第11話 妄想はいいけど、現実との区別はつけよう
二作目の主人公が来てすぐに、1作目の主人公が訪ねてくるとは、誰が予想しただろうか。
「何のご用かしら?」
尋ね人の名前を言おうとして、リリアは黙った。彼女の考えを読んだビリーが、すかさず囁く。
「ユフィですお嬢様」
「そう、ユフィさん。御もてなししたいのは山々なんだけど、今ちょっと忙しいの。手短にお願い」
彼女の名前を後ろに控えるビリーに教えてもらい、リリアは早く帰るように遠回しに言う。久しくしていなかった、氷の人形モードでお出迎えだ。
最近、リリアの畑にはニンジンとジャガイモを植えられた。さらに、先の出来事でリリアの力が露見し、こりゃあ便利だと、彼女は村中のお年寄り達に引っ張りだこなのだ。力のある者は、どこにいたって重宝される。
まさか伯爵令嬢が、そんな庶民的に忙しいとは知らないユフィ。彼女は、自分とは話もしたくないのかと悲し気な表情を見せる。そんな彼女をいち早く発見したお供達は、おのれリリアめ、と彼女を睨みつける。リリアの家がギラギラと光っていることは、全員スルーだ。
ユフィは、意を決したとでもいうように、両手を祈るように合わせリリアを見る。瞳をウルウルさせるというオプション付きだ。
「リリアさんは、イグニスがまた婚約したのをご存じですか?」
「ええ」
「――その人は、先日イグニスがリリアさんの家に連れてきたユナという女性です!」
「知ってるわ」
ユフィは驚愕を露わにした。何をそんなに驚くのだろう。まさか、リリアが何も知らずにユナと会っていたと思っていたのか。そんな馬鹿な話があるか。
それに、なぜイグニスがユナを連れて、この家に来たことを知っているのだろう。王族のスケジュールは、たとえ親しい間柄でも、城のごく一部の者しか知らされないはずだ。
おそらくお付きの者達が仕入れたのだろうが、どんな汚い手を使ったのか。想像に難くない。
驚いていたユフィは、すぐに気を取り直し、本来の目的を伝える。
「それなら、イグニスの結婚を止めさせるのに協力してください」
「協力?」
なぜ、リリアが協力しなくてはいけないんだ?
そもそも、彼女はなぜリリアに協力を仰ぐ。仮にも、リリアにいじめられていたのだろう?
というより、なぜ結婚を止めさせなくてはいけないのだ。
「私は、リリアさんが無実だと知っています。私をいじめようとしたのは、リリアさんではなく、ユナという女性です。全部彼女が仕組んだことだったんです。彼女はイグニスと結婚して、この国の実権を握りたいんです。イグニスは、きっと大切な人を人質に取られて脅されているんだわ。国のため、そして私達と離ればなれになってしまったことに彼は今も苦しんでいる。私たちが助けに行かないと。それにはリリアさんの助けが必要です。私だけでは無理です。私と貴女の言葉ならきっと、彼の心に届くはずです。そうすれば思い直して、彼女をどうするか一緒に考えてくれるはずです」
その後もユフィは、声高らかにいかにイグニスが可哀想な目に合っているのか懇切丁寧に説明する。ユナを止めるためには、自分とリリアが手を取り合わなくてはいけない。そうしなくては、この国は終わりだ。私が彼を支えるのだ、と。
それを聞く取り巻き達は、なんて素晴らしい考えなんだと、彼女の話に聞き惚れている。
痙攣を起こし始めた顔が痛い。これを笑わないで聞いている自分を、誰か褒めてほしい。
彼女の話は、妄想が行き過ぎている。
国の王子が、一介の庶民の脅しに屈するわけがないだろう。もし人質を取られているなら、国の力を総動員してでも、彼は人質となった者を助け出す。それが無理なら、その者は切り捨てる。
決して脅しに屈する男ではないのだ。彼は、国の為なら非情な選択ができる男だ。それがたとえ、愛した女を見捨てることになっても。
「だから、お願いしますリリアさん。協力してください」
「……」
「リリアさん?」
「ぐぅ~」
ビリーは、肘で彼女の体を小突いた。彼女の体がビクッと跳ねる。ビリーは、彼女の耳元に顔を寄せ、「終わりましたよ」と言った。
「あ、終わったのね」
彼女は、寝ていたことを気取られないように、コホンと咳払いをした。努めて、公爵令嬢を演じる。
「他を当たってちょうだい」
ユフィの顔が強張った。
「貴様、社交界を追放された身で、ユフィの話を断るのか」
眼鏡を掛けた青年が、ユフィを庇うように前に出た。たしか、彼は生徒会副会長をしていた男だ。名前は忘れてしまった。もう学校は卒業して副会長ではなくなったので、頭に「元」を付けてあげよう。
「あの方が、どこの誰とご結婚されようと私の知れたことではありません」
「イグニスが一人になっても良いの!?」
ユフィが副会長の背中から、顔だけのぞかせる。その目に潜む心を見抜いたリリアは、内心鼻で笑った。
「先ほどから、貴女のお話を聞かせていただきました。整理すると、ようはユナさんではなく、貴女があの方の婚約者になるのが相応しいということよね」
「え、私、そんなつもりじゃ」
傷ついた顔をユフィが見せる。それに男達が励ましの言葉を掛ける。リリアは白けていた。早く帰ってほしい。
「ご自分の妄想に酔い痴れるのも結構ですが、現実を受け止めなさい。貴女は最初からイグニスに愛されていない、私は彼に捨てられた。そして、彼はユナさんを愛したの」
「そんなはずない! イグニスは彼女に脅されているのよ。そうじゃないとおかしいのよ。貴女は、イグニスに幸せになってほしくないの?」
「なってほしいから、協力しないのよ。貴女のしていることは時間の無駄よ。誰がなんと言おうと、彼はユナさんとの結婚を止めない。それでも止めたいなら、他を当たりなさい。ちょうど貴女の周りに、彼のお友達がいるじゃない」
リリアと目が合った男達は、皆一様に目を逸らす。あれほど、学生時代にイグニスに助けられてきたのに。彼らの中では、イグニスは友人ではなかったのか。滑稽だな。
「サイッテー」
「ユフィ?」
元副会長がその場から退く。彼女は、リリアを睨みつけていた。ビリーの雰囲気が変わった。
「早く帰りなさい。お家に帰れなくなりますよ」
リリアは、玄関のドアを開けて屋敷の中に入る。その後に、ビリーも続く。二階に行き、窓から下を覗き見る。
ユフィたちは、まだそこにいた。
「今日は、外に行けないわね。明日、ハンナさんには謝っておきましょう」
「お詫びの品に、マカロンをご用意しときますね」
「お願い」
男達が、帰ろうと説得しているのだろう。だが、ユフィは頑として動かない。
「暗くなる前に帰ってくれると良いけど」
これから起こる面倒事の予感に、リリアはため息を吐き、窓から離れるのだった。
ユフィの「サイッテー」は、自分が不愉快に思った時の口癖みたいなものです。最悪だ、という思いがこのセリフには含まれています。