第13話 お待たせしました。ざまぁタイムです。1
この数日間。平和な日々だった。ちょっと戦力になると思っていた居候君が役に立たなかっただけで、暗殺者が来ることはなく概ね平和だった。
だが、リリアはどこかで彼らがまた来ることを予期していた。
「良い天気ですねー」
「そうだねー」
「こういう日は、お昼寝が一番ですねー」
「そうだねー」
「こらそこ! サボるんじゃないわよ!」
今日も今日とて、野菜たちの間引きをしたり、雑草を抜いたり、水を上げたりと忙しいリリア。しかし、こんな時に役に立ってほしい男どもは、呑気に木陰で寝転がっていた。
「だって、俺ら必要ないみたいなんで」
「だったらほかにもやること見つけなさい」
「僕は戦力外通告された」
「そうね、貴方はそのままで良いわ」
ビリーはともかく、エリックに畑仕事をさせるのは諦めている。そこで、よきかねおばあちゃんとお茶でも飲んでいれば良い。
(昨日はそれで大変和ませていただきました。ありがとうございます)
そしてビリーは、リリアに言われても全く動く気配がない。リリアは、はー、と盛大な溜息を吐いて畑仕事を再開させた。
「リリアさん!」
可愛らしい声が名前を呼ぶ。リリアは振り返った。そこには、いつぞやのユフィ一行様がいた。皆一様に驚いた顔でこちらを見ている。仮にも王子の婚約者だった女が、安い服で土いじりをしていればそんな反応になるだろう。
「ちっ」
リリアは気づかれない程度に小さく舌打ちした。彼女達が諦めていないことは知っていた。
イグニスには、彼女達が家に来たその日に、報告していた。そして、二日前に彼から、彼女達がまた一段と煩くなったから頑張れ、という何の励ましにもならない手紙がきたのである。
内容の九割がユナの可愛さについてだったので、全く要らない手紙だった。
リリアは、服に付いた土を払いながら立ち上がった。
「勝手に人の敷地内に上がるのはいかがなものかと思いますよ」
「いくらドアを叩いても出てこないのが悪い。わざわざ探してやったんだ。感謝するんだな」
元副会長がリリアを蔑みながら言う。
だが、人の敷地内に勝手に上がるのは失礼だ。彼の言葉は、自分のしたことを正当化しようとしているだけに過ぎない。
ビリーは、氷の人形モードになっているリリアに驚いているエリックに、どうして無表情でいるのか説明していた。
「私、もう一度リリアさんとお話がしたくて」
「何度も言いますが、私は協力いたしません」
ユフィは、両手を握り祈るように協力を仰ぐ。だが、リリアの答えは変わらない。すると今度は、リリアに同情の眼差しを向けた。
「やっぱり、リリアさんも脅されているんですね」
「は?」
「あの子に脅されているんでしょ! だからこんなところに押しやられたんですよね。氷の人形って言われているのも、本当は嫌なんですよね。リリアさんは一人じゃありません。お友達なら私がなります。だから、私と一緒にイグニスの目を覚ましましょう」
聞くに堪えない。この娘は何の話をしているのだ。周りの男達は彼女の話に、ユフィはなんて優しいのだ、と聞き惚れている。
リリアは、地面に転がっている手のひらサイズの石を拾った。もう、演技をするのも馬鹿らしい。
「大変興味深い話を聞かせていただきました。私の演技に見抜くとはたいしたものです」
彼女は自分の考えが合っていたことに喜びを見せる。
「それじゃあ、やっぱり」
「ですが、それ以外は大変不愉快な内容でした。これ以上私の機嫌が損ねない内にお帰りになられることをおすすめします」
「そんな、リリアさん、私はただ貴女のために」
「貴様、ユフィの話を不愉快と言うのか!」
手に持った石を軽く上に放る。重力に従い、再びリリアの手の中に戻る。それを何度か繰り返す。その間も、ユフィ御一行は、どうしてだとか、恥知らずなどと言い募る。
石が手の中に戻った時、リリアは手を振り上げた。
「待って」
上げた手が、誰かの手に掴まれる。掴んだ相手を見る。エリックが、いつものように微笑んでいた。
「怒るともったいないよ」
上げた手を優しく下ろされる。
「こんなことで怒ると、君の価値が下がるよ」
「……そうね、こんなことで感情を高ぶらせる方が時間の無駄よね。ごめんなさい」
(こんなくだらないことで怒るなんて、私らしくない)
