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第12話 男を簡単に家に泊めちゃあいけないよ


 嵐のような集団が来た次の日。野菜たちの間引きが終わり、家で一息吐いていた時の事だ。


 今日は馴染みの顔がやってきた。


「急で悪いんだが、コイツを嬢ちゃんの家にしばらく泊めてやってくれねぇか?」


 コイツと言って、ガドが手を置いたのはエリックの肩だった。

  


「それは構わないけど、でもなんで家に?」

「ああ、嬢ちゃんは、まだ知らねぇか。なんでも、ここいらで人殺しが出ているみたいでな。その殺された奴ってのが、どうも全員コイツみたいな若い男みてぇなんだよ。ウチの村で若い男って言ったら、俺なんかも入るがお前等と比べたら十分おっさんだ。んで、この村で正真正銘若い男って言ったら、コイツとアンタんとこの執事だろ。聞きゃあ、犯人は盗賊だって話だ。俺等は、力仕事は得意でも、戦いができるわけじゃねぇ。なら、嬢ちゃんの家にいりゃあ、安全じゃねぇかって話になってな。ここなら、そう簡単に人なんか入れねぇだろ」


 ガドの話を聞いて、リリアはようやくここまで伝わってきたかと思った。もう少し先になるかと思っていたのだが、思ったよりも大きな事件になっているのだろう。犯人の狙いはイグニスの方でも、まだ掴めていないらしい

 リリアは、家に来てからずっと黙っているエリックに聞いた。


「貴方は良いの?」

「僕はどこでも寝られるから、とくには、それに君と一緒にいられるし」


 エリックはのほほんと答える。自分の命が狙われているのかもしれないのに、偉く呑気だ。リリアは彼がいいならと、頷こうとした。



「そういうことなら、いくらでも」

「ちょっと待ってください」


 それを止めたのは、ビリーだった。彼はリリアの腕を取って立ち上がらせる。


「申し訳ありません。少しお待ちください」


 そう二人に告げて、彼はリリアを連れて一旦部屋を出る。



「一体どうしたのよ?」

「実は、まだお嬢様に言ってないことがあります」

「なによ、またこの世界の秘密でも教えてくれるの?」

「エリックさんのことです」


 掴まれた腕に力が加わる。少し痛いくらいだった。ビリーの顔はいつになく真剣だった。


「若い男を殺して回っているのは、盗賊ではなく、タージェス王国の暗殺者です」

「え?」

「そして、狙いはエリックさんの命です」

「どういうこと?」


 繋がりが全く見えない。なぜ、タージェスの暗殺者がエリックを狙う。彼はただのグリア村の住人だ。それをビリーに伝えると、彼はため息を吐いた。


「それが違うんですよ。彼は、タージェス王国の王子です。しかも、王位継承権第一位です」



 ビリーの話を要約するとこうだ。


 エリックの父、タージェス王国の国王は周囲の反対を押し切り、商人の女を后として迎え入れた。そして、エリックが生まれた。幸せな家族が誕生したかに見えた。

 しかし、国の慎重派はそれを許さなかった。普通なら妾として迎え入れられるような女が産んだ子供に、国を継がせるなど言語道断。もっと正統な血筋の子に王位を継がせるべきだ。

 だが、エリックの父はかなりの愛妻家で、妾を一切作らなかった。

 そのため、これではまずいと思った慎重派の者達が、強硬策に出た。


 母子ともになかったことにしようとしたのだ。


 しかし、それは母の命を奪うだけに終わってしまった。子供は奇跡的に魔の手から逃れ、彼の母が最も信頼していた侍女によって城から出された。

 そして、その侍女の故郷であるシイカリラ王国のグリア村へと託されることになった。


 その後、最愛の女性と子供を失った王は、寂しさを埋めるように次々に妾を迎え入れ、子供を作っていった。



「そして、なんやかんやあって、内紛が始まり、エリックさんを殺そうとこの国まで暗殺者が来ているんです」

「大事な部分を端折らないでよ。ちゃんと最後まで説明しなさい」


 話すのに疲れたからといって、肝心な部分を言わないのはどうかと思う。話すなら最後まできっちり話してくれ。だがビリーは、そうではないと手を振る。


「俺もそこまで知らないんです。ゲームでは、この事件がきっかけでエリックさんはイグニス様が住んでいるお城でお世話になるっていう流れだったんで。内紛が始まったのは、エリックさんの父親が、彼を次期国王にせよっていう遺言が残されていたのがきっかけみたいですが、そこもゲームでは曖昧なんです」

