたところで変わらない。まあ、今回は出番がなかったようだが。
自分のことを知れば、普通になれるのだろうか。そうすれば、普通に人を好きになって、普通な生活が送れるのだろうか。
リリアは拾った石を地面に捨てる。
「ねぇ、お腹空かない?」
「うん、ちょっとね」
「きっとビリーが爆食いしてるから、奪いに行きましょう」
「いいね、僕らもたくさん食べようか」
リリアと並んで歩く。たった数十センチの距離。
彼女の手に触れたいと思ったのは、きっと気まぐれに違いない。