最近は感情を抑えることも無くなったから、受け流し方を忘れていたのかもしれない。落ち込むリリアの頭を、エリックはぽんぽんと叩いた。その様子を、ビリーは複雑な顔で見ている。
(良い雰囲気だけど、その人王子なんだよな)
このまま二人の仲が進んだとして、障害が起きないか心配だ。この先、彼が国王になるかも分からない。もしなったとして、違う国の王子に婚約破棄された令嬢との結婚など、許されるのだろうか。
「エリアクデルだ」
ユフィが、呆然と彼の本当の名を呼んだ。彼女の取り巻き達は、突然現れたビリー達に警戒の色を見せる。
「あの、お名前を教えてください」
「待て、ユフィ!」
しかし、ユフィは無警戒にエリック達に近づいた。取り巻き達が止めるが、すでに遅い。エリックの前に立った彼女は、期待の眼差しを向ける。
「名前? 僕はエリック」
「恥ずかしがらなくてもいいですよ。ちゃんとお名前教えてください」
「恥ずかしがっていないけど」
「じゃあ、本当の名前言えますよね」
エリックが困った顔をした。偽名ではなく本名なのだが。ほかにどんな名前があるのだろうか。
そのしつこさに、リリアは注意をした。
彼女がエリックの正体を知っている可能性については、追求しない。この感じだと絶対に知っていると思うが、本人が知らないことを、第三者が好き勝手に暴いて良いものではない。
「自分は名乗らずに人に聞いて、あまつさえそれが本名ではないと言うのは何事です。いくら貴族の者でも許されぬ非礼ですよ」
「でも、私知っているんです。彼の名前エリックじゃないですよ。そうですよね」
「ごめん、僕には心当たりがないよ」
そう言うエリックの手は、自然とリリアの頭から降りていた。ユフィの顔には、不満が表れていた。
「どうして嘘を吐くんですか。私は、自己紹介は大切だと思います」
「だから、彼はきちんと名前を言ったでしょ。何が不満なのよ」
「リリアさんは知らないようですけど、この人の名前はエリックじゃなくて」
「いい加減にしろよ、メルヘン女」
二人が辟易とした頃、ユフィの言葉をビリーが遮った。その声は、リリアが今まで聞いたことがないほど冷めていた。
ユフィはそこで初めて、ビリーを認識したようだった。傷ついた顔を見せる。
「メルヘン女って私のこと?」
その問いに、ビリーは答えない。彼は、彼女を親指で指さし、リリアに言う。
「お嬢様、コイツ俺をこの世界に送った張本人です」
「……外の世界から来た人ってこと? 貴方だけじゃなかったの?」
「ええ、俺はコイツに殺されて、この世界に来ました」
リリアは、ビリーの言葉に驚いた。そういえば、この世界に来た経緯については、一切聞かされていなかった。
てっきり、そういう魔法みたいなのものが暴発して来たのかと思っていた。一方、自分がビリーを殺したという発言に、ユフィも驚く。
「言いがかりは止めて。どうして貴方を私が、こ、殺さなきゃいけないの? 今貴方は生きているじゃない」
「三月三日、晴れ。その日は高校の卒業式で俺達は長い話を聞かされたな」
ビリーは、彼女に冷たい視線を送る。高校というのが何かは分からなかったが、ニュアンス的に日曜学校やリリアの通っていた学園みたいなものだろう。
彼が語り出した内容に、ユフィの顔色がさっと変わる。
「お前は、俺が帰ろうとしたとこを引き止めて、好きだとか告白してきた。俺は面倒だから断った。で、お前は怒って俺を道路に突き飛ばした。そして、俺はダンプカーに跳ねられて死んだ」
ビリーは、彼女に嫌悪を向ける。
「覚えているぜ、お前が最後に言った言葉。サイッテーってな」
ユフィの足が下がってゆく。ビリーから距離を取ろうとしていた。
「まさか、お前も一緒に跳ねられていたとはな。とんだ間抜けだ」
「〇〇君、なの?」
ユフィが、名前らしき言葉を紡いだ。リリア達の知らない言語だった。しかし、ビリーには聞き取れたようで、この場に似つかわしくない笑みを見せる。
「お前には感謝しているよ。お前が俺を殺してくれなかったら、こうして俺はお嬢様に会うことができなかったからな」
ビリーがいた世界と、リリアのいる世界は言語が異なります。ユフィが呼んだ彼の名前は、元いた世界の言語だったのでリリアには理解できませんでした。
元の世界のユフィについては、蛇足にほんのちょっと出ています。