「じゃあ、その内紛はどうやって収まるのよ」

「それも分かりません。ゲームでは、ユナと結ばれるまでのストーリーしか収録されてないんです。気付いたらハッピーエンドで、エリックさんが国王になってユナと結婚していました」

「ちょっと待って、エリックって攻略対象だったの?」

「そうですよ、じゃなかったらこんなに深堀されません。それに、名前も違います。本名は、エリアクデル・ユーゲハルド。エリックなんて、どこにでもいるような名前じゃありません」



 あのエリックが。たしかに顔が格好いいと言えなくもないが、彼ののんびりさは相当だ。付き合うには、彼と同じようにのんびりな人でなければ難しいだろう。

 さらに、名前が覚えにくい。エリックの方が言いやすいではないか。リリアの考えていることが分かったのか、ビリーは困ったように頬を掻いた。


「前にも言ったように、この世界は普通のゲームの世界とは大分異なりますからね。俺がプレイした時に見たあの人は、もっと理知的で、冷静で、武道に優れていましたよ。動きも機敏でしたしね」

「あのエリックが?」


 全く想像できない。彼がキビキビ動いている所なんて、リリアは一度も見たことがない。



「あの人のルートって、かなり謎が多いんですよね。なのに正規ルートなんで、ファンの批判も多かったんですよ」

「まあ、そうなるでしょうね」


 ヒロインと結ばれるまでではなく、どうやって国王になったのかも知りたい思うのは自然なことだろう。それをいきなり国王になって結婚して終わりにするのは、かなり批判的な意見が寄せらるだろう。

 ビリーは困った顔を顰め、再び真剣な顔をする。




「お嬢様、俺は、あの人をこの家に置くのは反対です。敵の狙いはあの人です。必ず貴女にも危害が及びます」


 ゲーム序盤から、エリックが城に来たということは、実際に彼の所に敵の手が及んだということだ。それを受けて、国は彼を城で保護することにした。そして、彼は城に来てヒロインと結ばれる。

 

 つまり、リリアの近くに彼をおけば、おのずと彼女にも敵の手が及んでくるということだ。ビリーにとってもエリックは大事な友人だ。しかし、最も大事なのは主人の命だ。彼女の命を守るためなら、友人の命を捨てることもいとわない。


