ホリィアン 3
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キョロキョロと周囲を見渡し、レニーはカルザスに耳打ちする。
「あのさ。やっぱおれ達、浮いてない?」
「そうですか?」
カルザスはのほほんと、呑気に答える。
「絶対浮いてるって。おれ、やっぱ女装してきた方がまだ良かったんじゃない?」
「でもレニーさん、もう女装はなさらないって仰ってたじゃないですか」
「そうだけど……今は猛烈に必要に迫られてる気分なんだよ」
レニーは居心地が悪そうに、再び周囲を見渡した。
恋人たちや、仲の良い親子連れの集まる湖畔の芝生で、のんびり穏やかな時間を過ごしていたカルザスは、そわそわ落ち着かない挙動不審な同居人の様子を見て小さく笑った。
「大丈夫ですよ。ほら、元気そうに走り回ってる男の子達もいますし、僕達だってそんなにおかしくないですよ」
「親子連れの小さい男兄弟と、いい歳ぶら下げた男二人ってのは比較対象にならないの!」
レニーは呆れながら、カルザスの隣にのそりと胡座を掻く。
「周り見てみなよ。圧倒的に恋人同士ってのが多いじゃん。カルザスさんの言うような親子連れもいるけど、やっぱりおれ達、絶対に浮いてるって」
「気にしない気にしない」
あまりに呑気なカルザスに、レニーは重苦しいため息を吐くしかなかった。
「やっぱ居心地悪い! カルザスさん、他のトコ行こうよ。ほら、男二人でも違和感ない場所ってあるだろ? えーと……賭博場とか、酒場とか?」
「僕は博打は打ちませんし、お酒もあまり強い方ではありませんから」
「だからー、こういう露骨な男女向きのデート場所以外に行こうって言ってんの、おれは」
「えー? 湖とか見てると、穏やかでのどかな気持ちになりませんか? ウラウローでは絶対見られない、とても珍しい景色ですよ? 本当にこの国は水源豊かですねぇ」
「そうだけど! おれには無理! 人目気になるから! あーもう、カルザスさんが動かないなら、おれだけ先に帰る!」
立ち上がろうとしたレニーの腕を、カルザスは素早く掴んだ。
「逃しません」
「なぁもう勘弁してくれよぉ……」
情けない声をあげながら、レニーは顔を真っ赤にして、浮かせていた腰を再びその場に降ろす羽目になった。周囲からの奇異なる視線が痛い。これらに全く動じない〝兄〟が恨めしい。
「ね、レニーさん。そこに横になってみてください」
脳天気なほど、穏やかなカルザスの言葉に不承不承従い、レニーは芝生へと寝転がった。
「あ……」
眼前に広がるのは延々と続く青空。時折その青い視界に、白い雲が流れてゆく。
何一つ視界を遮る人工物のない青空。とても手の届かない遥か上空には、鳥たちが自由気ままに羽ばたいている。
──空はどこまでも繋がっているの。だからあたしの心はどこにだって行ける。こんな薄暗い路地にも、空は希望の光を与えてくれる。ここから見える空はとっても小さいけれど、でもその向こう側にはあたしと、そしてレニーさんの希望があるって信じてるの──
自身の罪や穢れを許してくれた少女の言葉を思い出し、レニーはただ無言で空を見つめていた。
「寝転んでいれば、よほど近付いてこない限り、男性か女性かなんて、すぐには判別出来ませんよ。今日くらい、のんびりしましょうよ」
「……うん、そうだね」
さきほどまでとは打って変わって、レニーは穏やかな声音で答えた。その横顔を見て、カルザスも頬を綻ばせる。そして自分も隣に横になった。
「この空はどこまで繋がってるんでしょうねぇ」
何の気なしに呟いてみる。
「どこにも繋がってないよ」
「え?」
意外な答えに、彼は顔を隣へと向ける。
「どこにも繋がってない。だからこそ、どこにだって繋がってる。おれの希望、カルザスさんの希望、みんなの希望。そんな希望に繋がることができるもの。それが空」
カルザスは唇を笑みの形にして、眩しい青空を見上げた。
「詩人さんですねぇ」
「ふふん。あれ? おれが昔、詩人やってたの、忘れちゃった?」
「はは。そうでした」
風がそよぐ音を聞き、風が運んでくる草や水の香りを楽しむ。それらを満喫しながら、二人はゆったりした時間が流れる心地よさを感じていた。