「エリックは、自分が王子であることを知っているの?」

「いえ、まだ知らなかったはずです。ゲームでは、城に上がる直前に知ったらしいので」

「なら、やっぱり(ウチ)にいてもらった方が良いわ」


 リリアは、傷つけないように細心の注意を払って、自分の腕を掴んでいる手を離す。


「彼、貴方にも勝てないくらい弱いんだから。ちゃんと守ってあげないと」


 彼の手を傷つけないように、優しく包み込むように彼の両手を握る。



「私がとっても強いの知ってるでしょ。暗殺者だろうが、なんだろうが、全部まとめて捻り潰してやるわ」


 リリアは拳をギュッと握る。


「それになんだか放っておけないのよね」


 リリアとエリックはどこか似ているのかもしれない。だから、一人にしたくないのかもしれない。それを聞いた彼は、呆れたように笑った。








「終わった?」

「ええ、お待たせしてごめんなさいね」


 部屋に戻ると、ガドはいびきをか掻いて寝ており、エリックはもそもそとクッキーを食べていた。


「僕、出て行った方が良い?」

「いいえ、我が家にいてちょうだい。貴方の小さな家より安全よ」


 さらっとお金持ち発言をしたが、リリアに悪気はない。事実を言ったまでだ。エリックも、気づいているのかいないのか、気にした様子はない。


「事件が落ち着くまでは、いくらでもいて良いわよ。ただし、(ウチ)の畑を手伝ってね」

「分かった」

「それから、こちらにサインをお願いします」


 ビリーが、紙を机に置く。それを見たエリックがゆっくり読み上げる。


「せいやくしょ?」


 それは、万が一リリアが何か壊しても、こちらは一切の責任を取らないということが事細かに書かれていた。







「なあ、嬢ちゃん。昨日来ていた嬢ちゃんたちは、アンタの友達かい?」

「いいえ、昨日初めて話したの」


 エリックの誓約書も書き終え、家に帰ろうとしたガドは、最後にこんなことを聞いてきた。

 昨日家に来たのはユフィ御一行様だけだ。彼女たちは、友達とは程遠い存在である。リリアが否定すると、ガドは眉間に皺を寄せ険しい顔を見せた。常に快活に笑う男の険しい表情に、リリアの眉間にも自然と皺が寄る。



「どうかしたの?」

「悪いことは言わねぇ、アイツ等と付き合うのは止めな」


 ガドがケッと、嫌そうな顔をする。それを見たエリックは何かを思い出したのか、あー、という顔をした。ビリーがエリックに聞く。


「何かあったんですか?」

「昨日その方たちが、村の宿に泊まって行ったんだけど、ちょっとあんまり良くなかったんだよねー」


 それを聞いて、リリアとビリーも、あー、という顔をした。とても曖昧な言い方をしているが、その光景がありありと目に浮かぶ。



「あの子、いい頸動脈なんだけどなー」


 隣にいたビリーがギョッとした顔をして、彼を見る。その彼は、いつものようにのほほんとした顔をしていた。そして、残りの二人は会話に夢中で彼の言った言葉が聞こえていなかった。


「俺だって貴族が全員あんないけ好かないヤローとは思っちゃいねぇ。嬢ちゃんはおもしれぇし、この間来たイグニスのあんちゃんやユナ嬢ちゃんは良い子だったしな」

「え、あの二人に会ったの?」

「おう、土産まで買って帰っていったぜ、いやあ、ホント良い子だったなー!」


 イグニスたちを思い出したのか、ガドは嬉しそうに笑う。まさか、天下の貴族が寂れた村の特産品を買って帰るとは思わなかったのだろう。特産品と言っても、特別なものではない。せいぜい村で獲れた野菜や果物だ。それを貴族が躊躇いもなく買っていったのが、彼には思いのほか好感を得たようだ。



(イグニスが王子だって言ったら、どうなるのかしら)


 さすがに心臓を止めてしまいそうなので、言わないでおくが。


「ごめんなさい、多分また来ると思うけど、その時は泊って行かないようにするから、今回は私の顔に免じて許してちょうだい」

「いやあいいよ、俺等より嬢ちゃんの方が大変そうだからな。おいエリック、嬢ちゃんとこに厄介になるんだ。ちゃんと守るんだぞ」

「はーい」

「じゃあ、おれぁ帰るが、何かあれば遠慮なく言いな。貴族だろうが、なんだろうが、追い返してやるからよ」

「ありがとう、ガド。頼りにしているわ」


 そうして、ガドは家に帰っていった。



「さすがガドさん、これで俺達も安心ですね」

「ねー」

「貴方達は助ける側に回りなさいよ」


 リリアのツッコミも空しく、若い男筆頭達は村一番の男前に賛辞を送るのだった。


ゲームでのエリックルートは、消化不良満載なルートです。


どのようにして彼は暗殺者から逃れることができたのか。どうやってシイカリラ王国の者たちは、エリックの存在を知ったのか。なぜ、彼の父親は、あんな遺言を残したのか。父親はエリックが生きていることを知っていたのか。


すべてが謎に包まれています。


そのため、ゲームを完クリしているビリーも詳細を知りません。なのに、メインルートとして公式が宣伝しているので、ファンの間でかなり評判が分かれています。

ビリーは、リリアがいないのでどうでも良い派です。


この事もあり、『キュンパラ2』は、一作目より不評でした。

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